第3話 じゃんけんをしよう

事の発端は、大掃除の際に発見されたマイコン無線部の所持品であっただろう大量のフロッピーにあった。


どう処分しようかということで3人で協議した結果、一応この学校の過去の記録であり、もしかしたら貴重なデータが中にあるのではないかという期待感から、可能な限りデータを引き上げてフロッピー自体は処分してしまおうという話になった。


文芸部に備え付けであった骨董品のパソコンはWindows95時代のものであり、フロッピーを読み込むことができたのだが、不思議なことにUSBポートがあった。かなり無理矢理本体に取り付けたようで、横から見るとまるで電源以外のもう一本尻尾があるようになっている。


試しに鈴木の持ってきたフラッシュメモリを差し込んでみると古いものなら認証するようだ。鈴木の持ってきたものの容量は、なんと脅威の64メガバイト。


「なんでそんな化石のようなものを持っている」


「うちの父上のものでね、こんなときのために古くなったデバイスでもとっておくもんだよ」


こんなときというのは人生のうちでどれほど訪れるようなものなのだろう、と思ったが、真田志郎のような人間がいたからこそ空間磁力メッキによって宇宙戦艦ヤマトは守られたのだ。用意がいい人間はどんな世界でも役に立つ。


「しかし、データ量は微々たるものであろうが物理的にはすごい数あるぞ。1枚1枚見ていくのか」佐々木はげんなりした様に横目で段ボール箱いっぱいのフロッピーディスクを見た。


「どうせ我々は世間の若人たちが青春の日々に費やす時間をどぶに捨てておるのだ。余っている悠久の時を費やせばすぐに終わるさ」


私は好き好んで暇を持て余しているわけではないし、落伍者扱いを受けるのも甚だ遺憾である。しかし時間が腐るほどあって実際腐りかけなのは否定できない。


そして、文芸部の活動として毎日当番を決めて、放課後は誰かがデータの閲覧と分別をするということにした。


**********


作業を開始して一週間が経過した。


データはどれだけあっても1ファイルが500キロバイトを超えることがないので、移動用のフラッシュメモリの容量が満ちる様子もまるでなく、ただただフロッピーの中身を少し確認したらフラッシュメモリの中に放り込むという作業を延々と続けていた。


本日の当番は僕。他の二人は畳の上で将棋に興じている。


僕にとってこの仕事は単調でつまらない作業、というわけでもなく、意外なことに結構面白いものであった。


あるものはおそらく教員側の残した学校行事の報告書のようなものであり、またあるものは小説という体をなした実名の学生の告発文のようなものであった。良くも悪くも、学校の歴史だ。


中には、冒頭からフィリップ・K・ディックを想起させるような、なかなか重厚感のあるSFを書いた大作があり、テキストデータのくせにメガバイト超えをしたのはこれぐらいだった。


