第25話 この王都での朝食にヨーグルトを!

朝。昨日の悲惨な出来事から一転、空は驚くほど晴れていた。俺にしては珍しいことに、朝に目が覚めたのだ。いつもは昼頃に目覚めるわけなのだが、今日の俺は一味違う、アクセルに帰ってからやることがあるのだ。

そんなことをぼんやり考えながら朝食を口にする。本日の一品は自家製ヨーグルトだ。残念なことに、この世界の発酵技術はまだ発展途上であり、今まではヨーグルトや納豆を食べる事は叶わなかったが、料理スキルと、新しく習得した「知識応用スキル」と「科学スキル」によって、ついに念願の発酵食品を作ることができる様になったのだ。ちなみにお供にはしっかり、クロワッサンとスクランブルエッグも携えている。

「ん、カズマじゃないか。今日はいつになく早いな。」

「おはよう、ダクネス。」

「ああ、おはよう。……本当にどうかしたのか?頭でも打ったのか?」

「おい、喧嘩売ってんなら、スティールするぞ。」

俺の一言に眼の前の変態はブルリと体を震わせ、頬をわずかに赤く染めると、

「大貴族の令嬢の立場で、周りに貴族がいるののもかかわず、容赦なく身ぐるみを剥がされ…周りのむくつけき男達が私を舐めるような目で見てくる。……くっ、なんというご褒美…ではなく辱めだ!だが、私は屈しない!さあ、早く私をそんな目に合わせるが良い!」

「嫌だよ。なんか喜びそうだし。」

相変わらず、家の変態はブレないなあ。そんないつもの光景にほんわかしていると、ダクネスも俺の正面の席に座り、朝食を頼みだした。頼み終えたダクネスは、少しうれしそうに微笑むと、

「今日からまたアクセルか…」

と感慨深そうにつぶやく。

「おいおい、大げさなやつだな。言ってもまだ、アクセルを出てから一週間も立ってないんだぞ。」

「そうだが、やはり私はあの街が好きなんだ。どうしても恋しい。」

「…まあ、わからなくはないが……」

俺もなんだかんだ、あの街で過ごした時間はいつも飽きないし、楽しいものだったと思う。ろくでもない住人ばかりで、一番の常識人がリッチーや悪魔だもんな。…いや、あの街本当に大丈夫なのか?ゼーレシルトもきぐるみを除けば、普通に常識人だし、バニルは俺以上に地域に溶け込んでるし。ウ~ン、本当に大丈夫なのだろうか?

俺が頭を悩ませていると、廊下の方から騒がしい声が響いてきた。

「だから、昨日のことはもう、なかったことにしましょう。」

「いいえ、なりません。」

食堂に姿を現したのは、めぐみんとアイリスだった。

「おはようございます。お兄様、ダスティネス。」

「おはようございます。カズマ、ダクネス。カズマは今日は随分早いですね。」

「おう、おはようふたりとも、昨日あんな事があったおかげで眠りが浅かったんだよ。」

「おはよう。ところでカズマ?あんなことってのは何の話だ?」

ダクネスの言葉にアイリスが食いつく。

「そうなんです。聞いて下さい、ダスティネス。昨日の夜、めぐみんさんが…」

「いえ、別に何もありませんでしたよ。」

すぐさま遮るめぐみんだったが、アイリスはなおも話を続けた。

「昨日の夜、私がお兄様の部屋に、冒険譚を聞きに行ったら…」

「あああ、何にもないなにもない。やましいことなんてありませんよ。」

「なんと、めぐみんさんが下着姿で、お兄様と抱き合っていたんですよ。更に……」

「ああああああああ。」

めぐみん必死の抵抗虚しく、完全にすべてを言われてしまった。さすがの記憶力、一言一句そのままのセリフでめぐみんとの口喧嘩を再現してみせた。王族は伊達じゃなかった。

「な、めぐみん、そんなことを……なあ、カズマ本当なのか?」

めぐみんが否定してくれと、縋るような目でこちらを見ている。そんな視線の中俺は迷わず告げた。

「大体あってる。」

「ああああああああ。」

絶望の叫びを上げるめぐみん。それを見てダクネスは不敵に笑って見せると、

「フッフッフッ。めぐみんがまさかそんなことをしていたとは……だが、これでもう私の事をエロネス呼ばわりはさせないぞ。」

「いや、お前は薬盛ろうとしたり色々しただろうが。というか、お前からエロを抜いたら、もはや変態しか残らないじゃん。」

「!?」

ダクネスが何やらショックを受けている様子だが、ふとそこでめぐみんが話をそらそうと、俺の食べている物に目を向ける。

「なんです?それ?見たことのない食べ物ですが……」

めぐみんの質問に俺が応えようとすると…

「ワッ!!」

「うおっ!」

後ろから急にアクアが脅かしに来た。思わずビビってしまった。なんか、はずいな。

「プークスクス。カズマさんチョー怖がってるんですけど〜、顔真っ赤になってて痛い痛い痛い、やめてよカズマさん。謝るから、謝るから頭ぐりぐりしないで!」

うざかったので、こめかみを両手でグリグリしてやると、アクアはどうにか、その拘束から抜け出し、ササッとダクネスの後ろに隠れる。ふとそこで、アクアも俺の料理に気がついたみたいだ。ヨーグルトを指差し叫んだ。

