彼女のこと

 彼女の名前は知らない。お互い、「あの」とか「ねえ」で呼び合っている。

 彼女とは書店で出会った。いつも学校帰りに書店に寄って帰る二人は、お互いの存在をそれとなく認知していて、文学の棚ですれ違い、ライト文芸の棚で相手の立ち読みの表紙をチラ見したりしていた。

 あるとき、二人が同じ本を手に取った。ちょうど2冊だけ棚に残っていた芥川賞作家の最新作。彼女が僕に声をかけた。よくいらっしゃいますよね。はい、そうです。

 彼女は僕より背が高くて、重たい黒髪の下からきついメイクの目が見下ろしていて、正直怖かった。どうやってこの人が自分を形作っているのか分からない、僕にとって未知の領域だった。まずメイクをするということの意味、他人と明らかに違う、目立つ外見を意識的に着こなすということの意味。彼女は趣味としてそういう形でいるんだろうか。それとも心のゆがみがそのまま外見に表れるように自然にそういう見た目をするのだろうか。メイク道具を揃えたり、髪型をオーダーするのもそうやって自然にできるんだろうか。


 そんな僕の戸惑いをよそに、彼女は僕に「本の趣味が合う人なんてほとんどいないから、せっかくだから友達になりたい」と直球に言って、本当にその通りの友達になった。先日の夕食の件はイレギュラーだった。彼女はいつもエキセントリックな思考で本の内容をぶったぎり、哲学を展開した。僕は時にそれに共鳴し、感化され、またちょっとした反感を感じて、でもそれらに蓋をしておとなしく彼女の話を聴いていた。そうする以外の方法を知らなかった。人と本気で何かを打ち明けあったことなどなかった。いつも、心の動きは僕の脳内で完結していた。

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