フロッピーの山も残り三分の一となってきた頃、僕が手に取った一枚のフロッピーは他と異なっていて、違和感があった。


他のフロッピーはラベルに所持者の氏名であったり中身の内容が手書きで記載されていた。しかし、このフロッピーは何も書いていない。

裏返したりしながらまじまじと見てみると、ラベルの脇の黒い本体に黒いインクで何かが書いてある。


文字はかすれていたが「レイコ」と書いてあることがわかった。


所持者の名前ならラベルに書けばいいものだが、少々の疑問を感じながらも僕はフロッピーをパソコンに差し込んだ。

古いパソコン特有のガリガリ音が普段よりも長い時間鳴り続けていたが、一分強で読み込みが完了したようである。


中身のデータを確認すると、明らかに今までのものと異なっていた。

入っているのはテキストデータではなく、数個の謎のファイルと、「reiko.exe」のデータ。


あまりにも謎なので、私は鈴木に聞いてみることにした。


「どう思う、鈴木氏」


「プログラムファイルであるが、初めて見るな」


「開いてみるか」


「このパソコンはネットに繋がっていないから大丈夫であるが、念の為フラッシュメモリは抜いておこう」


鈴木がフラッシュメモリを抜き取り、私を見て頷いたことを合図にデータを開いた。


しばらくパソコンがガリガリ言った後、画面が真っ暗になった。

「む、ウイルスか」私はやってしまったなという気持ちで言った。


「いや、まて結城氏」鈴木がそう言った瞬間、画面が明るくなった。


表示されたのはドットの荒い女性のイラストと「レイコとじゃんけん」のタイトルと思わしき文字。そして画面中央には「始める」のボタンと「さようなら」のボタン。




しばらくの沈黙。部屋の外の野球部の練習の掛け声が薄っすらと聞こえてくる。


「すず―」私が言おうとするのを制し、鈴木はゆっくりと「始める」のボタンをクリックした。


画面に表示されたのは、レイコなる女性のイラストがあった。荒いドットのイラストであったが、レイコはいかにもバブル期の女性のようなスーツを着ており、茶色のソバージュ、唇の紅さがブラウン管の画面でテラテラと映っていた。


レイコを背景として、「グー」、「チョキ」、「パー」の3つの選択肢が表示されている。選択肢以外のものもないことから、どうやらじゃんけんをするだけのゲームのようだ。


少し拍子抜けな気分であったが、まだなにかあることを期待していたこともあり、適当にグーを選んでクリックみる。


すると、レイコはチョキを出したようだった。我々の勝ちだ。

すると、背景のイラストが変わり、今までスーツを着ていたレイコのジャケットがイラストから無くなった。


「ややや!見給え鈴木氏!!」私は驚きのあまり振り返って叫んだ。


「こ、これは!?」鈴木氏も大層驚いたようで、今まで聞いたことのないような大きな声を出した。


「これは世にいう脱衣ゲームなりや!?」今まで参加していなかった佐々木が、いつの間にか背後に立ち大声を上げた。


あまりも公序良俗に抵触するような内容であるため、それを声に出した佐々木を鈴木と揃って飛びかかって口を塞ごうとした。相手の身長は圧倒的に高かったものの、背中を曲げてブラウン管に穴が空きそうなほどの眼光で凝視していたこともあり容易に制止することができた。


「なんということだ、光風霽月こうふうせいげつ、純潔清浄たる本校の先輩諸氏にこのような不埒なゲームを持ち込むような人物がおったとは」


「いや、この時代にこのようなゲームが容易に手に入るものとはにわかに信じがたい。はたや、マイコン無線部というのは世を忍ぶ仮の姿、闇の生業なりわいとしてこのようなゲームが開発されていたのやも知れぬ」


「我々はおぼえずこの学校の悪しき恥部をつまびらかにしてしまったというのか」


私たち三人は興奮して色々言い合ったが、このゲームが果たして本当に公序良俗に反するものなのか、これを発掘し罪を知ってしまった我々は加担してしまったことになるのか、これを職員室に報告するや否やということを討論した。


最終的な結論として、もう少しプレイしてみることとした。


この判断は、決してやましい気持ちではなく、我々の対峙するレイコなる面妖な存在について正確に知ることで、今後の対応の適正化を図るものである。決してやましい気持ちではない。




しかしこのレイコとやら、予想に反して恐ろしくじゃんけんに強い。


最初はジャケット、次に中から現れた謎のベスト、更にワイシャツ、その中になぜかTシャツと、どう考えてもそのシルエットから想像できないような重装備であり、なかなか牙城を崩すことができない。さながら徳川の軍勢を二度も跳ね返した上田城の如くの堅牢ぶりである。


我々の三人の軍勢が突破を試みた回数は二回どころか二時間以上の超長期戦であった。

なぜそこまでの情熱を燃やすことができたのかといえば、レイコが一度だけブラジャーの先にある天守閣への道を許したことによる。


ブラジャーの突破に成功した智将は、我らが脳内万年桃色吐息将軍の佐々木だった。産まれてから母を除き初めて拝む乳房である。その興奮は眼球が飛び出しかねないほど飛び出した目から伺えた。


しかし、その健闘も虚しく、最後にパンティ一枚を残したレイコに敗退しやり直しとなった。


ここまできたらレイコとの全面戦争である。


将軍は結城の次は佐々木、次は鈴木、次は佐々木と交代で攻め込むこととし、佐々木は挑戦回数の半分を担うこととなった。

曇りなき眼はブラウン管を揺るがぬ視線で睨みつけていた。


鈴木結城両名は早々に気力を失っていたのだが、佐々木のおっぱいとその先に待ち受けるパンティの奥への情熱があまりにも強烈なものであったこともあり、佐々木の飽くなき挑戦を、途中から背後からの応援に徹した。




