第10話 西園寺の価値

 数分全速力で山を下り、ようやく街に出る。

 ガチで走ったため、バクバクと心臓が騒いでいる。

 心拍の整えがてら、適当に街の中心部の交差点まできた。


 街に出てきたまではいいが、次にどこへ行けばいいか分からない。


「ああ〜どこ行ったんだ〜?」


 あまりにも初めての状況すぎて、まずどうすればいいのか分からん。


「警察らしく、聞き込みでもやりゃいいのか?」


 首を左右に巡らすが、当然何もない。

 東京といっても多摩方面の山に囲まれた田舎だ。

 人っこ一人いない。


「そりゃそうだろ、深夜なんだから」


 あまりの絶望的な状況に打ちのめされそうになる。


「もう、帰ろっかなぁ」


 普通にやってられないが、一応自分で決めたことだ。

 もう少し頑張ろう。

 そう思い、頭が働くようにその場でグルグルと回る。


「全く意味ねぇ」


 当たり前だが、効果は現れなかった。


「はぁ〜」


 重いため息を吐く俺に強烈な光が当たる。

 光は車のハイビーム。それと同時にクラクションが鳴る。

 そりゃそう、当たり前。

 ただ、交差点に車が通っただけ、交差点の中心でぐだぐだやる俺が悪い。

 そそくさと避ける。

 と、その際に車に紛れて妙な匂いがした。


「…………」


 すぐに匂いを嗅ぎ分け、匂いのもとへ辿り着く。


「これか」


 道路の端に出来た水たまりが、匂いの正体だった。

 ガソリン。

 異臭を放っていたのは、ガソリンだった。


「そうか、俺が投げた枝がガソリンタンクに突き刺さって、ここまで漏れでてたのか」


 見ればガソリンは、学校がある山とは反対側の山に向かっていた。


「よし、これで手がかりが見つかった。

 なんとかなったぜ」


 それにしても、人気のなさそうな所で何をするのやら。


 犯罪の匂いがぷんぷんする中で、俺はガソリンの後を追った。


 ####################


 頭に強い衝撃を受けて、目を覚ます。


「ンんっあ、ああ」


 モゾモゾと体を動かすが思うように動かない。

 寝起きで働かない頭を使って考えるまでもない。

 縛られている。

 動ける範囲で首を動かす私は目覚ました。

 最初は周囲が真っ暗闇に包まれ、何も認識できなかったが、だんだんと目が闇に慣れ始める。


「ここは………………墓地?」


 と、ちょうど人の気配がする。


「お、起きましたか。

 おはようございます。

 と言っても、深夜なのですが」


 そう言って、小関が奥の森から姿を現す。


「どういうこどた、これは?」


 私は心のうちに荒ぶる感情を必死に抑えて、冷静に尋ねる。


「別に見ての通りですよ。

 私たちは西園寺さんを誘拐しているのですが」


 対して、小関はいつも通りの柔和な口調に僅かに嘲笑を滲ませていう。


「見ての通りじゃない。

 なぜ、私を誘拐する必要があるんだと聞いているんだ?」


 再度、尋ねる。

 今度は怒りを一切隠さず冷徹に尋ねる。


「西園寺さん、一人称が私になっていますよ」

「ーーー?だからどうした?」

「ふっふっふ、分からないですか?」


 もはや嘲りを隠すこともせず、小関は私を見下ろす。


「鈍いですねー。

 君が女だと知っているということですよ」

「なっ」


 小関の口から出てきた言葉に動きが止まる。

 何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故何故何故何故何故何故何故ーーなぜ?

