第7話 ブルー
夢咲が大浴場を去った後、少し間を置いてから私も出た。
久しぶりの風呂で身体が大分スッキリしたのだが、心は全く晴れない。
気分転換に、寮に隣接する自販機で適当にイチゴオレを買うと近くのベンチに座り、イチゴオレを一気に煽る。
イチゴの甘ったるい味が口に広がって心地よい。
未だ冬の冷気が残る風が火照った身体を透過する。
「はぁ〜〜〜」
大きなため息と共に、今日一日の出来事がフラッシュバックする。
その中でやはり一番記憶に残っているのは夢咲との仕合だった。
「自分の実力を出し惜しみして、他人を欺くなんて、けしからん奴だ」
今まで夢咲が見せていた剣は、魂の籠もっていない抜け殻の剣だったのだ。
夢咲の奴は、そんな剣に勝ってイキがっている私を見て、陰で私を馬鹿にしていたに違いない。
嫌悪し、しかし私も剣士の端くれ。
すぐに感嘆に変化する。
「凄かったなぁ。
全てが洗練されていて、一切無駄が無かった」
敏捷力や膂力、技術に刀の持ち方に、振り方、足運びに、立ち方、呼吸すらもブレがなく、全てにおいて隙がなく、一つの到達点だった。
惚れ惚れするほどに美しかった。
感心と称賛。
それと同時に私と同い年にして、あのレベルに至るには、どんな修練をこなさねばならなかったのかと寒気すら覚える。
「それに比べて私の剣は………………」
何もかもがダメだ。
スピード、パワー、テクニックのような基礎的なところから、腕の振りや構え方のような細やかな部分、何もかもが負けていた。
何が夢咲と私に違いを生むのだろう。
そう、ふと疑問に思うが、答えは単純。
研鑽の量だけではなく、質が違うのだろう。
しょうがない事。
しょうがない事なのだが。
それでも言いたい。
「私だって、努力しているのに………」
分かっている。
スタートラインが違う事くらい。
剣は男の世界で、女に入り込む余地などない事くらい。
それでも、失いたくなくて、その為に女の身で通用するように思考錯誤して、鍛えてきた筈なのに!
「私の剣ではダメなのか?
西園寺流は届かないのか?
もう、終わりで私が私を諦めるしかないのか?」
それーー
「嫌だ………いやだ…イヤ、だ」
1人、夜風に流されるように涙を流していた。
###############################
西園寺との愉快な仕合をした次の日。
いつも通り登校すると、教室がやけに騒々しかった。
朝が苦手な俺からすると、溜まったもんじゃない。
「おいおいおいおい!どういう事だよ夢咲!!」
「水臭えじゃねぇか?」
「俺は最初から気づいてたぜ?お前はやる時はやる漢だって、な」
だというのに、クラスメイトたちが馴れ馴れしく声をかけてくる。
「ああ?んだよ?どうした?」
俺は煩わしそうに答える。
「まさか、すっとぼけるとは」
「謙虚なんだな。うんうん、好感がもてる」
「お前って、普段授業は全然聞いてないようなフリして、本当はすんごい聞いてて、テスト前に勉強してないとかほざいておきながら、陰でメチャクチャ勉強して高得点取っちゃう優等生なんだなぁ」
「はぁ?意味わからん」
こいつらは何を言うとるんだ。
「何だ?本当に知らないのか?」
「マジかよ。携帯みろ携帯」
本心からそう思っていたのが伝わったのか、クラスメイトたちは察して、携帯を見るように促してくる。
しかしーー
「俺邪魔だから携帯持ってない」
「だーーー仕方ねぇな」
そう言って、クラスメイトの1人(名前は覚えていない)が携帯を見せてきた。
そこには名前と順位が並んでおり、何とこの俺の名前の横に13位と映し出されていた。
「は?」
急に順位が超がつくほどの上昇をしており、素っ頓狂な声が上がる。
そして、すぐにその理由に思い至る。
「昨日の仕合か」
どうやら、あの仕合もしっかりとカウントされていたらしい。
非公式だと思っていた。
「カッケー、順位なんて関係ないってか?」
「興味あるのは自分の剣だけってか?」
うっ、ウゼェ〜〜〜〜〜。
朝からこのノリされんのクソだるいな。
「ハァ〜〜、なに勘違いしてんだよ。
俺が西園寺に勝てる訳ないだろ。
バグだよバグ。システムのバグかなんかで、入れ替わってるだけだろ」
適当にあしらうも全く俺の話を聞かない。
こいつらは鉛筆を握らず剣ばかり握ってきたから、根本的に馬鹿なのだ。
それをまざまざと感じられる。
「お、噂をすればだ。ちょうど西園寺が来たぞ」
お〜い、そう言ってクラスメイトの1人が、教室の後ろでたむろする俺たちの所に来るよう手招きする。
西園寺は黙ってきた。
「なんだ?」
朝早くから絡まれて、心なしか西園寺は不機嫌そうだ。
「なぁなぁ、お前の順位が夢咲の356位と入れ替わってたんだけど、何があったんだよ?」
「うん?ああ、その事か。夢咲は何て言っているのだ?」
「夢咲の奴はバグだ、なんだって言って誤魔化すんだけど、本当の所どうなんだよ?」
「残念ながら夢咲の言う通り、バグさ。
俺と夢咲の間には何もない」
「え〜?本当かよ?本当に何もないのか?」
「本当だ」
しつこく聞いてくるクラスメイトに、西園寺は冷たく言い返す。
「実は夢咲と付き合ってて、グルでイカサマしてるんじゃねぇのか?」
「だから、俺と西園寺は付き合ってないって言ってんだろ!俺の話を聞けよ!!」
何故だか黙り込む西園寺。
それを尻目に俺はキッパリと否定する。
基本、俺は馬鹿にされても、言わせておけというスタンスをとっているが、これに関してはしっかりと否定しなければならん。
でも?あれ?………………西園寺は女だから別に勘違いされててもいいのか?