「ちょっと、それヨーグルトじゃないの!いつの間にそんなの作ったののよ!ねえ、今度、私の石の中でも秘蔵の一品を上げるから私にもちょーだい。」

「要らんわ!誰が欲しがるんだよそんなの。」

「わ、私ちょっと欲しいかもです。」

「私もです。アクア様、ちなみにどんな石なんですか?」

ふむ、子供には人気らしい。

「ちょっと、めぐみんもアイリスも、落ち着きなさいな。まあ、どうしてもほしいって言うならそれに見合う何かを持ってきてもらわないとね。例えば…高級なお酒くらいはしないと。」

「タダ同然の石ころで詐欺しようとすんな駄女神。」

「あっ、今駄女神って言った〜。」

「駄女神何だから駄女神だろ。」

「ひどいっ!」

「というか、石の流れで置いてかれているが、よーぐると?とは一体何なんだ?今までそんな食べ物聞いたことがないぞ。」

ダクネスの質問にめぐみんとアイリスが同調し、うんうんと頷く。

「ヨーグルトっていうのはね。ミルクをなんか凄いことして、作る食べ物なのよ。そのままだとちょっと酸っぱいから、ジャムや砂糖、はちみつ何かをつけて食べるの。」

なぜお前が得意げなんだと、突っ込んでやりたい。というか、今の説明じゃ、食べ方とミルク要素しか拾えんだろ。

「カズマ?どうして私のことを、そんなかわいそうなものを見る目で見るの?」

「いやあ、知力って大事なんだなあって。」

「上等だわこのクソニート!女神の本気を見せて上げる。」

「おいおい、落ち着けよ。ほら、ヨーグルトやるから。」

「まったく、しょうがないわね。ほんはいはほへひへふひへふふひへはへふ。」

犬か、こいつは。まあ、餌付けすれば大人しくなるのは楽だし、別にいいが。というか、犬のほうが癒やしになる分優秀じゃね。トラブルだって起こさないだろうし。まあ、こんなこと言ったら流石に泣くから言わないけど。

「カズマカズマ。私もこのよーぐると食べてみたいのです。」

「お兄様。私もこの料理に興味があります。」

「私も、こんな料理見たことないからな。ぜひ食べてみたい。」

「わかったから、そんなに焦るなよ。」

急かす、三人をなだめて、それぞれにヨーグルトをよそってやる。早く作るために、今回は少量しか作っていなかったため、直ぐになくなってしまう。まあ、また作ればいいだろう。

「美味しいですね。毎日食べたいくらいです。お兄様?この料理はどうやって作るんですか?」

「ウ~ン。今から説明するのは厳しいし。そもそも、この世界じゃ俺しか作れないだろうからな。」

そう、ヨーグルトを作るには、あっちでの知識と、こっちのスキル。それも料理や知識応用スキルなど、あわせ持つには冒険者じゃないと、得られないスキル。そして、類まれなる幸運値があってこそ成功したと言える。とどのつまり、俺以外が作るには、あっちでガチってる人くらいじゃないとダメというわけだ。

「そうですか。残念です。」

途端に、しょんぼりした態度をするアイリス。

「え、ええっと。まあ、まだ大量に作れるわけじゃないから。いつか効率よく、たくさん作れるようになったら、販売でもしてみるから。なんなら、定期的にこっちに送るから。」

直ぐに行ったフォローにアイリスは少し、明るい表情になると、実に嬉しそうに言った。

「そうですか。楽しみにしていますね。」

ぐはっ。流石にアイリスのこれは堪える。思わず、王都に残ってヨーグルト農家になってしまうところだった。サキュバスサービスがなければ危ないところだった。

一人で勝手にダメージを受けている俺に、アイリスを除いた三人の冷えた視線が突き刺さるわけだが、やはり、サキュバスの力は偉大だった。どうにかそれに耐える。ただ、どうしてもその視線はなかなか心に来る。ぐっ。ここはどうにか話を変えなければ……

そこで都合よく、時計が10時を告げる。しめた!俺の幸運値のおかげか、それともどこかの幸運の女神のおかげか、どちらでも良いが、俺は深くその本物の女神に心の中で感謝すると、

「ほ、ほら。もうそろ時間だろ。早くいこうぜ。」

そう言うが早いか、俺は席を立つ。

露骨に話をそらした俺に、三人もその意図に気づいてはいたんだろうが、それでも、渋々といった様子で頷くと、俺の後を追ってきた。

さっき、ダクネスとも話したが、結構久しぶりな感じがする。俺はこれから第二の故郷とも言える街での予定を考えて胸を弾ませ……はしないが。まあ、そこそこ楽しみってことにしておこう。

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