さまよえる短遍

雨乃よるる

「ゆーびきりげんまん、うーそついたらはりせんぼんのーます」

夕暮れの公園。

ハヤトと絡めた小指が、離れた。

「ゆーびきった!」

急に冷たい風が吹いて、少しあたりが暗くなった気がした。

「寒いね」

どちらからともなく言いあう。もうすぐ冬だ。僕もハヤトも、家では、お母さんが夕食を準備して待っている。

「じゃあね、アキ」

ハヤトとは公園の出口で別れた。お互いの方向に進んでいても、時々振り向いて手を振り合う。名残惜しそうに、でも確実に離れていく。


「亜紀君」

低い、家庭科の谷中先生のアルトが聞こえた。

「はい」

寝ぼけながら顔を上げる。髪を後ろでくくった若い色黒の谷中先生は、ぱっと見て体育教師にしか見えない。

「教科書は」

僕が教科書を取り出すと、教室中で笑いが起こった。数学の教科書もってきてんじゃねーよ。高い笑い声に紛れて、隼人の真面目そうな細い目が目に入る。

「亜紀君は起きてください。説明はここまでなので、作業に入ります」

谷中先生の声で、全員が裁縫道具を取り出したので、僕は隣の席の女子から針を一本借りた。


 隼人とあの約束をしたのは、小学四年生の時だった。「ずっと一緒にいようね」。僕の何気なく出た言葉に、隼人が「約束だよ」と真面目な顔をした。絡んだ小指の熱を、まだ覚えている。

 つい先週、最後の三者面談があって、僕の志望校はすべて決まった。どれも隼人の行けない高校だった。

 なんとなく、高校に行っても隼人と一緒なのだろうと思っていた。でも一方で、隼人と自分は、学力にしてもやりたいことにしても隔たりが大きすぎた。中学校でも、話す機会は減った。真面目な顔して勉強のできない隼人と、ずっと寝てるのにテストは取れる自分。

 ずっと感じていたことだけど、いざ本当に別の場所へ行くのだとなると、あの約束が、針のように心に刺さっていた。

 ついさっき見よう見まねで覚えたばかりのかがり縫いをする。白い布に、白い糸を縫い付ける。短い針が、布の間に埋もれては、這い出てくる。

「いっっっって」

人差し指に、ぷす、と刺さった。ぼうっとしている間に、真っ白い布に赤い色がついた。

「大丈夫?」

振り向くと、隼人がいた。細い目の奥で、丸い瞳が心配そうに見つめる。昔は同じくらいの身長だったのに、もう隼人の方が一回りでかい。

 隼人は、怪我した方の手を取った。想像したよりも大きいてのひら。指先がにわかに温かくなって、ざらっとした痛みが傷口を撫でた。指をくわえて舐められたのだと気づくのに時間がかかった。

「すぐ直るわ」

隼人が何もなかったかのような顔をして立ち去っていきそうだったので、僕は慌てて呼び止めた。

「あの、高校、ごめん。この前の三者面談で決めたんだけど、多分隼人と一緒じゃない」

一瞬の沈黙。

「家近いんだからどうでもいいじゃん」

隼人が笑ったか、笑わなかったかは不明なまま。指に残る温度と痛みが消えない。家近いんだから、また会えるじゃん。脳内で都合よく解釈して、僕は作業に戻った。


Fin.

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