あまりにも我々の心理を見抜いたかのごとくブラジャーから先への侵入を拒むレイコに、鈴木は一度ゲームのプログラムのソースを丸裸にして、本当にじゃんけんが乱数なのか、はたまたこれが操作された罠ではないのか明らかにしたほうがいいと提案したことがあった。


それに佐々木は激昂した。


「これは戦なり。レイコ、ひいてはプログラマ他このゲームに携わった者たちへの挑戦である。過去の先輩諸氏はそのようなことをせず、直接向き合いレイコに挑み散ってきたはずである。それを反故にすることは許されぬ愚行なり」


この気迫に胸を打たれた我々は、新たに結束を高めレイコに挑むこととなった。


**********


時刻は19時、開始から4時間が経過し、職員室の明かりも消えようとしている時間であった。


我々は憔悴していた。


レイコはあまりにも強すぎる。


ブラジャーの鉄壁を突破したのは一度きり。そこから先は何度やってもブラジャー止まりである。


我々の最終目標は、最後に残された最終防衛ラインであるパンティのその先の楽園エデンである。果たしてこの遥かなバブ・エル・マンデブ海峡を超えた先に本当に楽園エデンは存在するのだろうか。


時間的に、これが最後の挑戦である。虚ろな目をしてじゃんけんに臨む私の目は眼前のレイコに向けられておらず、ただ虚空を眺めていた。


しかし、楽園への立ち入りを拒む主は、最後のチャンスを与え給うた。


レイコは胸部装甲をパージし、今左腕で隠している状態にある。最後に身を守るのは股の谷間にそびえるモルドールの黒門のみだ。


その姿は、疲弊した我々にの体内に熱い血液を流し込んだようだった。鈴木は狂喜乱舞し、佐々木は血液を注がれすぎたのか鼻血を出していた。


そして、我々の最後の作戦会議。


楽園への解。


敵の最後の一手は何であるか。




我々は顔を見合わせたが、最後は智将佐々木に委ねることとした。

真にこの戦いに情熱を燃やしていたのは彼である。ここまでの挑戦は彼の情熱なくして達成できたものではなかった。


私は佐々木と席を替わり、固唾を飲んで最後の選択肢を見届けることにした。


震える手


滴る鼻血


無理もない、4時間の戦いの全てがかかっているのだ


深呼吸


佐々木の震えが止まった


マウスを持つ手が、指2本をかけ薬指と小指を畳む形になった。


チョキだ。


そして、レイコの手は




パー。




我々は雄叫びを上げた。

3人で抱き合って半泣きで讃えあった。いや、実際に泣いていたかもしれない。

ハイタッチを何度したかもわからない。ただ歓喜の歌に酔いしれていた。


そして、我に帰った3人はパソコンの画面へと急いで振り返る。

レイコの姿は。




画面中央に「ナイショ♡」の文字




ハァァァァァァァァァァァァァァア!?!?


我々は考えうる中で最も強い言葉で非難した。

どれほどの剣幕だったかというと、職員室から先生方が大喧嘩をしているのかと心配して仲裁に来たくらいである。


しかし、実際にその時の我々はというと、ただ爆笑していた。


**********


次の日、朝に部室に行ってレイコのフロッピーを回収しようとすると、パソコンの中にはフロッピーは入っていなかった。

おかしいなと思い周辺を探すも、フロッピーの処理済みの山も未処理の山も探しても見つからない。


あれは夢だったんだろうか。


レイコは我々に夢を見させてくれた妖精だったのだろうか。


はたまた、今は『教員の誰かの引き出しの中で眠っている』のだろうか。


今となってはどうでもいい。

あのときの声を上げて喜びあった私たちの通じ合った心というのは、夢ではなく確かに存在したのだから。


おっぱいよりもアソコよりも、もっと大事なものを私たちに教えてくれたんだね。


ありがとう、レイコ


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