白い夢

2023年1月6日 黒川真司宅にて


黒川:どうもどうも、来ていただいてありがとうございます。「世界屋」の並木さんですね。今録音をしてるんですけど大丈夫ですかね。


並木:いいですよ。ただ録音したデータの転売はご遠慮いただいています。


黒川:転売なんかしませんよ。息子に語って聞かせるだけですから。ところで、世界屋の方は、どんな世界でも創り出して売ってくれるというけれども、本当ですか。


並木:そんな大げさな。物語を作るだけですよ。ただ即興で物語にオチをつけるには少々技量が必要でして。世界屋はその技術を買われているだけですよ。


黒川:いや、その場で物語を作るなんてすごいじゃないですか。実際にはない話を作るなんて、世界をゼロから丸ごと一つ創り出すようなものですよ。尊敬します。


並木:物語はゼロから作るわけではないんですがね。そう言っていただけるとありがたい。ところで申し訳ありませんが、お先に料金を。


黒川:二万円、でしたっけ。


並木:ゼロを一つ忘れてますよ。「物語一つにつき二十万円」。ここに書いてあるじゃないですか。


黒川:え?本当だ。すみません、ちょっととってきます。



しばし沈黙。並木が書類をめくる音が聞こえる。



黒川:お待たせしました。二十万です。


並木:確かに頂戴しました。今日のお題は何にしましょう。


黒川:お題?


並木:先にお送りしていた書類にありませんでしたか。「依頼者が設定したお題に対し、世界屋は物語を一つ作る。お題はいくつでもよい」


黒川:確かにありましたね。何にしようかな。


並木:息子さんに語って聞かせるんでしたっけ。最近息子さんが話題にしていることとかないんですか。


黒川:息子ももう中学生でね。反抗期でなかなか口をきいてくれないんですよ。でも誕生日に物語をあげたら喜ぶんじゃないかって。


並木:そうですか。最近お子さんに物語をあげたいってお客さん多いですよ。この前は高校生の親御さんも。


黒川:へえ。あ、そうだ、だいぶ前だけど、夢日記にはまってるって言ってたな。


並木:夢日記?


黒川:そう、どんな夢を見たか、起きてすぐに記録しておくやつですよ。息子が熱心にやっていた。


並木:じゃあお題は「夢日記」ですか?


黒川:いや、それだと具体的すぎるかもな。ぼんやりしたお題にしたいんだ。「夢」でどうだ?


並木:いいですよ。ほかに何かお題は。


黒川:それ一つだけで結構です。


並木:分かりました。もう物語は固まってきたので、早速始めさせていただきます。


黒川:速いですね。始めてください。



ガガガ、という、ICレコーダーの位置を直す音がする。



並木:昔々、千之助という男がいました。


黒川:千之助。ずいぶん古風な名前ですね。


並木:昔の話ですからね。その千之助は、夢を売ってお金をもらう「夢商人」だったんです。


黒川:そんな商売があったんですか。


並木:作り話ですからね。実際には存在しません。もしかして黒川さん、物語を聞くのは初めてですか。


黒川:いえ、以前何度か。でももう子供のころの話ですよ。


並木:そうですか。物語には実在しない人物や事柄がたくさん出てきます。続けますよ。夢商人は別に特別な商売じゃないんです。人が夢を見やすいような睡眠の環境を整えるだけなんです。でも人々は「何日も夢を見ていなかったのに、夢商人に来てもらったときは夢を見た」とか言って、信じちゃうんです。まあ昔から夢は神のお告げと信じられていたり、神聖なイメージがありましたからね。そうやって千之助は、人が夢を見るのを手伝っていたんです。


黒川:面白い話ですね。


並木:まだまだこれからですよ。千之助には常連の家族がいたんです。その家族は十三の息子さんと両親の三人で暮らしていました。ちょうど黒川さんの家庭と同じ構成ですよ。そしてその十三の息子さんが、夢商人に夢を見せてもらうのをいつも楽しみにしているんです。夢を見てから起きたときに浮かべる息子さんの笑顔がうれしくて、ご両親は何度も千之助に依頼をしました。息子さんの名前は、そうですね、太郎とでもしておきましょうか。


黒川:太郎ですか。また随分てきとうな名前を。


並木:名前は大事じゃありませんから。そういうことで、太郎の家族は千之助の常連でした。ところがある日、千之助がその家族の家に行っても、太郎がいない。いるのはご両親だけなんです。


黒川:そりゃまたどうして。


並木:それがご両親にもわからないというんです。友達と遊びに行ったきり帰ってこないと。その友達に聞いても、太郎は待ち合わせ場所に来なかったというんです。その日からちょうど雪が降っていてね。その友達は寒くなって早々に帰ってしまったそうです。


黒川:大変じゃないですか。


並木:そう、ご両親が大騒ぎをしていたところにちょうど千之助が来まして。早く太郎を探さないと雪の中で凍え死んでしまう。それで太郎の両親は千之助に夢を見せてくれるよう頼むんです。


黒川:どうしてです?


