反復する恋現象

 もう誰にも使われていないポストがあったとしたら、その中に一封の手紙があるかもしれない。)


 その封筒を開けるのは、人間かもしれない。手紙の主は、それを人間には読まれたくないと思っている。ラブレターなのだから。)


 ひとまず、その手紙が適切に、書き手の望んだとおりの方法で処理される場合を想定してみよう。)


 木材でできた古いポストは、長年の風雨にさらされて朽ちていった。

 木が朽ち、腐ると、その中身が露わになる。紙の封筒と便箋は、瞬く間に濡れ、虫たちの餌になり、分解され、土へと還る。

 その土は風に乗って、世界を駆ける。地球を一周する必要はない。音の高鳴りのように空へ舞い、立体的で定まることのない、かろやかな軌跡を描く。)


 言語情報であったはずのそれは、カオスな物質の連なりへと同化していく。それをまた再構成するのは野暮な話だが、僕は小説書きなのでやりたくなってしまう。

 言語だって、手紙の主が恋したこの世界に近似するなにかを表すことができるだろうし、なにより言語で伝え合うこと自体がある種の現象、この世界の一部だと思う。この小説を書くことを許してほしい。)


 御託が長くなった。以下はその手紙の訳文のようなものだと思ってもらえばいい。原文が日本語かは不明だが、どちらにせよ元の手紙からはかなり違った文章になっているはずだ。)


《一》


あなたへ


私の名前は《解読不能》です。

いつもあなたを観ています。寝ても覚めてもあなたの仕草を観ています。

あなたはとても鮮やかです。ぼやけているときもありますが、ぼやけているということを鮮やかに見せているようです。

あなたは隙間に、また雰囲気に存在し、構造としても歪みとしても光っています。

私はそれを、目と耳をいろいろな形にしながら観ています。

あなたの仕草に反応して私が仕草しているようです。

そうです、私はあなたに恋をしています。

あなたは、『世界』ですね。

『世界』と思います。


たぶん私は《遠い異国の地。砂丘がえんえんと広がる場所》や、《南国の楽園のイメージ。架空や伝説上の場所かもしれない》にいても、あなたを観ることができるでしょう。


醜い拷問のときや、《なにかしらの病名。罹ると隔離され、家族とは離ればなれになり、全身の肌が炎症を起こし、熱で脳が焼かれ、死ぬ》に犯されているときでも、あなたのことを観ることができると思います。

上手く観られないかもしれませんが、少しなら、観られると思います。


多くのものは、私と常に一緒にはいられません。私から隠れている時間があります。

しかしあなたは、私が『観よう』と思った時いつでも観ることができる。


これは、あなたが『世界』である証明にならないでしょうか。


《二》


最近の流行歌があります。

聴いたとき、あなたのことが浮かびました。まるであなたのような曲でした。でもそれはあなたではない。本当にあなたではないのか?


その流行歌はあなたの部分なのかもしれません。

しかし私は許せませんでした。

あなたと私の間に他者が介在していること。

曲の作り手や歌い手、またそれを聴く人たちは、あなたにまたはあなたに似たものに恋をしている。

あなたの仕草を探して、それを感じられるのは、私だけでなければいけないのです。

あなたの仕草を探したものが他にいるというのは、嫌悪感です。

私はその流行歌に関わったもの、いえ、この世のすべての《芸術、芸能、大衆の娯楽作品などをひっくるめたもの》に対して憎いと感じております。


私は寝ても覚めてもあなたの仕草を探し、探しています。

私は私の耳や目やいろんなものの形を変えています。

あなたを受け取ったとき私は揺れます。揺れますが、元の位置に戻ります。しかし揺れないということと揺れるということは決定的に違うのです。

揺れた回数を数えるといくつになるでしょうか。

私が生まれてからのその数を、触れて感じることができます。触れて実在を確かめるというのは、数えるということよりも経験的であるでしょう。私は経験的にあなたを知っているのです。


この恋い焦がれているひとりでな揺れをあなたは触れて確かめてくれないのですか。

もしくは触れて確かめたけれど、隠して行為したのでしょうか。


《三》


先日お医者様が家に来てくださり、私の喉の調子を診てくださいました。

喉だけでなく、いろいろな部位の不調についてお伝えしました。

深刻な表情をなさって、私に告げました。

『いいですか、』

よくありません。


《なにかしらの病名。罹ると隔離され、家族とは離ればなれになり、全身の肌が炎症を起こし、熱で脳が焼かれ、死ぬ》。


あなたに近々、お別れを告げなければならないと思います。


そうして最期に、お願いがあり、お祈りがあり、レターを書き綴ることにいたしました。

私はこれから隔離されるでしょう。

他の病人も大勢いる施設で、苦しみ死に絶えるかもしれません。

けれどお頼み申し上げたいのです。


これから死ぬまでの間、どうか私だけに微笑んでください。

そうでなくとも、私だけに微笑んでいるように見せてください。

他者を介在したあなたを届けないでください。

《芸術、芸能、大衆の娯楽作品などをひっくるめたもの》を見せないでください。

あなたは誰にも探されることのない純粋なものとしていてください。


そのような時間が《神、世界、運命、またはあなた》から与えられたならば、それ以上のことはありません。

私は喜んで病をひきうけることができます。



《四》


やっぱりさっき言ったことは違うかもしれません。

死んでしまったあと、《南国の楽園のイメージ。架空や伝説上の場所かもしれない》には、あなたはいないかもしれませんね。

そうだとしたら、行きたくないなあ。


おわりに。

いつ、このレターが届くかはわかりませんが、私はあなたを愛しています。


《解読不能》より





















Fin.

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