カルピスとネモフィラ

ナナシリア

カルピスとネモフィラ

「おはよう」


 ただ挨拶をされるだけで、嬉しくて胸が苦しくなる。


「おはよう」


 友達として話す以上に特になにかをすることはない。


 というより、こんな経験は人生で初めてで、一体どうすれば「それ以上」に到達できるのかわからない。


 なんとかしてもう少し近づきたいと思って考えても、なにかしら問題があって却下してしまう。


 いろいろと考え結果、ストレートに誘うのが最善という結論に達する。


「春川さん、今日の放課後時間ある? 二人で話したいことがあるんだけど」


「……! うん、わかった」


 彼女は最初驚いて、すぐにうなずいた。




「で、なんだっけ、冬崎くん」


「なんていうか、恋愛相談?」


 彼女は目を見開く。


「え、冬崎くん好きな人いるってこと?」


 その面持ちがどこか不安げに見えたのは、僕の願望だろうか。


「まあ、その、うん」


 はっきりと答えるのは恥ずかしくて、はぐらかすように肯定する。


「そっか、冬崎くん、好きな人いるんだ……」


 言いながら彼女は下を向く。


「もう、好きな人ができたら言ってほしかったなあ……」


「ごめん」


 春川さんのことが好きになりました、とは口が裂けても言えない。


「言ってくれなかったから、そこの自販機で飲み物奢って!」


「わかった」


 春川さんが言うんだから僕が悪いんだろうと思い、席を立って自販機へ……


「いや待って、冗談冗談。ごめんね」


「あ、そうなんだ」


 彼女に制止されて僕は席に座る。


「冬崎くん、言いづらいけど……優しいし、詐欺とかに遭いそうな性格だね」


「いや、僕が自販機行こうとしたのは、春川さんだからだし」


「……むう。わたしにそんなこと言ったら、好きな人に嫌われちゃうかもよ」


 好きな人って春川さんなんだけどな、と言ってしまいそうになる。


「ところで冬崎くんは誰のことが好きなの?」


 ド直球な質問に、正直に答えることを本気で検討する。


 ここまで僕のことを気にしてくれて、好きなんじゃないかとすら思っている。


 でも社交辞令である可能性がまだ捨てきれなくて、様子見する。


「ごめん、まだ言えない」


「……そっか、わたしじゃ、駄目なんだね」


「そういうことじゃないよ。ただ、今言うのは不都合があるから。時が来たら言う」


 彼女はそれでもどうしても悲しげな表情だった。


「……うん、めんどくさいこと言ってごめん」


「どうしても知りたいなら」


 悲しそうな彼女を放っておけなくて、僕は決断した。


「知りたい。冬崎くんは、誰が好きなの?」


 教室が静まり返る。


 野球部かなにかだろうか、遠い部活の喧騒が響き渡る。


「春川花恋さん」


 彼女は硬直する。


 部活は休憩に入ったのか、ほとんどなにも聞こえない。


「——えっと、わたしがどうかした?」


 静寂の末、彼女は文脈を読み違えた。


「僕の好きな人」


 目が、光っている。夏の満天の星空のように。


 甘い匂いがした。

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カルピスとネモフィラ ナナシリア @nanasi20090127

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