第9話 激昂
去っていく柳生の背中を俺は、見えなくなるまで凝視していた。
やっと。やっと見つけた。
血肉沸き立つような、命をかけたヒリヒリな仕合ができる相手。
あの柳生とかいうやつは強い。
低く見積もっても俺と同じくらい、もしかすれば俺よりも強いかもしれない。
久しく忘れていた挑戦者としての緊張で、気付けば手汗がびっしょりだった。
俺は満足いくまで睨んだ後ーー
「おい、戻るぞ」
いつもより、ややぶっきらぼうに言う。
「………ああ」
西園寺は正気の抜けた青白い顔で、ただ一言口にして立ち上がった。
こりゃ、ダメだ。心が折れちまってる。いくら声をかけても今は無駄だな。
俺は無言で、教室に向けて歩き出す。
その後を母猫の後に続く子猫のように弱々しい足取りで西園寺は歩く。
もう、五限が始まり静かな校舎の廊下を歩き、教室に着く。
「おお、やっと来たか西園寺」
黒板にチョークで何やら数字を書き込む臥薪は、俺たちに気づき続けてーー
「お前、最近の日頃の協調性のなさとか態度とかで順位一つ落ちて、最下位だから」
そう、宣うのだった。
俺は怖くて西園寺が見れなかった。
端的に言えばハラハラする。
こんな感情になるの久しぶりだ。
しかし、俺の杞憂とは裏腹に、西園寺は至って普通だった。
静かに真面目に授業を受けて、真剣に鍛錬を行い、寮に帰ってもいつも通りだった。
##############################
私は一人、昨日と同じように自販機でイチゴオレを買って、ベンチで夜風に当たりながら飲んでいた。
三日月とまばらに輝く星々の夜空。
山の上にある学校なだけあって、月の光がよく通る。
おかげで、このごちゃごちゃな気持ちを暴き出してくれるような気がしてくれる。
「アア」
無表情に眼から静かに涙が出る。
悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて惨めで、本当に自分が情け無い。
デカい口を叩きながら拒絶した私が早速、夢咲に助けられたのだ。
もし、夢咲があの場で割り込んできてくれなければ、生徒会長に自分が女だとバレて、退学していただろう。
しかし、それも最早意味はない。
入学してからコツコツと上げていた順位は、自身の精神的愚かさによって招いた夢咲との仕合で奪われ、普段の焦りから来る他人との拒絶で、いまや学園最下位にまで転げ落ちてしまった。
心は自虐怒り諦観悲哀でぐちゃぐちゃだ。
「ーーーーーッッッッッッツ」
せめて、声を出して泣き叫ばないように蹲っていた。
そんな私に、声をかけてくるものがいた。
「おや、こんな所でどうして泣いているのですか?」
顔を上げる。
声をかけてきた主は、小関先生だった。
小関先生は無言で右隣に座る。
「それで、どうして泣いていたのですか?
もし、よければ私に話してみてはいかがですか?」
心のわだかまりは、人に話してスッキリさせてしまいましょう。
いつも通りの優しい言葉に笑顔。
しかし、微かな違和感があった。
何が違うのか分からないが、今日の昼とは明確にどこかが違った。
剣士としての勘が警鐘を鳴らす。
私は小関先生に悟られないように、少し警戒心を高めて答える。
「いえ、これは私の問題で、他人を巻き込むわけにはいきませんから」
しかし、キッパリと拒絶する。
「そう言わずに、君にはこのまま良くわからない理由で潰れて欲しくない。
私は西園寺くんに期待しているのです」
しかし、小関先生は諦めず、聞き出そうとしてくる。
「やっぱり、話せません。
この悲しみや怒りは私のものであり、それを吐き出す人物も私が決める事です。
そして、小関先生には私の相談役には適さないと判断しました」
再度、次は強めに感情を滲ませず事務的に答える。
「私は君ならば、あの生徒会長、柳生無業を超え、無銘学園歴代生徒会長の中でも最強の剣士になれると確信しているのです。
君と西園寺流には無限の可能性がある」
無遠慮にズカズカとパーソナルエリアに入り込み、知ったような口をきく。
そんな小関に一瞬で怒りのボルテージが振り切れる。
「あなたに、私と私の西園寺流の何が分かる!
知っている知っているさ、西園寺流が卑怯で臆病者の剣だって、そんな事分かっている。
もう、落ち目で古臭いんだって知っている。
それでも、私にとっては大切な剣で、あなたの穢れた口で西園寺流の事を語って欲しくはない!!
………………………はっきり言って小関先生には関係ない事です」
同じ無遠慮でも夢咲の方が百万倍はマシだ!
あれだけ言っても足りず、心の中で叫んだ。
「「………………………………」」
それから数十秒の静寂は訪れる。
その間に、3度も夜風が流れ、4度目が流れ始めたタイミングで小関は口を開く。
「いちおう、全く無関係というわけではないのですよ」
小関先生は不気味な笑みを更に深め、意味深長な事を口にする。
「え?」
意味が分からず、顔を右横に向けたその瞬間、手が顔に伸びてきた。
大きな手が私の口を覆う。
小関は手に持つハンカチを私に押し付ける。
しまったっ!?
