第11話 夢咲流

「くっふふふふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 霊園に大の大人の爆笑が響く。


「あの落ちこぼれの成績最下位の夢咲が、覚悟は出来てるんだろうな、だって?」


 大爆笑するリーダーらしい男は何故か、学園の関係者しか知らない事を口にしていた。


「何でお前、俺が成績最下位だって知ってんだ?」


 それが不思議に思い、何の気に質問したのだが、それが逆鱗に触れてしまったらしい。


「ああ?お前、舐めてんのか?そりゃ俺が剣術の教師だからだ。

 何度もお前に剣を教えてやっただろ?」

「いや、覚えてねぇな。悪い。

 俺は強い奴か見所がある奴しか覚えられない病気なんだわ」


 俺がそう言うと、あははははははと他の男たちも笑い声を上げる。

 あははははは、

「こいつ馬鹿だ!」「くはは、おもろいな」「いいね、こういう奴好きだぞ」「いいぞ、もっとやれー」


 取り巻きの男たちは冷やかしと化し、俺を馬鹿にする。

 西園寺の前だからと強がってイキっているのだと思っているのだろう。

 だがしかし、リーダーの男だけは笑っていなかった。


「もういい、お前ら刀を持て!余興は終わりだ。こいつを殺すぞ」


 リーダーの男は不機嫌に手下どもに指示する。


「へいへい」

「分かりましたよ」


 イヤイヤと言った様子で、男たちは刀を抜く。

 リーダーを除いて5人。

 西園寺を背にする俺の周囲を取り囲むように散会する。


「悪いな、兄ちゃん。殺しちまう」

「だが、まぁ自分の不運を呪いな」

「兄ちゃんも剣士の端くれ。弱いお前が悪いんだぜ」


 お決まりのセリフを口にする奴らに呆れる。


「夢咲!いい、私の事なんて置いて逃げろ!!

 死ぬかもしれないんだぞ!」


 それに俺の実力を知りながら、心配そうにする西園寺。

 コイツは全く………。


「はぁ、お前は何心配してんだよ。

 俺がこんな有象無象に負けるわけねぇだろ。

 お前は黙って俺に見惚れてやがれ」


 頭に手を置いてくしゃくしゃと揺さぶる。


「なっ、なな。やめろ〜」


 顔を真っ赤にして振り払う西園寺に笑みを浮かべて、敵に振り向く。


「黙って聞いてりゃ。

 丸腰のお前に何ができるってんだよーーー!!」


 叫びながら斬りかかる一人の男。


「確かに、まずは刀だな」


 俺はそれを華麗に回避し、刀を持つ腕を掴み異常な方向に曲げる。


「うっ、ぐががっがあああああああああああ!?」


 叫びが悲鳴に変わる。

 人間の機能的に無意識に手から刀が落ちる。

 俺はそれをキャッチすると、未だ痛みに震える男の首を一閃。


「まずは、一人目」


 終始見ていた男たちは一瞬尻込みする。


「おいお前ら。こいつ口だけじゃねぇ、デキるぞ!!

 一人一人で行ったら、瞬殺させられる。俺に合わせろ!」


 しかし、すぐに連携をとり攻撃するように

 動いたのはさすがと言えた。


「はアアアアア!!」


 指示を出していた男は吠えながら、斬りかかる。

 俺は一振りでいなし、首を断つ。その勢いのままに、回転し背後から回り込んできた敵を二人刺す。


「遅い」


 そして、残り一人。

 男を視界におさめる。

 男はガタガタと足を震わせ、既に戦意喪失していた。


「ひひっヒィーーーーーーーーーー!殺さないでくれ!」


 みっともなく。命乞いまでしてくる。

 本当に最後まで、剣士の風上にも置けないやつらだ。

 もはや、こんなのは剣士ではない。

 ただ刀を持った傭兵風情だ。


「お願いだから!殺さーー!!」


 落胆しながら、首を断ち切った。


「で?次はお前か?」


 リーダーの男を見やる。

 リーダーは顔を落とし顔を真っ赤にして、プルプルと震えていた。


「ーーー」


 リーダーは何か小さな声で呟いていた。

 全然聞き取れなかったので、聞き返す。


「ええ?」


 すると、リーダーは起きな声で言い直す。

 バッと顔を上げるとーーー

「なんだこれは!どういうことだ!

