第2話 動き出す時間
あの運命の日から一ヶ月。
長かったオーディション生活の反動なのか、
いつも通り5時半には起きてしまう。
軽くランニングをしながら、
ぼんやりとした頭に冷たい風を当てる。
毎日、食欲もある。
期間中、ずっと会えていなかった
友人たちとの楽しい時間も心地よい。
好きな映画を見て、好きな絵を描いている時、多幸感も感じる。
だけど、僅かな心の隙間に、あの瞬間が蘇る。
『名前、呼ばれなかったな…』
そう、マキは選ばれなかった。
覚悟を決めて臨んだ最終審査。
次々と呼ばれていくメンバーを見ながら、
それでも決して俯かなかった。
名前が呼ばれる控え室にはカメラもある。
応援してくれるファンも画面越しに見ている。
『下を向くな、ちゃんと前を見るんだ』
そう頭の中で繰り返しながら、じっと待った。
だが、最後の一人の名前が呼ばれた時、
抑えていた感情が一気に溢れ出してしまった。
最後まで笑顔を絶やさない、
選ばれたメンバーを祝福したい、
その思っていた気持ちとは裏腹に。
最終審査前のインスタライブで
ファンのみんなと約束したはずの嬉し涙は、
マキの身体中の水分が流れ出すが如く、
絶望の涙へと変わって溢れだしていた。
『………。』
ふと気がつくと、ランニングをやめ、
駆けあがろうとしていた坂の途中で
立ち止まっていた。
汗ばんだ全身とは別に、
頬を冷たいモノがつたっていった。
あの日から、ぽっかりと空いていた胸の穴は、時間をかけて少しずつ埋まりつつあった。
それでも時折、こうしてあのシーンが
フラッシュバックを繰り返す。
応援してくれたファンにも
再会を誓いつつ、お別れもした。
『また会おうね、か……』
果たすことができなかった約束。
全力でやり切った、後悔などないはず。
だけど…
スマホを握っていた拳にグッと力を込める。
その刹那、スマホがブンっと震えた。
それは、マキのなかで一度止まったはずの
運命の針を動かす、一通のメールだった。
続
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