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「母さん、ダメだ、父さん今日も人形と話してた」
少年は、家に入るなりそう言った。
「そう、ありがとうね、相真。長いこといてくれたんでしょう、あんなところに」
母は、濡れた手を拭きながら台所からやってきた。
「別に、大丈夫だよ」
相真は、ゆっくり笑顔を作る。最近、母の顔が老けた気がする。肌の色が薄汚れた人形みたいに茶色になって、頬の筋肉も下がった。それはどう考えても父、高津相太のせいで、あの人形のせいだった。
父が憎い、とは思えない。会ったらいつも怒鳴ってくるし、相真が自分の子供だということも忘れている。会社にも行かなくて給料が入らないから、お母さんはパートの仕事を増やした。だけど、廃ビルの一室で何か思い詰めたように人形に向かう父の姿を、どうも否定する気になれないのだ。
何日か前、そのことを母に言ったら、ぐっと顔に力を入れて、何か耐えるような仕草をした。
「相真は優しいから、でも、優しいことは悪いことなのよ。そう」
聞こえるか、聞こえないか、わからないくらいの小声でそう言った。相真にはなんとか、聞こえていた。
優しいことは、悪いこと。小6の相真には、まだわからない。いつかわかる日が来るかもしれない、とも思う。
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