第8話 学園最強
「なぁ、もう一つ質問いいか?」
ここ1週間で、1番雰囲気の良い今、俺はずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「西園寺は何で、そこまで順位に拘るんだ?
順位を上げるのは悪いことじゃないが、そこまで急ぐ必要ないだろ。
俺たちは、まだ一年生で、しかも入学してーー」
「私には!」
珍しい俺の長話を遮るように、西園寺は大きな声を上げる。
「どうしても、失いたくないものがあって………そのためには、この学校で1番になり西園寺流の覇を唱える必要があるんだ」
それだけ。
そう言って、西園寺は締めくくる。
ここから一切、語らない。そういう意志を込めるように、西園寺は頭を抱え込む。
これ以上は聞き出せないか。
そう区切りをつける。
「ふう、そろそろ1限も終わる頃だし俺は行くぞ、西園寺。
戻りづらいとか。あんま気にするなよ。あいつら馬鹿だから、何言われたかなんて、もう忘れているさ」
そう言って、俺は屋上をあとにした。
###########################
夢咲の背を見届けて、私は更に縮こまる。
私は本当に駄目な奴だ。
夢咲は折角、私を慰め励まして連れ戻しにきてくれたのに、あんな風に言ってしまうなんて………………。
でも、あれだけは私も簡単に口に出来ない。
今の私の中心を占める事だから。
そう、分かっていても、気が沈んでしまう。
そんな私が嫌だ。
「もう、どうにでもなれ」
小さな呟きを掻き消すように、錆びた扉が無理矢理開かれた嫌な音がする。
夢咲の奴、戻ってきたのかーー
「もう、ほっといてくれ!」
そう思って、突き放すような声は果たして夢咲には届かなかった。
「あはは、それはごめんなさい」
苦笑しながら、屋上へ出てきたのは剣術演習を担当している小関先生だ。
「こんな所でどうしたんですか、西園寺さん?」
「どうして、俺の名前を知っているんですか?」
すぐに脳を私から俺に切り替えて、尋ねる。
「そりゃ知ってますよ。西園寺さんは入学して早々、学園順位13位まで上り詰めた新進気鋭の新人んなんですから」
まぁそれもそうか。
剣術担当の先生なのだ。他の普通教科の先生よりも順位は、逐一チェックしているだろう。
しかし、今朝はチェックをサボったな。
間違えている。
「それは昨日までですね。今日から私は下から2番目です」
「ええええ!?どうしたんですか?何があったんですか?」
「ははは、ちょっとヘマをしてしまって………」
自分で言ってて、ブルーになる。
そんな俺に丁寧でもありながら砕けた口調で話す小関先生は、とても好感が持てた。
「そうなんですか。
でも焦る必要はありません。あなたは、一年生でそれも入学したてなのですから」
この人もだ。
この人も何も考えず、私を慰める。
私の事情を知らないから、当然の事なのだがやめて欲しかった。
別に何も言わなくて良いのに。
そう思っていた私に、小関先生は続く。
「まぁ、でも、もしあなたにどうしても叶えたい目的があって、それを叶えるには時間が無いのだったら、例え無茶だとしても賭けてみる必要があるのではないかと思います」
小関先生は、そう言って立ち上がる。
「流石に生徒の前ではタバコは吸えません」
そう言って、屋上から去っていった。
………。
………………………。
………………………………………。
夢咲が去り、小関先生も去って、1、2時間経った。
もう、体育座りで屋上にいるのも疲れてきた頃合いで、ちょうど昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。
入学して1週間ちょっとで、授業をボイコットするとは、とんだ不良娘になったものだ。
こんなすぐにサボるやつは、私くらいだろうな。
「いや、夢咲がいた。
ははは、下がいると思うと安心する」
ちょっと笑って、すぐに現実に戻る。
「夢咲はああ、言ってくれたけど、私には無理だ。気まずい」
本当は、教室に戻るべきなんだろうな〜。
頭では分かっていても身体が動かない。
「はぁ〜」
ただただ、憂鬱な気分で学校を彷徨っていると、不意に1人の男子生徒が視界に入った瞬間、雷に撃たれたように身体が硬直した。
異質。
立ち方、歩き方、話し方。
その全てが、平凡すぎる。
なんてことないただの眼鏡男子。
ヒョロくもなく、ゴツくもない。身長だって、平均。
こういったら何だが、モブっぽくてゲームとかが好きそうな陰気な印象があった。
普通の街であったら間違いなく、見逃していただろう。
しかし、ここは剣の学校。
皆が日常的に剣を握っているが故にそれぞれに特徴や癖があり、誰しもが大小強弱の殺気を纏っている。
だというのに、その男には特徴もないのだ。
「……………っ」
思わず、息を呑む。
間違いない。
あいつが学園最強の柳生生徒会長だ。
ふと、先程小関先生が言っていた言葉が頭の中で呼び起こされる。
そして、気づけば生徒会長のもとに駆け出していた。
「………すみません、生徒会長!」
「ん?君は?」
生徒会長はぶっきらぼうに答える。
「俺は1年3組西園寺忍です。
あなたに仕合を申し込む!」
この人に勝てば、夢咲に奪われた順位を取り返しても余りあるお釣りが来る!!
