第4話 夢咲の華麗なる1日
入学式の日から早くも1週間が経った。
その間、特に俺の心を踊らせるような出来事にも人物にも出会ってはいない。
あの日この学園に抱いていた希望は、今や擦り切れ灰色だ。
やはりというか、俺の日々は予定調和の退屈な日々に変わってしまった。
ここで俺の一日を紹介する。
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朝•起床。
「起きろ、夢咲!」
「あと1時間は寝させろカス」
「寝すぎだ。というか起こしてもらっておいて何だその言い草は!引っ叩くぞ」
毎日、大抵西園寺に揺すられ叩かれて起きる。
起きる時間を誰かに決められると言うのは、こんなにも不愉快だとは知らなかった。
次に朝食の時間。
朝食は中央館にある食堂で、一学年揃って飯を食う。
「「「いただきます」」」
大勢で同じ釜の飯を食う。
これほど不愉快な事はない。
てか、普通に汚くてヤダ。
「おい、夢咲!もっと綺麗に食え、茶碗は持つんだよ」
うるさい西園寺に適当に応えて、朝食は終わる。
朝食が終われば、学校の時間。
鬱陶しく縛り付けてくる制服とやらに身を包み学校に登校する。
学校に登校し、授業が始まるまでの数十分を適当にす窓の外を見ながらして暇を潰す。
「ちーっす、おはようさん。
今日の数学の宿題した?
したら俺に見せて欲しいんやけど」
ちょいちょいチャラ男が声をかけてくる。
「んなのしてねぇ」
それにしてもこいつはなんで、俺に宿題を見せてもらいたがるんだ。
見るからにしてなさそうな顔をしてるだろ、おれ。
1限目。
数学の時間。
数字。
殺し合いが常である剣士にはたとえ、なんの鍛錬にならなくとも数字は大切だ。
距離の取り方が分からなければ、間合いを測れない。
角度を理解すれば、更に良いキレを生み出す事が出来る。
兎にも角にも剣士にも勉強は大事なのだ。
「グゥーーグゥーーグゥーーー」
「1限目から寝るな、夢咲!」
パシッと頭を叩かれて目を覚ます。
2限目。
国語の時間。
一見、意味がないように思える。
事実、俺たちは日本語を使って、なに不自由なく生活を送ることが出来ている。
しかし美しく正しい言葉を学び日常的に使用していく事で、強い人間へと変わっていくことが出来るのだ。
俺はそう思う。
「ーー!…お…!…お………い!おい!」
「ああ?」
「お前、黒板見てるか?
さっきからずっと窓の外見てるじゃないか。
もっと集中しろ」
3限目。
英語の時間。
昨今、街を歩けばどこでも聞こえてくるグローバルという言葉。
俺たち古臭い剣士すらも今やグローバルの時代。
それに対応していくためには、剣士であろうと英語は重要だ。
他国の言葉だと忌避してはいけない。
それに、英語が使えれば、世界中の猛者と殺し合いが出来る。
「なぁなぁ、なにしてんだよ………………ほれほれ。ノート見せろや」
消しカスを西園寺に投げつけ、ちょっかいをかける。
それをかれこれ10分ほど続けているとーー
「ええい!!辞めろ!?」
とうとう、キレだす。
「うるさいぞ、西園寺!」
しかし、教師は西園寺の方を注意する。
「先生、聞いて下さい!
