第5話 音節の謎

 私は司会の姉ちゃんの顔を見ながら、ゆっくりと話し出した。


 「音節というのは・・言語における音の単位でして・・『ひとまとまりの音として意識され、単語の構成要素となるもの』のことです。いろんな定義があるのですが、分かりやすく言うと、日本語の場合、子音と母音の組合せや、母音だけからなる音のことを言います」


 司会の姉ちゃんが首をひねる。


 「子音と母音の組合せ・・ですかぁ?」


 「例えばですね、『山』という名詞は、『やま』、つまり『やま(ya・ma)』というように・・子音と母音が組み合わさった『や(ya)』と『ま(ma)』からできているわけです。この『や(ya)』とか『ま(ma)』が、それぞれ、音節と呼ばれるものなんです。ですから、『山』という言葉は、『や(ya)』と『ま(ma)』という、二つの音節から構成されている名詞というわけです」


 「なるほど。では、永痴魔先生。母音だけの音節とは?」


 「例えば、『蛙』は『かえる(ka・e・ru)』と3音節なんですが・・真ん中の『え(e)』は母音だけで1音節を構成しています。あと、母音ではありませんが・・『パンツ(pa・n・tu)』の『ん(n)』も1音節ですね」


 「それが音節なんですね。で、『五・七・五に読者は何故引き付けられるのか』・・という謎に、その音節が関わっているのですか?」


 「そうなんです!」


 すると、ADの姉ちゃんが、収録室の中に入ってきた。手にスマホとメモを持っている。それらを司会の姉ちゃんに手渡した。


 司会の姉ちゃんがメモを見ると、私の顔を見た。


 「あっ、ここで、リスナーの方からのお電話が入りました。・・で、リスナーの方が直接スマホを使って、永痴魔先生にお話を聞きたいということでして・・永痴魔先生、よろしいでしょうか?」


 私は大きく頷いた。


 「ええ、結構ですよ」


 司会の姉ちゃんがスマホを私の眼の前に差し出す。スマホから大きな、弾んだ嬌声が流れ出た。


 「わ~、うれしい。私、星都ハナスというものですが・・永痴魔先生とお話しできて感激です!」


 「私、楠瀬スミレと言います。広島カープは、今日、勝ってるのかしら? 私は、もち、真っ赤なカープ・スキャンティを履いてるよ」


 「うち、この美のこでぇすぅ。うちもスミレちゃんと同じ広島じゃけん。広島と言えば・・郵便番号731-0501、広島県安芸高田市吉田町吉田477番地の清神社すがじんじゃじゃ。で、神社周辺で、毛利元就公ゆかりの史跡を見学した後は、お好み焼きじゃ。お好み焼きと言えば、『お好み焼き88ハチヤ』じゃけん。ハチヤ焼きは、エビとイカがたくさん入っとるんよ」


 私は驚いた。


 「えっ・・カクヨムキャンディーズのお姉さま方ですかぁ? 皆さん、26才の?」


 「そうです。私たち、26才でぇす」


 「ぎゃはははは」


 「ブー」


 すると、司会の姉ちゃんが会話に割って入った。


 「司会のお姉さんです。カクヨムキャンディーズのみなさぁん。ラジオの全国放送なので・・どなたの発言か分かるように、会話の前にお名前を言ってくださいね~」


 「は~い。ハナスです。今日はカクヨムキャンディーズの定例会なんですぅ。それで、私たち3人と、カクヨムキャンディーズのお抱え絵師の、ともはっと師匠も・・あと、カクヨムフレンズの皆さんも集まっていただいているんですよ」


 「はちにんこ。ワテが、ともはっとだす」


 「スミレです。それよりさぁ、永痴魔先生。その音節が、俳句の五・七・五にどう関係すんのサ? ああ、カープ・スキャンティが尻に食い込むわ」


 「のこでぇす。スミレちゃん、『尻』なんて、お下品ですよ。もっと、丁寧に『ケツ』とか『ドンケツ』って言いましょうね」


 私は咳ばらいをした。


 「おほん。・・え~、音節と五・七・五の関係の前に・・一つ、皆さんにお伺いしましょう。言葉は何のためにあるのでしょうか?」


 「スミレだよ。そりゃ、カープを応援するためじゃん。いてて・・ケツに食い込むわ」


 「ハナスです。言葉って、意思疎通のためにあるんじゃないんですか?」


 「永痴魔です。ハナスさん、そのとおりです。・・これ、重要なんですよ。このために、言葉は短い方がいいわけです。同じ単語数ならば、一語一語が短い方が多くの情報を相手に伝えられるわけです」