いや、しかし、クラスメイトは西園寺が女だって知らないわけで………。
「うるさい」
西園寺は静かに怒りを滲ませた声で黙るように伝える。
「嘘をつくな。こっちは、証拠が上がってんだぞ」
しかし、それが剣術馬鹿たちに伝わる訳もなく、クラスメイトの1人がおどけて、詰め寄る。
「チッ、黙れよ」
まるで地獄の底から発せられたような底冷えする声。
次いで、西園寺は感情を爆発させる。
「ピーチクパーチク、人のことを詮索しやがって。
随分と余裕があるなお前ら。
ええ?そんな余裕ないだろお前らに。
他人を気にかけてる暇があったら、少しでも自分の腕を磨く努力をしたらどうだ!!
そんなんだから、貴様らは冴えないカスみたいな剣しか振るえないんだよ!!
こんな学校に通ってんだぞ、もっと必死になれよ!!」
はぁはぁはぁと肩で息をしながら、西園寺は鞄を叩き落として教室を走り出た。
「えっーーーと、俺もそう思うぞ。お前らもっと必死に剣を振れ〜〜〜」
間延びした、この状況にしては軽い声で臥薪のやつが教室に入ってきた。
「とりあえず、席につけ。ホームルームを始める」
「「「「「は〜〜い」」」」」
さっきまで、西園寺を囃し立ててた奴らは臥薪の言葉で一斉に席に着く。
返事もこれまた軽い。
もはや、西園寺のことはシカトしてみな席に着いていた。
酷い奴らだ。
だが、男なんてこんなものなのだ。西園寺、そして俺もまた男。変な期待をするな。
一応、心の中で言い訳して俺も席に着こうとした時ーー
「ああ、夢咲!お前は西園寺を追いかけてこい」
臥薪のやつがめんどくさいことを言い出す。
まぁ昨日、お願いされた事の中にサービスで心のケアを入れてもいいだろう。
「は〜い」
これまた、間延びした声で返答して教室を出た。
そんな俺の背中にーー
「ヒュ〜ヒュ〜、ゲイ野郎」
なんてクソクラスメイトどもの声がぶつけられた。
##############################
「はぁ〜〜〜〜〜、私は何をやっているのだ」
盛大なため息が憎たらしいほどに青い空に溶けて消えていく。
教室から逃げ出した私は、屋上に来ていた。
「ああああ、どうしよう。
もう、ホームルーム始まっちゃってるよなぁ。でも、戻りづらいし………」
私が言った事は、間違えてはいない事は確信している。
入学してから思っていた事だ。
でも、言うべき事だったかと聞かれると素直に頷く事は出来ない。
例え、心の中で思っていたとしても、別に感情に任せて口に出す事ではない。
自分の心を制御できなかった私がイヤになる。
「ハァ〜〜〜〜〜」
再度、重いため息を吐いて、ウジウジと頭を抱えている私に当てつけのような声をかけられる。
「王子様もサボるのか?」
こんな事言ってくる奴は1人だけ。
ここ1週間で、私の中心に土足で入り込んできた男。
夢咲柊一郎だった。
………………。
………………………………。
………………………………………………。
「うるさい。イジメならほかでやれ。私は忙しんだ」
しっしっと追い払うように手を振る西園寺を無視して、俺は隣に座る。
「「………………」」
そして、黙り込む。
何を言えばいいか、全く分からん。
臥薪に追いかけてこいと言われて、追いかけてきただけで、一切自主的にではない。
そのせいで、共感すればいいのか、慰めればいいのか。
悩んでいた俺に西園寺の方から声をかけてくれる。
「チッ、何の用で来たのよ」
ふと、思ったことを口にした。
「なぁ?お前喋り方、変じゃね?」
「ん?ああ、確かにね。私はこれが本当の喋り方なのよ。
いつもなら、男のフリをしなくちゃだから、無理して一人称とか俺に変えてるけど、実はすっごい違和感を感じて、疲れる」
タハハと西園寺は苦笑する。
先程の沈んでいた表情が嘘みたいだ。
「夢咲は、もう私が女だと知っているからな。無理に変えるのはやめた」
「そうだな。俺はお前が女だと知っている。
だから、俺の前では素直な自分でいればいい」
一生、自分を取り繕うなんてのは人間には無理だ。
自分のしたいように生きる剣士なら尚更だ。
そうして、無理して潰れてしまうくらいなら、俺に寄り掛かればいい。
俺が支えてやるくらいの価値は、西園寺にはある。
「あはは、ありがとう」
西園寺は恥ずかしそうにしながらも、少年のように笑った。
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