第4話 逃走

 彼の足が止まった。


「あ…れは、りゅう…か…」


 アルチュールが上空を睨んだ後、そう言った。呼吸するのを忘れているよう見える。


「りゅう……竜!?」


 ――竜。


 彼が現役の頃戦い、仲間と片腕を失った相手だ。冒険者を引退した原因でもある。その恐ろしさについては何度も何度も語られた。


 会ったら絶対に逃げろ、とも。


「アルチュール、逃げよう!」


 彼はただ呆然とした顔で空を見つめている。


「なぁ、聞いてるのか!逃げようって」


 言ってるだろう!


「アルチュール!」


 なぁ……!


「どうしたのだ!」


 彼の身体が震えている。


「ハッ、嘘…だろ」


「――あいつは……あいつが、俺の仲間と片腕を奪った張本人だっ!間違えようがない、あの首に刻まれた古傷は、仲間がつけたものだ!」


 彼が叫んだ。


 その瞬間、竜がこちらを向いた気がした。どうやら、その通りだったらしい。竜はものすごい速度でこちらに飛んでくる。


 なんて大きさだ。さっきの足跡はこれのだったのではないだろうか。


 怖くて恐ろしくて足が動かず逃げれない。逃げようと思っても。


 先程の彼はこれを思い出していたのではないだろうか。


 この、底知れない恐怖を。仲間を失った時のことを。


「リ…リアム!お前は逃げろ、お前ならできる!」


「何言ってるんだ、アルチュール!出来るわけないだろう!一緒に逃げよう!」


「……ッ。いぃから、早く!」


「アルチュールは逃げ切れたんだろう、だったら――」


「いぃからいけ、ほら行くんだ!……大体もう俺は全盛期ほど早く走れない。逃げ切れる訳がない。お前だけなら」


「ッ――」


 彼が私の背を押した。


 私は全速力で走り出した。


 後ろを向かずに、向けずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る