 実力を隠していたのか?舐め腐りやがって〜〜」

「別に隠してなんかいないんだがなぁ」


 本当にかったるい。

 他の奴らもそんな事を言い、御多分に洩れずこいつもそうだ。


「ただ気分が乗らななくて、めんどくさいから適当にやってるだけなんだがな」


 敵はただ佇む。


「ほら刀を抜けよ。今は気分が良い。

 特別サービスだ。見せてやる、西園寺流をよ」


 俺は静かに刀を横に構えた。


「ウオオオオオオ!?」


 刀を抜かず、裂帛の気合いを放ちながら迫る敵。

 無駄な力、無駄な思考、無駄な技術。

 余計なことは要らない。

 幾千と幾万と繰り返した末に、身体に染み込ませた技を取り出すのみ。

 敵はリーダーとあって、先に斬り捨てた有象無象とは、違うらしい。

 俺は何かを仕掛けてくる事を読み取っていた。そう目が語っていた。

 そしてその上で、更に加速してくる。

 それでも、俺は俺が選んだ技を変えるつもりはない。

 命の取り合いは始まっている。

 それに伴い、思考と身体、精神はとっくの昔にマシーンへと切り替わっているのだから。


「ハアアアアっ!!」


 敵は俺の攻撃可能範囲、ギリギリの所で立ち止まる。

 俺の領域を導き出した上で、自身の一刀が当たる最大限まで入り込む、その度胸。らしい。

 敵は気迫と共に、抜刀。

 最速の一振りが繰り出される。

 悪くない。リーダーを務めるだけの実力はある。

 だが、届きはしない。


「夢咲流陽炎」


 腰を落とし、視線を頭一つ分下げる。

 自然、正面は敵の太ももが来る。

 一閃。

 敵の太ももは鮮やかな線が出来る。

 太ももを斬られたことにより支えが機能しなくなり、前に倒れ込む。


「うぐっ」


 振った刀を返して、振り上げる。

 刀の切先は鮮やかな弧を描いて、頭をかち割られ、敵は絶命した。


「ーーー」


 夢咲流。

 未だ魑魅魍魎•百鬼夜行が跋扈する平安時代から連綿と続く、門外不出の幻の剣。

 今でいう麻薬中毒者がトリップ中に編み出したとされる異質の剣。

 夢咲流は1人の剣士のみが継承を許される極めて秘匿的な流派であった。

 代々、継承者は非常に個性の強い自由気ままな猛者ばかりであったが、そんな者たちにもある一つの掟には縛られていた。

『誰にも夢咲流を見られてはいけない』

 盗み見される事は論外であり、もし夢咲流を使用するのは必殺の時のみ。

 そのはずなのに、夢咲は西園寺がいる前でその夢咲流を使用した。


 ########################


 それは今まで見た何よりも美しかった。

 人間の肉体の美しさ、鋼の美しさ、洗練された技の美しさ、その全てが凝縮された一刀だった。

 非の打ち所がない。まさに見事。

 人が死んでいるというのに私の頭の中は、月を反射する刀身で頭がいっぱい。

 それほど、私は夢咲の剣に見惚れていた。


「っうう」


 と、不意に大地が揺れているのではないかと錯覚するほどの強烈な眠気が襲ってきた。

 もはや、私を襲う敵がいなくなった安心感で、そのまま眠気に身を任せ意識を手放した。


 ###########################


 俺は眠る西園寺を背負いながら、学校への道を進む。

 少し首を上に向ければ、疎に輝く星々。

 満点の星空なんざ、ガキの頃から死ぬほど見ている筈なんだが、やけに美しく見える。

 そんな事を考えながら

 西園寺の胸が少しでも当たるように四苦八苦していると、西園寺が眠りから覚めだす。


「んっ、うう………ここはどこだ?」


 目を覚ました。

 チッ、早過ぎだろ。


「起きたか」


 そんな感情をおくびにも出さずに尋ねる。


「ああ」


 寝起きとあって、声が掠れている。

 いつものしっかりして雰囲気に合わず、やけに面白かった


「ははは」

「ムッ、笑うな、バカ」


 両手が埋まっているのを良い事に、頭をポコポコ叩きやがる


「やめろやめろ、笑わないから」

「フン!私を助けてくれた事に免じてやる」


 そうして、少し戯れ沈黙が訪れる。

 数分、街を越え俺と西園寺、二人は夜空を見上げながら学校まで歩いているとーー


「私のはなしを聞いてくれるか?」

「………」


