義経じゃないほうの源平合戦

文献情報


・Author

 白蔵 盈太

・ISO Code

 ISBN-13 978-4286260167


感想


 源の九郎と三郎の物語、では間の六は?


 源氏といえばまずは源義経が有名だ。平家物語に伝え聞く逆落としや八艘飛び、過日の士気高揚を抜きにしても心の中のワンパク小僧がワクワクしてくる活躍である。あるいは、源頼朝も存在感がある。何と言っても清和源氏の棟梁であるし、無い無い尽くしの幼年期から、幕府というおおよそ千年続いた政治組織を築き上げた怪物である。ちょっと捻くれてみれば、木曽で有名な源義仲なんてお方もいる。こちらはこちらで、平氏を京の都から蹴り出した猛者でありながら、なんだかんだで上皇と喧嘩別れして最後は血族に討たれた、なんとも人間味あるキャラクターである。


 しかし、捻くれる前に少し考えてみてほしい。源義経は九郎、源頼朝は三郎。では、一、二と四から八は何をやっていたのだろうか。実のところ、頼朝が挙兵したあたりで(つまり平家物語で盛り上がり始める部分で)半分ぐらいは死んでいるのだが、六郎、というよりは若い方はこの時点ではそこそこ生きていたようだ。そもそもこのあたりは(話として)平家物語なり吾妻鏡なりを読んだほうが良いし、源平合戦に興味がある人にとってはこんな前置き自体余分とは思われるが、とにかく一応はほとんどが合流していたようである。最も、時代が時代なので、史料も多くは残っていないようで、義経達スター級に比べればあまり詳しくは生涯が残っていないようだ。その中では、六郎。つまり、源範頼は有名な方だろう。なにせ、平氏追討の総大将だった人物なのだから。


 源範頼は木曽義仲の討伐でも総大将を張るなど重要なポジションにいたりする人物なのだが、最近まであまり話題として盛り上がっていなかった(気がする)人物でもある。大雑把なアンテナにも引っかかる程度には話を聞くようになったのは、某13人のあたりからだろうか。あのドラマでは底抜けのお人好しとして描かれた彼だったが、この小説の主人公はその源範頼である。ただし、13人の彼よりも、もう少し人間臭いというか、気弱な中間管理職の範頼だ。


 この小説の主人公は中間管理職である。初対面で圧迫面接を受けた関係上、どうも苦手な上司の頼朝と、戦しかうまくないタイプの部下である義経の間に立ったり立たなかったりするタイプの総大将系範頼だ。上と下が優秀でクサるという話はよくあるが、上が政治の怪物で下が小天狗とくればクサる暇もないだろう。


 この上下で連帯が取れていれば、パイプ役でやることだけやっていれば良いのだが、史実の通りに上も下も好き放題であるから、範頼も困ったことになるのは必定。上からは早く成果を出せとせっつかれ、下は天才の嗅覚で武勲を「挙げすぎて」戻って来る。周囲のお味方も坂東武者であるから、そちらのケアもしなければならないし戦をやるには戦場以上にあれこれやらなければいけない。かと言って、戰場である以上は命もかかっているので逃げ出すわけにもいかず、範頼も時に泣き言を漏らしながら仕事をこなしていくしかない。そんなサラリーマン的悲哀を感じる主人公だ。


 史実を下敷きにしているので心置きなくネタバレができるのだが、最終的に義経は頼朝に討たれる。この小説の序盤にあれほど仲の良かった兄弟の最後に諸行無常を感じるところではあるが、中間管理職として押すも引くもままならずに眺めるしかなかった範頼も哀れな男だ。範頼も指を咥えて戦場を眺めていたわけでもないから、冒頭に比べればスレるというか、まあ堂に入った中間管理職になる。小説の最後では少しだけ成長を見せるが、結局は史実があの有り様。結局、凡人とはこんなものだとため息を付く。とはいえ、やってきたことを見れば一概に凡人とも言えないのだが、比較的にはやはり凡人であった。が、それはそれとして組織には必要な人材の中ではやはり「主人公」的強さを持つ人物として描かれているので、読了感は意外と爽やかである。


 もちろんこの本は小説であるから、おそらく史実そのままではないし、むしろ脚色はかなり強い(その点は作者もあとがきで触れている)。また、読者フレンドリーな作り(文体や構成など)の分、義経はより「アイドル」的に、頼朝や後白河法皇はより「恐ろしく」描かれている。しかし、板挟みの身からしてみれば、事実はどうあれこのようにも見えるだろうなと納得も行くため、物語のテンポにノるのが容易だ。作者の白蔵氏がカクヨムで活動していた経歴もあってか(現在は残念ながら投稿などはしていないが)WEB小説の気分でそのまま読むことができる文体である。


 白蔵氏の作品に触れたのは画狂老人がおそらく初である。全ての刊行物を読んではいないのだが、読んだ範囲ではどの作品もサラリーマンの悲哀が感じられる作品となっており(……卍は微妙なラインだが)、作品にすんなりと入りやすいかもしれない。つい先日の2024/05/15には氏の新作、「実は、拙者は。」(ISBN-13 9784575671995)も刊行されているので、興味が湧いた方は合わせて触れてみると良いだろう。ただし、読みやすさを重視していると思われる都合上、いわゆるライト文芸の文体であることは確かなので、コアな歴史小説ファンからすると(つまり司馬遼太郎や池波正太郎などにどっぷり使っている方々にとっては)かえって読み難いかもしれない。


 人気の顔も、縁の下の力持ちも、確かに不可欠だ。そして、同様に天地の間に居る何者でもないが誰かであるような「誰か」も欠かせない。たとえ実際の源範頼がどのような人物であったとしても、「誰か」の目線で見てみる源平合戦。それは意外なほどあっさりとしたものかもしれないが、歴史も背景として見ていた者にとっては恐らくそのようなものなのだろう。これはそんな、「平坦」な陸の起伏ある話だ。

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