 「のこでぇすぅ。一語一語・・いちごのパフェなら、郵便番号731-0523、広島県安芸高田市吉田町山手1733-1の『珈琲たまちゃん農園』が一番でぇすぅ。店内の大きな壁面ガラス越しに、カフェを囲む果樹園を眺めることができ、開放的な景色とともに食事や珈琲を楽しめまぁす」


 「コホン・・永痴魔です。で、一番短い言葉は、1音節ですよね。例えば、のこさんがよくこいている『屁(he)』は1音節です。・・でも、1音節の言葉には、数に限りがあって・・とても、全ての単語、特にすべての名詞を1音節で表現できないわけです」


 「スミレです。そりゃそうよね。『ケツ(ke・tu)』という2音節の名詞が、1音節の『ケ(ke)』だけだったら・・『カープ・スキャンティがケツに食い込む』という素敵な表現が、『カープ・スキャンティがケに食い込む』になっちゃうもんね」


 「永痴魔です。そこなんです」


 「のこでぇす。えっ、どこ? どこ?」


 「ハナスです。のこちゃん、そのギャグ、止めなさいって言ってるでしょ」


 「永痴魔です。そのため、日本語は必然的に2音節の名詞が多いんです。例えば、『山(ya・ma)』とか、スミレさんのお好きな『ケツ(ke・tu)』のようにね。さらに、日本語では、この2音節の名詞同士を組合わせて、新たな名詞を作るんです」


 「司会のお姉さんです。えっ、永痴魔先生。どういうことですか?」


 「永痴魔です。例えば、2音節の『山(ya・ma)』と『道(mi・ti)』を組合わせて・・『山道(ya・ma・mi・ti)』という4音節の名詞ができるんです。こういうように・・日本語では、2音節、4音節といった偶数音節の名詞が多いんです」


 「ともはっとです。なるほど」


 「おちゃまです。でも、永痴魔先生。日本語には、3音節の名詞もありますよね。例えば、先ほどの『蛙(ka・e・ru)』とか・・」


 「あっ、お葉書をいただいた、おちゃまさんですね?」


 「そうなんです。私、カクヨムキャンディーズの皆さんとは、カクヨムフレンズの間柄なんですよ」


 「おちゃまさんの言われるように・・3音節の名詞もたくさんありますが・・2音節の名詞はもっと多いんですよ。これは、諸説ありますが、さっき言いましたように、3音節よりも2音節の方が短くて、情報伝達が容易だからと考えられているんです」


 「ちょっと、よろしいですか? 『結音(Yuine)』です」


 「あっ、お葉書をいただいた『結音(Yuine)』さんですね」


 「そうです。で、永痴魔先生。私は、俳句の文字数の数え方を葉書で質問しましたが・・・要するに、音節というのは、俳句の文字数を考えるときに、1文字と数えるものと考えていいんですか?」


 「はい、『結音(Yuine)』さん。そうお考えになって結構です」


 「実は、私、『女心(おんなごころ)と十七音【俳句・一句部門】』という傑作句集をカクヨムにアップしていますが・・その中に『いつまでも アマリリスでは いられない』という読者に大人気の句があります。この中の『アマリリス』は名詞でも固有名詞で、5音節になります。永痴魔先生の言われることは、固有名詞でも当てはまるんですかぁ?」


 「永痴魔です。う~ん、難しい質問ですね。実は、固有名詞は、『山』、『道』といった一般名詞と成立過程が違うんですよ。例えば、今の『アマリリス』の語源は、古代ギリシャの詩人・テオクリトスの詩に登場する、美しい羊飼いの娘の『アマリリス(Amaryllis)』という名前なんです。こういった名前は、先ほど言いました、『短いほど情報伝達に便利なので、2音節の言葉が多くなる』という原理は適用されないのです。このため、『結音(Yuine)』さんのご質問の固有名詞は、この原理の適用外だと考えてください」


 「ええっ、『アマリリス』って、私のように、それはそれは美しい娘の名前だったんですか! で、固有名詞は特別なんですね。はい。よく分かりました。あっ、発言は『結音(Yuine)』でした」


