5

 相真は、学校に行く前に、朝早く家を飛び出した。目指すところは、父のいる廃ビルだった。

 案の定、この朝の時間、父は寝ていた。廃ビルの一室には夏の朝の光がぐいと差し混んでいた。

 父は、埃だらけの机に、覆い被さっていた。寝息にはかすかにいびきが混じっているし、不潔だし、一人前にしっかり働いていた父がこんなところに寝泊まりしているのには、なんともいえない、惨めな気持ちになった。

 机の上にある、フェルトでできた「あかり」の人形を、そっと取った。父を起こさないように、足音を殺して、うまく部屋を抜けた。

 ただ、振り返って、なんとなく扉を開け放しておくのも悪いような気がした。鉄扉を閉めた。軋んで、きいぃ、と音がした。


 父の剣幕は凄まじかった。

 寝ぼけた目で、状況を理解した瞬間、「おいガキぃ!」と怒鳴った。目のあたりにぎりぎりとしわを寄せながら、足元をふらつかせて相真のところまで歩いてきた。相真は、怖くて一歩もそこから動けなかった。

 父は問答無用で「あかり」をふんだくり、自分の部屋へ戻っていった。しばらくするとまた、いびき混じりの汚い寝息が聞こえた。

 ダメだ、と、何もわからないなりに、相真はそれだけ思った。

 「あかり」を父から奪ってはいけないのだと悟った。

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