第5話 月夜の決闘

「おつかれさん」


 俺は西園寺に近づき労いの言葉をかける。


「なかなか、悪くない剣だ」

「フン、なんで上から目線なんだ」


 そりゃ俺の方がお前より強いから。

 そう心の中で答えるが、口には出さない。


「よく勝ったな」

「はん、あんなカス勝って当たり前だ」

「辛辣だな。

 ま、確かに弱かった。勝って当たり前か」


 と、そんな会話をしていると「ピロン」という音が西園寺の右ポケットからした。

 西園寺がポケットからスマホを取り出すと画面を開く。

 俺はそれを隣から一緒に見ようとするがーー


「なに、覗いてるんだ」


 どうやら、西園寺からすれば覗きになっているらしい。


「いいだろう、ケチケチすんよ」


 西園寺はフンと鼻を鳴らして、俺にも見えやすいように角度を変えて近づく。

 その際に、フレグランスの良い匂いがした。

 しかも、よく見ると想像よりもやけに華奢だ。

 ちょっと興奮してきたな。

 おいおい、やっぱ俺おかしくなったのか?

 まさか、新しい扉開いちまったのか?


「96位。

 よし、やっと100をきった」


 西園寺の声で、なんとか現実に戻って来れた。


「ほう、やるじゃねぇか。

 もう、そんなにいってるのか。

 俺なんてまだ300くらいだぞ?」

「それはほとんど最下位じゃないか」

「へぇ〜〜そんなのか。知らんかった」

「なんで自分の順位なのに知らないんだよ」

「ああ?順位なんて興味ねぇよ、俺は」

「だとしても、順位を上げておく事に越した事はないだろう?

 数字が若くなればなるだけ、待遇が良くなるのだから」

「確かにな。でも、やっぱ俺は良いや。めんどくせぇ」


 雑魚と刀を交える事ほど、つまらない事は無かろう。

 そんな事をするくらいならまだ、キウイの種を数えている方が楽しい。


「頑張って順位を上げて、寮部屋をピカピカにしてくれ」

「ふん、カスが」


 そう吐き捨てーー


「私はもう行く。ついてくるな」


 そう言って、寮の方向に歩いていく。


「いや、俺も同じ方向なんだけど」


 西園寺の背中が見えなくなるまで、俺はその場で立ち尽くしていた。

 この日以来ほとんど毎日、西園寺が上級生に仕合を挑む姿を見かけるようになった。

 瞬く間にこの話は学校中に広がり、様々な反応が起こる中で、俺には一つの疑問が浮かんでいた。

 何故、そんなに頑張るんだ?と。


 ###########################


 一人、刀を二つ持ってぐーすか気持ちよさそうに眠る寮ペアの夢咲を尻目に、私は寮部屋を出た。

 冷えた寮の廊下を音を立てずに歩き寮を出る。

 世界の終わりのような綺麗な朝焼けの光を背に刀を構え、目を閉じる。

 思い出されるのは、直近の記憶。


「フゥ〜〜」


 どいつもこいつも、碌に刀を扱えないクソばかり。

 その癖、西園寺流を馬鹿にしてくる。

 本当に期待外れだ。

 スピードもテクニックもタフネスも全て足りない。

 本当に腹立たしい。


「ギリッ」


 それでも、まだやる気があるからマシだろう。

 しかし、あの忌まわしき寮ペアの夢咲はそれすらない。

 実力もやる気もない、なんのためにこの学園にいるのか分からない奴だ。

 そのくせ、私の神経を逆撫でするようなことばかりしてくる。


「…………」


 だが、そんなしょうもないやつは捨て置けば良い。

 私は私の目的に向かって努力するだけだ。

 そう考えれば、この学園のレベルが低かったのは、逆に良かったかも。

 これだったら、楽に1位になれそうだ。

 そうすれば、私の願いも叶う。


「ふっ」


 瞑想を終え、刀を下ろして、山の奥に進んでいく。

 そういえば、夢咲は決して私の剣を馬鹿にしてはいなかったな。

 そんなことを頭の片隅で思いながら。


 #########################


「ハァ〜〜」


 今日も一日が終わる。

 何もない、同じ場所で同じ事の繰り返し。

 何一つ、心躍らせるような事はない。

 日々の楽しみといえば、教室から夕焼けを見る事くらい。

 今も教室の窓から夕陽を眺めているが、それでもやっぱりーー


「あーー暇だー」


 どれくらい暇かと言えば、逆に暇すぎて何にも手がつかないくらいだ。


「ふん、残っているのはお前だけか」


 と、無為に時間を消費する俺に、唐突に声をかけてきたのは間違えるはずも無い西園寺だった。


「あぁ?」

「相変わらずアホ面だな、あはは」


 そう言って、西園寺は嘲笑する。

 もはや、それに返事をする気力すら湧かず、音声だけを発する。


「あん」

「むっ。

 まさか、もう痴呆症が始まったのか?

 人に声をかけられたら、しっかりと返事をしろ。

 まったく、これだから学のない馬鹿は嫌いなんだ。

 剣も並だし、お前は何が出来るんだ?」


 そのおざなりな反応に、西園寺はプライドを傷つけられた知らないが、急に饒舌に罵倒してくる。


「ああな。そうだな。何が得意なんだろ」

「くっ!馬鹿にしてんのか?ああ?

 雑魚のくせして、私なんか眼中にないってのか?」


 何をそんなにカリカリしているのか。

 そんなに、日常でイライラしていることがあるのか、それともーーー


「お前、生理かよ」

「なっ、なななたな」


 なんか、よう分からんが、メチャクチャ動揺してる。


「貴様!私と勝負しろ!!