気合いを入れて、生徒会長に挑戦状を叩きつける。
「ほう、面白い。良いだろう。受けて立つ」
生徒会長は淡々と了承した。
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俺と生徒会長は校舎を出て、校門まで歩いた。
途中、ずっと無言だった。
その間、なぜ生徒会長は授業中なのに、校舎をウロチョロしていたのか不思議に思っていたが、学園イチともなれば授業を受けなくても卒業出来るのかと思うと、再度この学園の仕合制度の影響力を確認した。
「この広さなら十分だろう?」
地面がアスファルトの広場で、俺と生徒会長は向かい合う。
不満はなく頷く。
「ええ、大丈夫です」
「よし、仕合を始めよう。
いや、そういえば、もう一つ。ハンデはいるか?」
生徒会長としては、なんて事のない、いつもの一言なのだろう。
だが、私にとっては違う。
その一言で、完全に私の闘志に火がついた。
私はこれまで、仕合制度で容認されているからとか、男とか女とか関係なく平等な上で、自身の磨き上げた刃一つで勝ち上がったのだ!
「いえ、いりません」
静かに、しかしキッパリと強く拒否する。
「分かった。刀を抜け」
心なしか生徒会長が笑ったような気がした。
俺は二刀、生徒会長は一刀、刀を抜き時が停滞する。
両者、刀を構えたまま微動だにしない。ただ相対するのみ。
いつもならば俺が斬りかかる側だが、今回はそんな下手な真似はしない。
生徒会長も俺と同じタイプの流派。
この状況は当然のように予想できた。
でも、ここは耐えだ。
俺の得意で戦う。そのためには、この静寂を耐え抜く!
そうして数十秒が経ち、突然鳴ったキンッという音でとうとう生徒会長が動き出す。
生徒会長は霞の構えのまま、20メートルはある距離を2足で一瞬にして詰める。
「フん」
生徒会長は一切容赦なく首を狙って刺突。
もはや、目では捉える事のできない速度の刺突を勘で地面に転がるように避ける。
回転を利用して即座に立ち上がるが、生徒会長は袈裟斬り、真っ向斬り、一文字斬りと追いかけ回してくる。
俺はそれを二刀を以ってして対処する。
それでも、何回かは受け流しきれず、身体の至る所が浅く切り裂かれる。
「クっ、ッツチ、アア」
確かに俺の得意にもっていけているが、それを上回る生徒会長の技量で完全に流れを奪われている。
しかし、俺だってただ何も出来ずにやられている訳ではない!
生徒会長が縦横無尽に切り出す一刀をよく観察しーー
「いまだ」
遅い一刀を二刀で掴む。
そして、巻き上げる。
生徒会長の手から刀が離れる。
「アアアアアア!!」
丸腰の状態の生徒会長に一切の容赦妥協なく渾身の一撃を振るう。
私の人生の中で間違いなく最速最強であったその一刀をしかし、生徒会長は宙に飛び上がり回避。
俺の頭を蹴り上げると倒れる俺に馬乗りになり、おもむろに腕を空に掲げる。
そして、そのタイミングで丁度、刀が生徒会長の手のひらへと落下する。
「ーーー!?」
これが学園一位の実力!!
「………………」
一閃。
思わず、恐怖で目を閉じてしまう。
まるで機械のように、生徒会長は淡々と俺の腹を横一文字に斬り裂くーー
「誰だ、お前」
はずだった。
目を開けると、俺と生徒会長の間に割り込むように一刀の刀を差し出す男がいた。
「ゆめさき」
呆然と名を呟く。
まさか、夢咲がこのようなことをするとは思えなかった。
「これ以上はさせられない、こいつとの約束があるからな」
そう言って、夢咲はチラッと俺のお腹の部分に視線をやる。
制服の右半分が斬り裂かれていた。
このまま、もし夢咲の止められなければ、生徒会長にも女だとバレていたかもしれない。
私は夢咲に助けられたのだ。
「ふん、どういう訳か知らんが、ここまでのようだな」
そう言って、生徒会長は刀を鞘に納める。
「お前、名前は?」
生徒会長は夢咲を見上げながら問う。
「夢咲柊一郎だ。あんたは?」
夢咲も名を問う。
「私は
もし、機会があれば一戦交えよう」
「へへ、あんたとなら悪くない。
面白くなりそうだ」
夢咲は不敵に笑っていた。
夢咲と生徒会長は無言で会話していた。
強者でしか分からない、コミュニケーション。
私には到底、理解することができなかった。
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