 無言。

 それを西園寺は了承と受け取り、話出す。


「父は傭兵をしながら、戦国時代から続く西園寺流の道場を運営していた。

 そこに私は産まれた。

 おかげで小さい頃から刀に触れてきてな、そのせいで、子供の頃はよく男と間違えられていたよ、今もだけどね。

 まぁそんな事はいいんだ。

 特に何事もなく、14歳まで健やかに私は成長した。

 しかし、ある日、父は傭兵家業で失敗した。

 事情はよくは知らない。父は一切、語ろうとはしなかったからな。

 ただ、巷に流れる噂では、雇い主を置いて父は敵前逃亡したらしい………………………私は信じていないがな」


 ギリっ。

 歯を噛み締める音が背後からした。

 深い沈黙の末、西園寺は父の疑惑の否定を付け足す。

 そんなことを言ったところで、意味はないと知りながらも言いたくて堪らないのだろう。

 西園寺は普段はツンケンしてるが、本当は心優しい奴だ。

 他人ですら、そうなのだからそれが肉身ともなれば尚更だろう。

 そんな西園寺にとって今の状況は相当、悔しい思いをしているのだろう。


「………………それが嘘か真は一旦おいて、そのせいで、傭兵の依頼は減り道場の門下生は出て行ってしまった。

 おかげで、道場を運営していく金はない。

 それどころか、家族で食っていく事すら難しくなった。

 そんな状態が数ヶ月続いたある日、父は道場を売り払おうと提案した。

 もちろん、私は猛反対した。

 その頃には私は西園寺の人間としての誇りを持っていたし、矜持を抱いていた。

 西園寺流を受け継いだのならば、次代に繋げていきたい。私の代で終わらせたくなかった。

 だが、何もしなければ家族は路頭に迷う。

 私がワガママを言うから、その頃の父さんはかなり葛藤し苦しんでいたと思う」


 はははと乾いた笑みを浮かべて自嘲する。


「そんな時、私に1人の男が接触してきた。

 碇湊。日本屈指の軍需企業『碇重工業』の若社長。

 そんな大物が何故か私に接触してきて、碇は私に一つ要求してきた。

 それは、碇の妻になる事。

 そうすれば、西園寺家へ支援する事を約束した。

 もはや、この方法しかないと諦めたその時、ある学園の話を聞いた。

 それが、無銘剣術高等学園。

 この学園にある仕合制度で1番を取れば、金銭的支援だけではなく名誉も得ることができる。

 碇には18歳になるまで待ってもらい、そうして私は一縷の望みをかけて学園に入学したのだ」


 語り終える。

 そうか。

 だから、あんなに1位に拘り、焦っていたのか。

 合点がいく。


「なぁ、なんで俺がお前を助けに来たか分かるか?」

「分からない。なんで、私を助けてくれたんだ?」

「ふん、別に大した理由はない。

 ただ、もっとお前の剣を見たい・知りたいって思ったんだ。だから、助けに来た」


 柄にもない事をしているなと、思いながら口にする。


「そんな、そんな価値私のような剣にない。

 どこにでもある凡庸な剣だ。努力すれば、誰でもなれる」


 微かに声を涙で掠らせながら、絞り出す。


「凡庸な訳がない」

「ズズっ、ううっ」


 背後から、鼻を啜る音。

 西園寺は涙を流さぬように、必死に耐えていた。


 この世にある大半の流派・剣術・刀は所詮は人を殺す殺人凶器。

 どんな御託を並べようと、どれだけ早く敵を殺せるかを始まりにしている。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 だが、お前の剣は違う。

 どうすれば護れるか、どうすれば逃がせるか。

 人を生かす事を始まりにした剣。

 例え両者が同じ道、同じ姿に至ろうとも明確に違う。

 心配するな。不安になるな。

 お前の剣には、西園寺にしかない輝きがある」


 そう口にして、後悔する。

 カッコつけすぎにも程がある。

 誰だよと心の中で突っ込みたい気分だ。

 西園寺は俺の背中で隠れるように、我慢しきれず涙する。


「ーーーううっっっ」


 だが、柄にもない事をするのもたまには悪くない。

 月下、一人の少女の泣き声が溶けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る