 剣で私の存在を分からせてやる!

 まぁ、どうせ貴様はビビリ散らかしてーー」

「ああいいぜ」

「えっ?」

「あれ?」


 数秒、俺と西園寺の空気が凍る。

 俺いまなんて言った?


「いっ、いいいぞ!やろう!

 ギッタンギッタンのバッタンバッタンにしてやる。立て、行くぞ」


 まぁ、暇つぶしには丁度いいか。

 なんなら、こいつの剣ならちょっとは楽しめそうだ。

 そう言って、強引に西園寺は俺の腕を取って教室を出た。

 その際に何故だか、違和感を覚えた。


 #################################


 西園寺に手を引かれて、俺が連れて来られたのは西園寺が朝練でよく使うという、山の空き地だった。

 わざわざ、学校からここまで来る間に夕焼けは死に、月が産まれた。

 月はただ静かに俺たちを包み込む。

 二刀流らしく西園寺の手には真剣が二本。

 対して、多少光沢がある以外は何の変哲もない刀。


「心替えするなら今のうちだぞ。

 ほら、やっぱり辞めますって言えよ。

 そうしたら、傷つくのはプライドだけで済むぞ」

「ハッ冗談。

 いいから、見せてみろよ、お前の剣を」

「よし殺す」


 ビュンと風を置き去りにして、西園寺は俺に突進してくる。

 俺は程よく手を抜いて、それを受け止める。

 ギンンンンン!!という刃と刃がぶつかり合う音が山に響く。

 西園寺はそのしなやかな腕を振り回して、広範囲に刀を届かせる。

 西園寺が修得している西園寺流は防御型の流派でありながらも接近戦も得意としている。

 なかなか、努力しているのだろう事が窺える。


「ハァ!」

「ヌん」


 緩急をつけてあらゆる方向から迫る蓮撃の終わりに、俺は刀を当てて弾き返す。

 あまりの力に西園寺は体勢を崩して後退する。

 俺はその隙を逃さず、足元を集中的に狙う。


「おらおらこの程度か、王子様よ?」

「くっ」


 俺は剣を振りながらも足で西園寺の太ももを蹴り上げる。


「うぐっ」


 蹴りが絶妙に“ももかん”に入る。

 どんだけ、西園寺が気を張っていても、反射的に弛緩する。

 その緩みを感じ取り、俺は拳を振り抜く。


「ぐあッ」


 モロに鼻筋にあたり、面白いほど吹っ飛ぶ。


「軽い。軽すぎるだろ。お前、飯食ってるか?」


 適当に煽ってみる。


「はぁはぁはぁ、余計な…お世話だ」


 息を切らせながらも西園寺は立ち上がる。

 なんだ、まだ口が利けるじゃねぇか。


「へっ、今度はこちっから行くぜ」

「来い」


 西園寺は両手の刀を交差させて迎え打つ。

 俺は西園寺に向かって迫る。

 最大まで重心を落とし、地面と平行になるように走り、西園寺の懐まで至る。

 下から西園寺の顎に向かって刀の切っ先を突き上げる。

 それを西園寺は、すんでのところで柄で受け止める。


「うっ」

「ほう」


 これを受け止めるか。

 悪くない。

 俺は身体を起こし、今度は刀を力一杯に叩き落とす。

 それを西園寺は二刀の力で防御する。

 基本、防御を主体とした流派は自身を中心にした絶対領域を持っているものだ。

 誰であろうと寄せ付けない聖域であり、もし入り込めば一刀のうちに斬り伏せる。

 そして、絶対領域に入り込まれ必殺の一刀を防がれた剣士は、すぐに死ぬと決まっているのだが、西園寺はよく耐えていた。


「やるじゃねぇか」

「貴様…こそ、今まで手を抜いていたのか!」

「別にそういうつもりじゃねぇよ」

「さぞ、心の中で私を馬鹿にしていたんだろ」

「ただ、やる気がなかっただけなんだがな。

 いくら言っても無駄か」


 そろそろ、終わらせる。

 俺は西園寺から距離をとり、上段の構えを取る。

 対して西園寺は二刀を鞘に納めて抜刀の構えを取る。


「「………………………」」


 そうして、俺と西園寺は石のように固まる。

 月下、二人の剣士が魂をかける。

 そうして、数時間とも言える瞬間が経つ。

 俺はちろりと視線の先の月をみる。

 その中で雲が月を隠し、風が闇を走る。

 それと同時に俺たちも駆け出した。


「ハァアアアアアア!!」

「フッウウ」


 低く落とされた重心。

 前屈みになった事で、産まれた影。

 その影の中から、二つの鋼が姿を現す。

 ただでさえ、闇夜だというのに月光から隠された空間から飛び出る刃は間違いなく脅威であった。


「西園寺流派抜刀術!深淵!!」

「見事!」


 体中を流れる血が沸騰したのではないかと思えるほどの興奮に、賛辞を述べる。

 正しく最速の一閃であったそれは、迷わず俺の命を刈り取りに来ていたのだが、しかし俺の方が巧い。

 雲が流れ、月が姿を顔を出すその瞬間、俺は手に持つ刀を僅かに右にズラす。


「なっ」


 刀で月光を反射させ西園寺の目を潰す。

 たった一瞬。されど一瞬。

 僅かに上半身の体幹が緩み、静止した。

 俺はそのタイミングに合わせて、刀を袈裟斬りする。


「フッ」


 余計な力は要らない。ただ、優しく。


「がはっぁ」


 俺の刀が西園寺の懐を斬った。



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