夢咲がずっと邪魔してくるんです」
「とりあえず、座れ。
あと、そんなのは無視しろ、無視」
俺の名前を出すが、一蹴される。
「ぐぬぬぬぬ」
西園寺は席に座ると、盛大に歯軋りをしながら、俺を睨む。
「へっ」
それを俺は笑顔で返してやる。
昼休み。
この学園の生徒は基本的に自身で弁当やらを用意するか、食堂に行くかをして済ませるらしい。
当然、俺に弁当を用意するような心を持ち合わせるはずもなく、かと言って食堂で毎日飯を食えるほど金もない。
このまま、昼飯を食わないということになるが、しかし俺が昼食を抜くなんて出来るはずもなく、そうなってくると方法は一つ。
古来、人間が原始時代からしてきたこと。
それは盗むだ。
「西園寺くん、美味そうなもん食ってんね?」
まずは、弁当美味いランキング1位の西園寺。
他の有象無象の茶色い弁当とは違い、こいつは男のくせして、やたらカラフルな弁当を作ってきやがる。
赤黄緑茶白。
バランスの取れた、しかも味の良い弁当。
綺麗に敷き詰められたその弁当に俺は指を突っ込みーー
「食わせろや」
肉と米とトマトを鷲掴みにして食う。
「おおおおい!なにしてくれとんじゃ、ボケナス!」
「ああ、別に良いだろ、これくらい」
「よくねえ!貴様の汚い指で私の弁当に触れるな」
「かっこよ。男だったら人生で一度は言ってみたいセリフだな」
「貴様、次余計な事を口走れば、叩き切るぞ」
「なんで、ちょっと洋画ノリのセリフなんだよ」
「お前は何で毎日毎日、私の弁当を奪っていくのだ?」
と、まぁ西園寺が言うように、俺は入学してから毎日西園寺から飯を強奪してる。
なぜ、こんな横暴なノリが許されるのか?
最初はクラスメイトたちは西園寺を同情の目で見ていたが。
「俺なんかの弁当じゃなくて、他のカスどもの弁当でも食ってろ」
なんて、西園寺自身が勝手に一人になってくれるからだ。
こいつは、なにをこんなに強がっているんだろうな。
俺は一つ、ため息をつくと田宮の席に向かった。
ちなみに、チャラ男の飯は狙わん。
なぜなら、あいつはこのクラスでめちゃくちゃ人気者で、あいつに嫌われたら流石の俺もめんどくさい事になりそうだ。
基本、クラスの嫌われ者から飯を奪う。
これが俺の信条。
そういう、卑怯さも剣士には必要なのだ。
四限・五限・六限目。
昼飯を食うと次は教室から出てとうとう剣の授業。
と言っても四限目は基礎訓練の授業。
いくら剣の技術が抜きん出ていても、身体の基礎が出来上がって無ければ、クソの役にも立たない。
だから、そのためのは真剣に取り組む必要がある。
「お〜〜い、もっとペース上げろ、夢咲!!」
落ちに落ちまくるランスピード。
先頭を行く奴に、もう5周遅れしている。
「へっ、俺からご飯を奪うからこうなるのだ。
ざまあ、みやがれ」
「へいへい、ペースを上げろ上げろ」
「3周目〜〜」
「ファーック」
「脳は小さければ、燃費も悪い。
唯一の取り柄と言えば、図体がデカいだけ。まるでアメ車みたいだな」
もちろん、先頭を行くのは西園寺。
一周遅れされるたびに、このように馬鹿にしていく。
時には、シンプルに走る俺の背中を蹴飛ばす事もある。
こいつもかなり執念深い奴だ。忌まわしい。
まぁ、そんなこんなで四限の基礎訓練は終わり、ここでやっと初めて剣を持つ。
5・6限目。
剣術の授業。
基本、打ち合いは寮の相部屋ペア。つまり、西園寺との打ち合いになる。
一つ分かった事だが、こいつの剣は攻撃の剣ではない。
入学式の日、臥薪に猪突猛進に斬りかかっていたことから、超近接タイプの剣かと思っていたが違った。
どちらかと言えば、その逆の護りの剣、受け身の剣だ。
「…………………………」
「ハッ、フッウ、ヤア」
俺は盛大に手を抜き、まるでお手本のような面白みのない剣で上下左右に叩き込む。
それを西園寺は的確に弾き返し、次に剣が飛んでくるだろう場所を察知して西園寺が回避する。
それの繰り返し。
そんな事を1時間ほど続けていると、授業が終わる。
こうして、俺の凡庸な1日が終わる。
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夕焼けに照らされ朱色に染まる教室。
俺の瞳が紅色に輝く。
血飛沫のような赤。
そんな教室で一人、窓の外を眺める。
あまりにもアカが多いもんだから、強引にも俺の記憶を呼び起こす。
ガキの頃から嫌と言うほど見た命の色。