 頭の中が疑問で埋め尽くされ、心臓が速まる。


「何でっていう顔ですね。

 ただ単に、私が西園寺さんもよく知る碇さんに雇われた剣士だというだけです」


 碇 湊。


「っは、あ」


 その名を聞いた瞬間、サァーっと血の気が引いていくのを確かに感じる。

 脈拍が加速し脳が異常に熱い。

 手足の末端が凍えるように冷たい。

 呼吸が困難になり、まるで海の底に沈められているかのように苦しい。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」


 気づけば、周囲を複数人の男たちが取り囲んでいた。


「私たちは、君を誘拐してくるよう碇さんから命令を受けた。

 そのために、学園の教師として学園に潜入し剣術を生徒に教えながら、君の心が折れ挫折するのを待っていたんだよ。

 。

 でも、まぁこんなに早く終わるとは思ってなかったけどね」


 あっははははははははは。

 私を取り囲む男たちが嘲り笑う。

 ああ、私は失敗したのか。

 本当に駄目な奴だ、私は。


「碇さんと結婚すればいいのですよ。

 そうすれば道場も守れて碇さんも嬉しい。

 みんなが幸せになれるのですから」


 一歩、小関は前に出てーー


「黙って首を縦に振れ」


 温和の化けの皮を剥がして脅してきた。


「……………」


 やっぱり、私は自分の力で守れないのか?

 ただ、他人に頼らず自分で守りたかっただけなのに。

 こんな私じゃ無理なのか?

 分かっている。分かっているんだ。

 その答えは知っている。

 女の身一つで、日本最高峰の剣士育成機関で頂点に立つなど、土台無理な話だって。

 実際、何年鍛えても決して届かないような猛者をたった1週間ちょっとで見てきたではないか。

 百パーセント無理だ。現実的じゃない。

 だったら、適当に碇と結婚して後ろ盾になって貰えばいい。

 それが一番近道だ。


「ーーー」


 でも、やっぱり諦められない。

 もし、ここで首を縦に振れば、碇と結婚すれば、確かに西園寺の剣は守られる。

 でも、それをすれば私の中の西園寺の剣が死んでしまう気がする。

 何か決定的に取りこぼす。

 でも、なら西園寺の剣って私にとって何だ?

 西園寺流は守護の剣。

 そう自負してきた。

 でも、いつも他人に言われるのは臆病者、卑怯者の剣。

 そうやって罵倒されてきた。

 私のそう思わなくもない。

 だったら、こんな剣捨ててもいいんじゃないかな?

 価値ないものだって捨ててもいいんじゃないか?

 実際、昔お父さんもそれを勧めてきたはずだ。


「西園寺流がお前を苦しめるなら、捨てるべきだ」「西園寺の剣は護るものであって人を苦しめるものではないからだ」「一族の過去のせいで、今の忍が嫌な思いをする必要はない」


 そう言ってくれた。

 お父さんは優しい。

 私も確かにそうだと思う。

 でも、その一方でこの剣は私の祖先が血を流して鍛え、戦乱の世を駆け抜けて磨き、連綿と受け継いだ貴いものだとも思う。

 それに、私はーーー誇らしかったのだ。

 人を傷つけるための剣。人をいかにして速く斬り殺すかを追求した剣。

 そんな剣が生き残ってきた今の世の中で、私の剣は誰かを殺すんじゃなくて誰かを護るためにあるんだぞって誇らしい。

 自慢したくなる。

 そうだ。誇らしかった。誇らしかったんだ。

 私にとって西園寺の剣は誇りだ。

 それがどうだ?

 女としての私を捧げて守ったあと、私は西園寺の剣を誇れるのか?

 自慢できるのか?

