天晴

仲原鬱間

天晴

 ここにおりますは世にも珍しい冷血人種!

 神宝を求め万里を旅した南蛮の商人が遥か彼方の無可有郷むかうのさとより持ち帰りし一品にございます!

 この世の者とは到底思えぬ美貌は生き血を吸い咲く朽ちなしの花! 愛でるもよし手折るもよし! とくとご覧あれ!


     ◇


 ぼくの顔には傷がある。昔、生まれたばかりのぼくに外の世界を見せてあげようと、お母さんがぼくを抱いて散歩に出た時にできた傷だ。ぼくの肌はとても弱く、陽の光にあたると焼け爛れてしまう。幸いにも軽い火傷程度で済んだけど、周りから責められたお母様は、家を出て行ってしまった。

 ぼくがこれ以上醜くなってしまわないよう、お父様は、ぼくを屋敷に閉じ込めた。

 皆から見放されたぼくの話し相手は、「ヱヰテル」だけだった。


 ヱヰテルはおうちの地下に、ずっとずっと昔から住んでいる。

「坊ちゃま」

 格子の向こうから聞こえてくるヱヰテルの声は、氷のように冷たく固いけれど、どこか優しくて好きだ。

 傷んだ畳の上で、ヱヰテルは背を丸めて正座する。長生きなヱヰテルにとって、ぼくは十六歳になってもまだまだ小さな子供らしかった。

「もう、ここに来てはならないと」

「だって、ぼくにはヱヰテルしか話し相手がいないのだもの。寂しいよ」

 ぼくがそう言うと、ヱヰテルは困ったように眉を下げた。

 白粉を塗ったように真っ白な肌のヱヰテルは、本で見た彫像のように整った顔立ちをしている。耳は長く尖っていて、まるで人間じゃないみたいだ。

「ヱヰテルって、ずっと昔からここにいるんでしょ」

元和げんなの頃より」

「……おうちに帰りたいとは思わないの?」

 ヱヰテルは長いまつ毛を伏せ、微かに頷いた。

はやく、ここを出たいです」

「そっか」わかっていたことだ。何百年も地下に閉じ込められ、ふるさとに帰れないでいるヱヰテルの悲しみに比べれば、たった一人の友達を失うぼくの寂しさなんか、どうってことない。「じゃあ、ぼくが手伝ってあげる」

 お父様の部屋から鍵を盗ってくることくらい、造作ないことだ。人目につかないよう、決行は夜がいいかな。ぼくが提案すると、ヱヰテルは首を振った。「昼間の、一番お天道様が高いところにいる時がいいです」

 ヱヰテルは意地悪だ。ぼくは思った。

 ――そして、ついにその日がやってきた。外は朝から晴れ。ぼくはヱヰテルの手を引いて石の階段を上り、無人の廊下を歩いた。杖をつきつつ玄関までやってきたヱヰテルは、ぼくに何かを言おうとして、やめた。

「ヱヰテル」

 扉の前で二人して沈黙していると、背後からお父様の声がした。

 ぼくはヱヰテルに向かって、逃げて、と叫ぼうとした。しかしヱヰテルは全てを知っていたような顔で、恭しく頭を下げた。

「長らくの間、お世話になりました」

「昼間だぞ。死ぬ気か?」

「私は、冷血人種きゅうけつきなどではございません」ヱヰテルは扉に手をかけた。

「そういう触れ込みで売られておりましたが、ただの長命種エルフにございます」

 ぼくに目配せをして、ヱヰテルは光を招き入れた。少しだけ悲しい表情を残して、眩しい世界に踏み出していく。

「これにて、おさらば――どうか、貴方の人生が光に満ちたものでありますように」

 ――晴子様。

 ヱヰテル! 言葉より先に、ぼくはヱヰテルを追って、光の中に飛び込んだ。うららかな春の日差しがぼくの顔を焼き、醜悪に溶かしていく。

「お願いヱヰテル! ぼくも一緒に連れっていって!」

「待ちなさい!」お父様が呼び止める声。「やっと嫁ぎ先が見つかった矢先に……この親不孝者!」構うもんか。

「言ってろ! ぼくの顔を見て笑うようなオジサンとなんか絶対に結婚してやらないから!」

 陽だまりの真ん中で、ヱヰテルは困ったように笑っている。

天晴あっぱれ

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天晴 仲原鬱間 @everyday_genki

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