第12話 プロローグの終わり

 学校の校門へと続く坂道に到達する頃には、西園寺は落ち着きを取り戻していた。


「どうだ、泣き止んだか?」


 おちゃらけて、尋ねる。


「な、なっ、泣いてなんかいない!」


 西園寺は狼狽えながら答えーー


「本当にお前はデリカシーがない。

 それに不潔で大雑把で口が悪く、食い方も汚ければ教養もない!

 常識がないから、同じルームメイトの私は、毎回大変な思いをしている。

 私も鬼ではないから、いきなり常識知れとは言わないが、不潔な部分は努力や日々の気遣いで何とかなる。

 しかし、お前はそれをしない。

 ハッキリ言って、お前はクズだ!」


 説教が始まった。

 こうなったら、西園寺は止まらない。

 のだがーー


「だと言うのに、誰よりも強くて1番に私を助けてくれる。

 全く困った奴だ」


 そうして、ズッシリと重くなる。

 それは、西園寺が俺に心を許している証だと言えるだろう。


「なぁ、俺がお前のコーチをしてやるよ。

 堅実に鍛錬をすれば、3年後にはこの学園で一番になっているさ、俺を除いてな」


 少し前から考えていた事を口にする。


「はっ?」


 西園寺も俺から思わぬ言葉が出てきて惚ける。


「理由を聞いてもいいか?」


 西園寺は厳かに聞く。


「俺はお前の剣の行き着く先を、見たくなった。

 きっと、お前の剣は一つの正解に辿り着いた時、凄いものになる。

 そして、俺はそんな最強のお前と剣を交えたい。

 だから、俺がお前を最強にしてやるよ」


 俺は正直に思いの丈をぶつけた。


「ありがとう。

 だが、断らせてもらう」


 西園寺は強さを求めている。

 当然、了承が返ってくると思ったが、しかしーー


「理由を聞いてもいいか?」


 俺も厳かに訳を尋ねる。


「そう言ってくれるのは嬉しい。

 それに、お前に剣を教えてもらえれば、間違いなく私は強くなるだろう。

 でも、それでももし、この3年間で学園で1番になれなければ、剣を捨てなければならない。

 ただの女に戻らなければならない。

 そうなったら、申し訳が立たないんだ」


 西園寺の口から出てきたのは思いの外、大した事のない話だった。


「ふん、なんだそんなことか」

「そんな事って、私にとっては軽いことではないんだ」

「じゃあ、俺が結婚してやるよ」

「……………はぁ?」


 今日1番で、大きい声をあげる。


「意味が分からない。

 なんでそうなるんだ?

 話が飛躍しすぎだろ」

「もし、俺が剣を教えて、それでも3年間で学園1番になれなければ、俺が結婚してやる。もちろん、お前に女は求めない。お前とお前の西園寺流のために、命懸けで金を稼いで、貢いでやるよ」


 そんなこんなで、話していると校門まで辿りついた。

 西園寺を降ろす。

 ここからは、自分で歩いていかなければ、誰かに見られたら面倒臭い。

 赤く目を腫らした西園寺と俺は対面する。

 奇しくも1週間ほど前の入学式の日の朝、西園寺と初めてあったあの瞬間と同じ景色だった。


「私はどうしても、道場を守りたい。西園寺流を死なせたくない。

 だから、守るための剣を私に教えてくれ。

 頼む。私を強くしてくれ、柊一郎」


 先程までの自虐し俯き地面ばかり見ていた西園寺はもういない。

 西園寺は再度、決意を新たに立ち上がったのだ。

 俺を見る西園寺の目はそう、語っていた。


「ああ、いいぜ。俺がお前を強くしてやる。

 誰にも追いつけない。届かない高みへ、連れてってやる、忍」


 そして、そうなったお前を俺が叩き斬る。

 そうして俺と忍は月の下、寮へと帰っていった。


 ###########################


「なぁなぁ、どうやら山の下の街に、最近SNSで流行ってるクレープ屋さんが出来たらしいんだ。

 どうだ、行ってみないか?」

「あ〜〜誘われたら俺は全然いいけどよ。

 男としてはどうなんだ?

 そんな甘ったるいもの、好き好んで食うのか?」

「そ、そっ、それは柊一郎の勝手な偏見だ。

 好きな男もいるだろ」


 誘拐事件があった日から1週間が経った。

 事件から俺たちの関係は大きく変わり、かなり進んだ。

 それまでは、顔を合わせば、説教ばかりだったが、今では適当な雑談をするほどだ。

 まぁ、ツンツンしてるのは変わらないが。

 そして、気づいた事だが、忍は結構リアクションが良い。

 リアクション芸人ばりのものではないが見ていて丁度、鬱陶しくない反応で、何より可愛いのだ。

 だからか、意地悪したくなる。


「どうだろうな〜〜、まぁ普通の奴だったら甘いもの好きな男もいるか〜」

「ほらほら」


 そんなこんなしながら、教室に到着。

 そのまま、別れる事なく、自身の席に着席する。


「おい、テメェ、甘いもの好きか?」


 俺は机に突っ伏す隣の席の伊良の方を向き、蹴飛ばして尋ねる。


「やめろ、柊一郎。

 そんな乱暴するな。可哀想だろう」


 そんな行為を忍は嗜める。


「ああ?チっ、しゃあねえな。悪い」


 俺も学習してきたのか、ここで言い返そうとすると面倒になると分かっているので、はいはいと受け入れ、適当に謝っておく。


「えっ?あっ?ああ、いいよ。

 それで、どうしたの?」

「お前甘いもの好きか?」

「甘いもの?う〜〜ん、どうだろう?

 別に嫌いじゃないけど、わざわざ食おうとは思わないかなぁ」


 伊良の答えを受けて、忍に向き直る。


「ほらな、忍。剣士は甘い物は食わねぇんだよ」

「余計なこと言うな、伊良」

「ひどいっ!?」


 先程の優等生発言はどこへやら、自分も伊良を蹴飛ばす。


「なぁなぁ、良いだろう。行こうぜ」


 忍は目を潤ませて見上げながら言う。


「ううっ……しゃあねぇな〜、行ってやるよ」


 そういう顔をされたら、俺の負けだ。

 渋々了承する。


「やったぁーー」


 忍のやつは小さくガッツポーズしていた。

 甘いの苦手なんだがな。


「おいおいおい、まただよ」


 と、俺が小さいていると、教室の片隅で小声で話す会話が耳に入った。


「クソイチャイチャしてたわ」

「あいつら、ガチでデキてんじゃねぇか?」

「な、冗談のレベル超えてるよな」

「ちょっと、お前聞いてこいよ」

「嫌だわ、ガチでデキてたらどうするんだよ。気まず過ぎだろ」

「おホモダチレベルが上がってるな」


 どうやら、ホモレベルが上がっていた。

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シノユメの可憐なる刀 依澄 伊織 @koujianchang

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