 いいや、絶対にない。

 誰に対してなのか何に対してなのかも知らない引け目で、絶対に顔を背けることになる。

 それは違う。そんなのは嫌だ。

 それじゃあ、たとえ守れたとしても意味がない。

 ごめん、お父さん。


「どうだ?決まったか?早く答えを出せ」

「私は………し…な、い」

「ああ?」

「私は絶対に結婚なんてしない!」


 小関を睨むように見上げる。


「誰かに守ってもらう必要はない!西園寺流は私が護る!」


 啖呵をきった。


「チッ、鬱陶しいな。大きい声出さなくても聞こえてるわ!」


 私の頭部を蹴り飛ばす。


「うぐっ」


 そのまま、私は墓石にぶつかる。


「ああ、ダリい。まぁいいや。

 このまま、碇さんところまで連れてけばいいだろう」


 墓石を背に倒れる私を取り囲む男たち。


「と、その前に一発乱暴するか」


 一人の粗野な男が提案する。


「へっへっへ、いいなぁそれ」「ああ、悪くねぇ」「おいおい、碇さんの婚約者だぞ。バレたら終わるぞ」「バレないバレない」「ヒャッハーーー」


 一人の男が刀を振り制服が剥がされる。

 女子特有の柔肌にキツく縛られたサラシが露わになり、結んでいた髪が解ける。


「っッツ!?」


 身体が蒸発するんじゃないかと思えるほど、体温が上がる。

 それでも、意地で声を上げないように歯を食いしばる。


「はぁ〜〜俺は知らねぇぞ。碇さんに殺されても」


 口では止めながらも小関は離れたところで、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべて見ていた。


「クうっッツ」


 男たちが無遠慮に肩に触れる。

 剣士とか西園寺とか関係なく、根源的な女の部分が恐怖を刺激する。

 ただただ必死に見られないよう、触れられないように丸まる。


「なぁなぁ、いいだろう、俺たちと遊ぼうぜ」「仲良くしようや」


 目を瞑り闇に包まれる。

 その中でーー

 怖いっ!誰か、助けてくれ!!

 無心で助けを求めていた。


「ぐふへへ、よく見れば結構可愛いじゃねぇか」「男っぽいから、萎えてたけど、元気になってきたぜ」


 私が何をしたんだ。弱いからいけないのか?無力だから悪いのか。

 もう…無理だ。嫌だ………………

 涎を垂らした下品な獣に群がれ、諦めかけたその時ーー


「おい!カスみたいなことしてんじゃねぇよ」

「へっ」


 自分の口から信じられないほど、アホな声が出る。

 でも、それも仕方がない。

 だって、月を背にして立つ夢咲がいた。


 ##############################


 数十分走り、霊園にたどり着いた。

 鉄門で硬く閉じられていたが急を要するため、蹴飛ばしてこじ開けた。

 管理人がさぞ驚くだろう。

 朝起きて来たら、門がぐちゃぐちゃになっているのだから。

 そう思いながら先を進み、やっと西園寺を見つけた。

 見れば、西園寺が複数の男どもに襲われていた。

 途端、怒りが沸点を超える。


「おい!カスみたいなことしてんじゃねぇよ」


 その場の時が止まり、その場にいた人間全員が俺を見た。

 当然、服を剥がされ涙目になった西園寺も俺を見る。

 その目は、何故ここにと驚きを語っていた。


「ゆめ、さき」


 声を震わせながら、俺の名前を呼ぶ。

 俺は固まる男たちを肩で吹っ飛ばし、西園寺のもとまで歩く。

 膝をつき、西園寺の位置まで視線を合わせる。


「ほらよ、着ろ。風邪引くぞ」


 制服を渡す。


「あろ、がとう」


 西園寺は戸惑いながらも感謝を述べて、制服を受け取る。


「何で、お前がここに?」

「別に?ただお前が攫われている所を目撃して、ちょろっと考えて助けたくなっただけだ」

「何だそれは?これはお遊びじゃないんだぞ?

 相手は本物の殺しを専門にしてる傭兵剣士だ。

 そんな曖昧な理由で、命をかけるな!!」

「ああああ、うるさいうるさい。

 お前は黙って俺に守られとけばいいんだよ」

「ふん、何だそれは」


 西園寺は呆れるように苦笑した。

 どうやら、少しは元気になったようだ。

 改めて男たちに向き直る。


「それで?お前ら、剣持ってるから、一応剣士だよなぁ。

 そんな奴が女を襲って、剣士の風上にも置けない奴らだ。

 覚悟は出来てるんだろうな?」


 睨みつけた。

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