並木:昔の人は夢のお告げを信じていましたからね。太郎の居場所の手がかりを夢で探そうとしたんでしょう。ご両親の寝室へ千之助が入って、夢見の儀式が始まります。枕を替えたり不思議な楽器を演奏したり、まあ大体が意味のないことですけどね、儀式をご両親はずっと見守っていて、やがてそれが終わると千之助の煎じた薬を飲んで布団の中に入りました。ご両親は半日ほど眠って、目覚めたのは夜中でした。


黒川:で、お告げはあったんですか。


並木:太郎のお母さんは「橋の上にいる」と。お父さんは「真っ白で何もわからなかった」と。


黒川:へえ、白い夢。


並木:三人はそのあたりで一番近い橋を目指しました。天の橋という橋だったそうです。一番近いと言っても、その橋までは何キロも歩かなければいけません。まだ雪は降り続いていて、足元は暗く、危険な道のりでした。三人が橋にたどり着く頃には、夜も明けて、太陽の光を受けて一面の雪が白く反射していました。果たして、太郎はそこにいました。雪の上にうつぶせに倒れていたんです。太郎は、家へ連れ帰ってもなかなか目覚めませんでした。太郎が早く元気になるようにと、千之助は太郎に夢見の儀式を施しました。こんな時でも、いつものように夢を楽しんでほしい。そうしたら、また笑顔で目覚めてくれるのではないか。


黒川:どうなったんですか。


並木:太郎は目覚めました。でもその目に笑顔はなかった。


黒川:じゃあ、太郎は夢を見なかったってことか。


並木:いや、見たんですよ。白い夢。つまらない夢を、ね。


黒川:なぜ、白い夢を?


並木:それは自分で考えてみてください。中学生の息子さんも謎解き感覚で楽しんでくれると思いますよ。



しばし沈黙。



黒川:あ、お茶も出さずにすみません。今煎れてきましょうか。


並木:いや、いいよ。もう終わりだ。


黒川:あれ?もう終わり?世界屋さん自慢の「オチ」を付ける技術は?


並木:別に物語の中でオチを付けるばっかりがすべてじゃありません。物語の続きは現実世界に転がっています。


黒川:さすがにまだ続きがあるんでしょう。もったいぶらないでくださいよ。


並木:いいえ。もうこれで全部です。


黒川:そんな。あなたが評判の世界屋だと聞いたから頼んだんです。訳の分からない話じゃなくて、もっと面白い話にしてくださいよ。大体「夢商人」だなんて設定、よく考えたら世界屋と同じじゃないですか。面白い設定だと思ったら現実のパクリ。こんなことなら別の人に頼めばよかった。


並木:はは。夢商人が世界屋、いいところに気が付きましたね。


黒川:笑ってないで、もう一つ、今度は面白い話をくださいよ。


並木:じゃあもう一度二十万円払いますか?


黒川:何言ってんだ、面白くなかったらもう一つ、なんて当たり前だ。商品が欠陥だったら返金するのと同じ、馬鹿でもわかる話だ。


並木:でもこの書類に書いてありますよね。「物語一つにつき二十万」「依頼者が設定したお題に対し、世界屋は物語を一つ作る」。一つで、二十万、ですよ。


黒川:……これじゃまるで詐欺じゃないか。


並木:そうですか?「夢」というお題に対して一番適切な物語をお届けしただけですが。もし楽しめなかったのなら、お客様に想像力が欠けていたってことなんじゃないでしょうか。どれだけいいものでも、受け取る側に力量がないと「白い夢」みたいにつまらないものに思えてしまう。それは提供する側の落ち度じゃありません。


黒川:もういい、二十万円は無駄にした。帰ってくれ。イライラする。


並木:まあそうおっしゃらずに。一度落ち着いてからこの録音を聞き返してみてください。謎の答えがわかるかもしれませんから。


Fin.

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