そう、思っても遅い。
身体は反射的に息を吸ってしまい、意識が剥がれ落ちていく。
「おやすみなさい、西園寺お嬢様。
あなたは碇様のものです」
意識を手放すその瞬間に気づいた。
ああ、笑顔が胡散臭かったのだと。
##############################
「おっせーなー」
寮部屋のベットで横たわりながら、一人ごちる。
消灯時間と入浴時間の間の数少ない自由時間に、一人になりたいと言って、部屋を出て1時間は経った。
例え協力関係を築いたとは言え、いつもなら他人の心配なんざしないが、今日のことがあるだけに少し気になる。
「流石に自殺はいてないよな………」
そうなってくると若干、俺の責任にもなってくる。
男なら幾らでも死ねばいいと思うが女だと心苦しいのだから、男の性というものにも困ったものだ。
「はぁ〜〜。
まぁ、でも落ち込んではいるよなぁ」
しかし、俺にはどう声をかければいいのか分からない。
西園寺は誇りや想いをのような余分なものを乗せて剣を振るっている。
それに対して俺は、ただただ感情と本能、思考でしか剣を振るっていない。
そんな俺が何を言えばいいのやら。
だから、ここは暖かく迎えて入れてやるのが優しさなんじゃないか?
人間、時には一人ぼっちになりたいことがある。
いつも通り接して相手から喋り出すのを待ってやるのが大切なんだ。
そう誰かが言ってた。
そうだそうだ、ここは見守ってやることが肝要だ………………いや、でもでも。
「えええい、めんどくさい!
飲み物買うがてら探してやる」
勢いよくベットから飛び起き、適当に羽織ものを持って部屋を飛び出す。
「んで俺がこんなに、他人のことを考えなくちゃいけねぇんだよ!!初めてだわ」
呟きながら、ずんずんと寮の廊下を歩いて行った。
寮を出て自販機が設置されている所まで行くとスーツを着た複数人の男が西園寺を担ぎ上げ、車に押し込んでいた。
そんな男たちを指揮しているのは、どういう訳か剣術の教師である小関だった。
意味が分からずフリーズしてしまう。
あまりに初めての状況すぎて立ち止まっている間に、男たちは車に乗り込んで走り出す。
「なんだよ、もう、めんどくせぇ!」
俺は訳もわからず車を追いかける。
学校の校門を抜け街に向けて山を下る。
黒いワンボックスカーは木々に擦りながらもお構いなしに力任せに走る。
全速力で走る俺も徐々にスピードに乗り出す車には追いつけない。
鍛え抜いた俺の筋肉も高馬力のエンジンには敵わない。
「チッ、このままじゃ離される。
刀も部屋に置いてきちまった。どうする?」
次の手を考えているその目に、一本の木の棒が入る。
俺は腰を屈めて木の棒を取ると、手のひらでもて遊んでから投擲する。
鋭く宙を走る木の棒はガソリンタンクに突き刺さる。
そこで、運転手は俺の存在に気づき更に速度を上げる。
俺も追いかけるのを諦め足を止め、車を見送る。
すぐに車が行った先に歩き出す。
「クソ、街の方か」
だりー。
そう思いながら、動いていた足が急に止まる。
当たり前のように、追いかけようとしていたが、なぜだろう?
「………てか、なんで西園寺を助けようとしてんだ?」
俺は基本的に利己的な人間だ。
自分の得になることしかしないし、出来ない冷徹な男だ。
そして、いま、西園寺を助けに行って俺に何の得がある?
拉致されて売り飛ばされようが知ったことか。
俺には何の関係もない。
自分の弱さを呪うべきだ。
剣士はそういう考えの奴らのことを言う。
一度、考え出すと急激に冷める。
「アホらしい。戻って寝よ」
呟いて元きた道を戻る。
乱暴な運転で通った車のタイヤ跡を踏みしめながら歩く。
意外にも山の夜風が気持ちよかった。
視線をあげ、三日月の夜空を見上げる。
不意に、西園寺と剣を交えた満月の夜が想い起こされる。
「………………」
未熟で経験の浅い軽い剣。
それでも、何か俺の目を見張るものがあった。
それが今の俺には分からない。教えて欲しいとも思わない。
剣は所詮人を殺す道具で、剣士は歴史の継承者だとか誇りをかけて戦う戦士だとか崇高な
言葉に言い換えたとて、結局は殺人鬼なのだ。
受け継いだもの、受け継がされたものが、正しかったんだと押し付けたい、どうしようもない奴ら。
それが俺にとっての剣で、大抵のやつがそうだ。
でも、西園寺の奴はどうやら違うようだ。
俺とは違い、あいつの剣には誇りやらが乗っていて、その上剣に対しての根本が違う。
と、ゴチャゴチャと考える俺の頭を夜風が通る。
「はぁ」
自分でも知らずにため息を吐いていた。
今ので、答えは出てしまった。
俺は冷徹な人間だ。でも、それと同じくらい感情的な人間でもある。
知りたい。知りたくなってしまった。そうなったら仕方がない。
なんの意味もない自分への言い訳をして、車を追った。
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