第2話 大掃除をしよう

桃園の誓いから一週間後、我々文芸部員は―

山のようなゴミとホコリにまみれていた。


「なんでこんな目に」私は虚ろな目で呟いた。


**********


5月も初頭の火曜日、私と佐々木は文芸部の顧問である吉岡先生のもとに入部届を提出しに行った。吉岡先生は担当科目が国語、特に古文であることから顧問を務めているようだった。


ある日、そんな吉岡先生からの「放課後に生徒会室に行くように」という伝言を担任から授かったこともあり、私は今生徒会室の前に立っている。


担任に教えてもらった場所に着いてみると、生徒会室の看板はあるものの明かりも点いていなければ扉も開いていない。


私は何かと早め早めの行動を心がけているのだが、往々にして待ち合わせをすると一番乗りとなるので、本当にここが待ち合わせ場所であっているのか毎度不安になるという、のみの心臓にフルマラソンを続けさせることになるのである。


そんな考えにふけっていると、背後から声をかけられた。


「あの、文芸部の方ですか?」


聞き覚えのない可愛らしい声に振り返ると、声に似合った可愛らしい女子がおずおずと立っていた。


私より頭一つ小さいような小柄ながらも、後ろにまとめた長い髪は腰まで伸びているようであった。かけている細いレンズの眼鏡には不釣り合いに大きい目は不安げに私を見上げており、庇護欲を駆り立てさせるようであった。


まさか私にも桃色の春がこんなにも早く到来したのだろうか。桃色ハイスクールライフへの切符というのは酷い倍率の抽選制であり、予約注文をしても当選するのはあまりにも低倍率であるとされている。切符の販売はおそらく教育委員会が運営している団体に違いない。どうせ天下り先となっているのだからなにかしら違法性阻却の抜け穴があるのだろうが、学生から巻き上げた学費を使った賭博などなんと阿漕あこぎな商売であろうか。許されざる行為であることからいつか訴えてやろうかと思っていたのだが、いざ当選してみるとそんな義憤など一切吹っ飛んでしまう。恐るべし桃色スクールライフチケット。


「違い…ますか…?」


私がそんなことを千思万考せんしばんこうするほど舐め回すように眺めているのを不審がった女子は不安から疑念で私を見るような目に変わった。


「いえ、文芸部であってますよ。どうしましたか」我に返った私は一瞬にしてスイッチを切り替え、努めて爽やか好青年然として答えた。


後から聞いた話だが、背後には遅れて到着した佐々木が居たらしく、曰く私の表情はにかわように粘着性を孕んだ笑みであったらしい。


何にせよ、女子の表情は明るくなった。

「そうなんですね!よかった。わたし、2年生の生徒会委員の津村です。鈴木くんから話は聞いていますよ、頼りになる方々だって!」


なんと、先輩であったか。鈴木経由の話であったということは桃色話ではないのか。落胆はしたものの、頼りにされるのは悪い気分ではない。というか、鈴木は生徒会関係者でもあったのか。


「おぅい、両氏既にご到着であったか」


腕に杖をかけた姿で登場した鈴木はさながら『ヴェニスの子供自動車競走』のチャールズ・チャップリンであった。普段教室でその杖はどうしてるんだ。


「本日は初めての文芸部としての活動なり」と、鈴木部長。


「して、その活動とはなんなりや」


「まぁ着いてきたまえ」鈴木は意地悪くニヤリと笑った。


**********


本校の校舎は正方形のようで、所々が出っ張っている。それは主に階段があることに起因するのだが、その出っ張りの角を埋めるようにして小さな部屋があるようで、そこは主に文化系部活の部室があるらしい。


我々がいるのは、入学当初に聞かされる学校七不思議の一つであるとされている開かずの部室とされている部屋の扉の中である。その扉の奥には、白骨化した生徒の遺体が隠されているとかいないとか。


実際のところ、この部屋というのは、何度も小規模な部室が産まれては消えてを繰り返して、居住者が移ろっていくうちに無人になって倉庫と化した部屋であった。現在、数年ほど無人の状態が続いていたそうだが、かねてより漫画研究部が部室の開設の陳情を続けていたことに生徒会が根負けしたらしく、晴れて新たに漫画研究部の部室になることが決定したらしい。