もちろん、最初は嫌だった。そんなもの見たくはなかった。
でも、いつだったかに気づいたのだ。
俺がやらねば、やられるのだと。
死にたくなければ、やらなければならないのだと。
しかし、それと同時に自分が死んでもいいからやりたくない、こんなのは嫌だという相反する感情が生まれ、拮抗する。
そんな葛藤を何度か繰り返しているうちに、徐々に薄れ、罪悪感も消え失せ、それが日常になった。
「ハァ〜〜〜やめやめ、気色悪い。
俺こんなキャラだったか?」
感傷的になる程、人が出来ちゃいない、性格が曲がったような筈だったんだがな。
いつから、キャラ変したんだか。
まぁそれもこれもー
「この学校のレベルがクソすぎるせいだ」
強いて見所がありそうなのは、今のところ田宮と山田くらい。
と言っても見所程度。強者とは言えない。
俺の交友範囲は広くはないが、それでもこの分だと大したやつはいなさそうだ。
入学してから1週間が経った。
どんな強者に出会えるかと期待していたが、その期待は見事打ち砕かれた。見事に打ち砕かれた。
もはや期待しまい。、入学時のような高揚感は反転して憂鬱へと変わっていた。
これから3年間、ここで暮らさねばならないとなるとーー
「はぁ〜〜最悪すぎる」
まぁ、どんなに嘆いていたも仕方がない。
そう気持ちを切り替えて、俺は席から立ち上がった。
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教室を出て、階段を降り、昇降口で上履きと靴を履き替えると、寮への帰途につく。
夕焼けの風に髪を煽られながら、歩いているとーー
「仕合をお願いします!」
凛とした男にしてはハスキーな声。
声の先に視線を向けると、誰を隠そう西園寺であった。
西園寺に対するのは、同じ制服を着ながらもネクタイの色が違う生徒。
おそらく先輩だろう。
そして、二人を囲むように数人の野次馬が出来ていた。
「まさか、もう後輩に仕合を挑まれるとは………俺も売れたな」
先輩はよく分からんが変なポーズを決めていた。
俺もその野次馬に混ざり込む。
「訳わかんない事言ってないで構えて下さい」
西園寺は冷めた声で相手に刀を抜く事を促す。
ナイスだ。ああいう、面白くない痛いやつはシカトだ。
「はい」
先輩は顔を赤くしながら粛々と従う。
「サン・ニ・イチで、斬ります」
わざわざ、律儀に動き出すタイミングを教えるとは、それともブラフか。
変な奴だ。
「サン………ニ…」
「バカが!死ねぇ!!」
西園寺が数え終わる前に先輩の方が斬りかかる。
西園寺が勝手に決めた事なんだから、反則ではないわな。
「ハッ」
西園寺は両手に持つ刀を交差させて受け止める。
「フンっ」
先輩はすぐに刀を引っ込めて、蓮撃を繰り出す。
足や腕、胴や頭部。
急所へ目掛けて剣を振るう。
それを西園寺は的確に察知し、回避するか刀で受け止める。
刀と刀が響かせる音色。
「どうだどうだ!守ってるだけじゃ勝てねぇぞ!」
やはり間違いない。
西園寺の剣は守護の剣だ。
現に西園寺は、その場から1ミリも動かずに先輩の刀をいなしている。
「ハァア!」
淡々と機械のように、自身のテリトリーに入り込んで来た刀を打ち返す。
その動きは信じられない程の速度。
しなやかで長い腕から鞭のように振るわれる刀の範囲は360度。
「おもしれえ」
自然と口角が上がっていた。
こんな近くに、いたとは興味深いやつがいたとは。
「クソがっ、こんなガキに負けられるか」
先輩も気付き出した。
このままでは勝てない。俺ではこいつの護りを切り崩せないと。
そうして、先輩は大振りの袈裟斬りを放つ。
「好機!」
西園寺がそう叫んだ時には、先輩は手遅れだった。
左手の刀で振り下ろされる刀を巻き上げ、右手の刀で先輩の右太ももの間に刺突する。
「西園寺流三の型、破戒」
「ぐあああ!?」
見事、西園寺の刀が決まり先輩が崩れ落ちる。
そして、それと同時に周囲の野次馬たちが歓声を上げる。
「うおおおおお!!」「すげぇ!!」「今年度、第一号だ!!」
「やるじゃねえか、あの新人!!」
西園寺は歓声を受けながらも一切笑わず刀のチェックをして、鞘に納めていた。
「ははは、悪くねぇ」
俺だったら、どう切り崩すだろうか?
そんな事を事を笑いながら考えていた。
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