 「永痴魔です。では、先に進みましょう。・・あくまで原則として、日本語では、2音節の名詞が多いということはお判りいただけたと思います。で、ここからが重要なんですが・・日本語では、1音節の助詞を名詞にくっつけて、文章を構成します。1音節の助詞とは・・例えば、『は(wa)』、『に(ni)』、『へ(e)』などですね。・・これを、名詞にくっつけて・・『山道(ya・ma・mi・ti )+は(wa)』とか、先ほど、スミレさんが言われた『ケツに食い込む』の『ケツ(ke・tu)+に(ni)』となるわけです」


 「ともはっとです。そ、そんな・・・・・」


 「永痴魔です。・・そうなると、一つの文章の区切り・・これを、文節と言いますが・・この文節は、必然的に、『偶数音節の名詞+1音節の助詞』が多くなって・・つまり、奇数の音節で、文節が構成されることが多くなるのです」


 「ともはっとです。そ、そんな・・・・・」


 「永痴魔です。・・このため、日本語では、このように、奇数音節の文節が多いために・・五・七・五といった奇数音節のリズムが長い歴史の中で出来上がっているのです。従って、奇数音節のリズムが心地よく聞こえるというわけなんです。心地よくというのは、流れるように聞こえるということなんですね」


 「永痴魔先生。私、蜂蜜ひみつと言います。はちにんこ」


 「永痴魔です。・・はい、ひみつさん。はちにんこ」


 「私はカクヨムに、『【毎日更新】てんとれないうらない』という大人気シリーズを毎日アップしているのですが・・」


 「永痴魔です。・・はい、よく存じ上げていますよ」


 「ひみつです。私も知らないうちに『【毎日更新】てんとれないうらない』で、奇数音節の文節を使っているんでしょうか?」


 「永痴魔です。・・はい。使っていらっしゃいますよ。例えば・・第256話は『これは ギャラクシー セーター だから』ですが・・これの文節の字数、つまり音節数は・・


これは: こ・れ・は 3文字(3音節)

ギャラクシー:ギャ・ラ・ク・シ・ー 5文字(5音節)

セーターだから:セ・ー・タ・ー・だ・か・ら 7文字(7音節) 


となって奇数になるのです」


 「のこでぇすぅ。ビックらし、屁をぶちかます、のこ姉ちゃん(ブー)」


 「ハナスです。のこちゃん、屁をこくのはやめなさいって言ってるでしょ」


 「スミレです。のこちゃん、や~ね。のこちゃんの屁の音が全国に放送されたよ。・・いてて・・カープ・スキャンティがケツに食い込むわ」


 「永痴魔です。・・屁やケツの話は置いておきましょう。・・でも、蜂蜜ひみつさんは、『【毎日更新】てんとれないうらない』の中で、偶数の文節も使っていらっしゃいますよ。例えば・・・


 第312話は、『おまいさん へどもど お言いでないよ』です。


 この『へどもど』は、4音節の文節になっています。これは、『へどもど』となるところを、助詞の『と』を省略しているんですね。先ほど言いましたように、奇数音節の文節は、リズムが良くて流れるように聞こえるんですが・・このような、偶数音節の文節は、リズムが悪くなって・・流れを止める効果があります」


 「ひみつです。流れを止める?」


 「永痴魔です。そうなんです。奇数音節の流れるように聞こえるリズムとは逆に・・文の流れをいったん止めるんです。でも、このことで、相手に考えさせたり、余韻を与えたりすることができるのです。蜂蜜ひみつさんは、奇数の音節と、偶数の音節をうまく使い分けていらっしゃるんですよ」


 「のこでぇすぅ。ひみつちゃん、スゴイ!」


 「ひみつです。いえいえ、のこちゃん、私がスゴイだなんて。そんな、ホントのことを全国放送のラジオで言っちゃって・・イヤだわ。おほほほほ」


 「小烏つむぎです。永痴魔先生。先ほど言われた・・奇数音節は、リズムが良くて流れるように聞こえる・・というのを詳しく教えてください」


 「永痴魔です。小烏つむぎさん、実にいい質問です。ポイントは、そこなんですよ」


 「のこでぇす。えっ、どこ? どこ?」


 「ハナスです。のこちゃん、そのギャグ、止めなさいって言ってるでしょ。何回もやると、全国のラジオを聞いてる人がびっくりするわよ」


 「のこでぇすぅ。ビックらし、屁をぶちかます、のこ姉ちゃん(ブー)」


 「おちゃまです。げほ、げほ・・」


 「つむぎです。おちゃまさん。のこちゃんの屁でむせる声まで、名前を言わなくてもいいんですよ」


               (つづく)

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