入学一ヶ月目にして既に七不思議が六不思議となってしまったので、我々の失われた浪漫を1つ分返してほしいものである。


我々文芸部員がなぜここに招集されたかと言うと、漫画研究部員は十数名全員が女子であり、特にホコリ・ハウスダストアレルギーを持つものがいるということから清掃担当をどこかに頼めないかと生徒会が思案していたそうだ。そこで、新たに生徒会に所属した鈴木が名乗りを上げ、我々が清掃員として駆り出されたわけである。


要するに、鈴木の点数稼ぎのために我々は利用されているのだ。

憤慨する私と佐々木であったが、鈴木の点数稼ぎはいては我々文芸部へのベネフィットでるという説得と、漫画研究部女子一同の満面の笑顔に文句を言うことも出来なくなり、渋々と引き受けることとなった次第である。


**********


掃除から1時間が経過した頃、一度開封し、分別し、新たに仕分けた段ボールを運び出すことを繰り返すこと10回。


「なんでこんな目に」わたしは虚ろな目で呟いた。


「そう腐るな、結城氏。宝探しと思えば楽しいもんだろう」鈴木は明るく言った。


宝探しなんて大凡おおよそ9割は事前調査と資金集めで9分は穴掘り、成果など1厘未満ではないか。前にテレビのドキュメンタリー番組でやっていたぞ。


事実、苦労の割に出てくるものといえば大量のゴルフボールや数年分の時刻表などであった。多少面白かったものといえば、最寄り駅の旧駅舎の看板と踏切警報機の一部であった。これは何ゴミだろうか、そもそもゴミだろうか、ということを協議した結果、漫画研究部の新たなインテリアにしてもらうこととした。


掃除をしているとわかってきたことだが、どうやら時代の変遷が地層として現れてきているようで、最初はゴルフ部、次に鉄道研究部、映画研究部、マイコン無線部とどんどん奥の地層へと進んでいるようであった。


我々を沸き立たせたのは、最下層にあったマイコン無線部の骨董品であった。8インチのバカでかいフロッピーはテトリスのものであったり、見たこともないゲームソフトが色々出てきた。


「見給え結城氏、初代iMacが3台も出てきたぞ」一番楽しそうだったのは鈴木だった。


「そんなクリアカラーのおにぎりが何の役に立つのだ、鈴木氏」


「意外かも知れんが、ネットオークションでは物によっては3,000円の値がつくものもあるのだぞ。使用不可のものもインテリアにされることがあるからジャンク品でも価値があるんだ」


鈴木氏は結構デジタルなところに幅広く明るいらしい。


鈴木一、西高校一年生。文芸部部長。

住まいは最寄り駅から3駅離れた隣町から通学している。中学時代も文芸部と生徒会を兼務していたらしく、成績は首席であった優等生。兼務していた割にはコミュニケーション能力にやや難があり、行動もところどころ珍妙な部分がある。

書が好きというよりは創作することが好きらしく、それも特殊な家庭の教育方針にあったらしい。

鈴木の両親は教員で、父親が技術科の教員であった影響からかDIYの精神が宿っており、欲しいものは「自分で作る」という思想を持っている。親は欲しいものがあれば参考書や生み出すためのツールを与えるが、創造性は本人に任せるという教育方針だったらしい。

ゲームが欲しいと言われればPythonを与えられ、ブロック崩しに飽きたならRPGツクールを与えられ、ストーリーが思いつかなかったらワープロを与えられた、と、そんな流れで文芸部にいるらしい。理解に苦しむが、(そこまで)歪んで育っては居ないあたり教育としては間違っていないのかも知れない。

創作活動のために能動的に知識を仕入れる思考にあるせいか、古い文献や教養に異常なまでに明るいことがあれば、最近のことに疎いという異世界転生者のようなところがある。漫画も多少のものは知っているが、流行りのものやネット小説は

「新品のはずなのに数十年使ったかのような座布団」と評していた。


「諸君らは俺を酷使し過ぎではないか」部屋の外から戻った佐々木氏は息を上げながら言った。なにせ、10回の箱の運搬はほとんど佐々木に任せていたからだ。


「貴君の体躯を活かす格好の機会ではないか。カビの生えた獄中生活では筋力も衰えると花輪和一氏の漫画にもあったぞ」


「おのれ下郎ども…」佐々木氏はかこちながら作業に戻った。


佐々木正太郎、西高校一年生。文芸部部員。

住まいは私の家から近いと言いながらも距離としては徒歩で10分以上は離れている。自転車で通学すれば良いではないかと言ったことがあるが、「既に盗まれた」そうだ。基本的に不幸体質である。

入学当初から身投げをしようとしていたらしいが、未遂だけだったら小中学時代に幾度となく繰り返してきたらしい。

どうやら話を聞いている限りでは、三島由紀夫にかなり影響を受けているらしく、佐々木の投身に関しては、ただの悲観と言うよりも力強さの果てのドラマチックさが本人にあるようだ。曰く、小学生の頃に『金閣寺』を読み傾倒して、鞄の中に常に『太陽と鉄』が入っているらしい。

それだけを聞くといかにも危険人物なわけだが、チグハグなところは彼のミジンコのように小さな心臓にある。思春期の若者らしい内向性と面映おもはゆさによって何もかもに於いて空回りしているようである。

そのくせ、肉体だけは三島由紀夫であり、身長180cm超えの筋肉モリモリマッチョマンの文学少年は運動部からのラブコールがひっきりなしにやってくる。断るのには彼なりの信念があるようだが、今までの感じからどう聞いてもコミュニケーション能力に難があるとしか思えない。

こと桃色ハイスクールライフへの情熱は誰よりも強く、通年発情期でズボンの中を情熱と夢で膨らませている男である。どうせどこかの運動部のマネージャーに色仕掛けを食らったら五体投地で入部届に判を押すであろう。

文学的なところについては、意外にもロマンチストで、詩を好むようで宮沢賢治か中原中也あたりかいと聞いてみたら、最果タヒや暁方ミセイなどについて熱く語っていた。しかし、ヘミングウェイのようなマッチョさも好きだとか言っていたので、いよいよ訳がわからんやつである。


**********


掃除を完遂した頃には、夕日はもう沈みかけていた。


部屋の中の不要物は一掃し、フリマに出せそうなものと完全にゴミにするものと分別して中身は空っぽになった。フリマに関しては近々PTAが開催するようで、生徒会の方に処分を取次いであったらしい。


「よくやったな、ブラザー・ナンバーワン」私は鈴木に言った。


「そういうのはな、冗談でも使うもんじゃないぞ」と鈴木は眉をしかめた。


「じゃあキルゴア大佐だな」


「そっちのほうが良いよ」


「して、この残った箱はどうするんだ」佐々木は言った。


漫画研究部室の中央には机をまとめておいて、作業台とするようにしてある。その上に2つ中くらいの大きさの段ボール箱が残されていた。


「これは僕が引き取るよ。一旦文芸部室に搬入する」鈴木は上機嫌そうだ。


「じゃあ、あの畳は」佐々木は親指で部屋の外を指した。

部屋の外には、廊下の壁に古びた畳が1枚立てかけてあった。


「あれも文芸部室に持っていく。我々の戦利品だ」鈴木は言った。


しばらく文芸部室で過ごしたが、どうにもパイプ椅子だけでは辛いものがあったところなので、畳の存在はありがたい。なんせ、床は座るにはあまりにも冷たすぎた。


「さ、もう校舎が閉まる時間も近い。ここの鍵を返してさっさと帰ろう。おっと、この荷物類を文芸部室に持っていくのが最後の仕事であったな」鈴木は段ボールを持ち上げて言った。油断していたので、小さめの方を持っていかれた。


私と佐々木は瞬時に状況を察し、残った箱に全速力で飛びついた。しかし、巨漢には敵わず、いとも簡単に引き剥がされた私は、重たい畳を引きずりながら階を下った文芸部室へ出来るだけ足早に向かった。


**********


後日知ったことだが、フリマは盛況だったらしく売りに出したものはすべてけたらしい。特に鉄道研究会の品は早かったそうだ。

で、文芸部室に持って返った箱もいつの間にか無くなっていたので鈴木に聞いたら、


「そうそう、これはこの間のバイト代だ」と言って私と佐々木のふたりに5,000円渡してきた。我々は目玉が飛び出そうになった。


なにか言おうと思ったが、あまり詮索するとまずいことになりそうで、しばらく鯉のようにパクパクしたあと、すべて飲み込んで5,000円札を懐にれた。


更にその日の放課後に散開した帰り道、ふと、「あんだけ箱があったんだから鈴木はもっと儲けたのではないか」ということが脳裏に浮かび上がり、怒りより恐怖心が勝って、走って帰った。



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