第4話 五七五の不思議

 司会の姉ちゃんが、私の顔を見ながら言った。


 「永痴魔先生。実は、俳句の『五・七・五』に関する、同じような質問が、リスナーの方からもたくさん寄せられていまして・・」


 「ほう、どのようなご質問ですか?」


 姉ちゃんが葉書を取り出した。


 「はい、まず、ペンネーム『🌳三杉令』さんからです。・・永痴魔先生。こんばんは」


 「はい。『🌳三杉令』さん、こんばんは」


 「ボクは前から疑問に思っていたんですが・・・」


 「何でしょうか?」


 「俳句はどうして、『五・七・五』なんでしょうか? 『五・七・五』ではなくて、『四・六・四』とか、『四・六・八』でもいいと思うのですが? 例えば、『四・六・八』で俳句を作った場合、何が問題になるのでしょうか?・・・というご質問です」


 「分かりました。『🌳三杉令』さん、実に本質を突いたご質問ですね」


 私は、そう言ってから、ゆっくりと姉ちゃんを見た。この説明は難しい・・私は、姉ちゃんが分かりやすいように、ゆっくりと話し始めた。


 「もちろん、『四・六・八』で俳句を作ることは可能です。『四・六・八』で作られた有名な俳句というものはあまりありませんが、今、ここで、私が即席で作ってみましょう。・・・


 薫風くんぷう 香る社 君の声響く 


 これは、さわやかな初夏の日に、神社で君と待ち合わせをしている情景ですが・・・『名詞で文を終わる方法』、つまり『体言止め』を使って、読者に余韻を与えたものです。でも、これは『四・六・八』にこだわって詠んだ俳句というよりは、『五・七・五』にこだわらずに詠んだ、自由律の俳句として考えた方がいいでしょう」


 姉ちゃんが首をひねった。


 「では、永痴魔先生。俳句は『四・六・八』でも問題はないのですか?」


 私はゆっくりと頷いた。


 「はい。問題はありません。しかし、ここで、重要なことは・・私が作った俳句のように、『四・六・八』のように偶数の字数を使うと・・『体言止め』などが多くなって・・『五・七・五』とは全く別のリズムになるということなんです」


 姉ちゃんが考えながら言った。


 「確かに、『四・六・八』の俳句と『五・七・五』の俳句では、リズムが全く違いますね。つまり、『五・七・五』のリズムの方が、永痴魔先生がさっきおっしゃった『どうして、五・七・五に読者は誘導されるのか?』という問題につながっているわけですね」


 「そうなんです。ここで、私が皆さんにお伝えしたいのは、そういう『五・七・五』というリズムが持つ本質的な効果のことなんです。『四・六・八』といったリズムですと、読者の意表を突く俳句はできるんですが、読者を誘導する俳句まではできないんですよ」


 「なるほど」


 姉ちゃんは軽く頷くと、別の葉書を取り出した。


 「では、別の方のご質問もご紹介しましょう。・・・こちらは、ペンネーム『磧沙木 希信』さんからのお葉書です。・・・永痴魔先生。お早うございます」


 「あはは。皆さん、葉書を書かれた時刻がバラバラなので、挨拶が違っていて、楽しいですね。はい、『磧沙木 希信』さん。お早うございます」


 「私は俳句が好きです。で、俳句と言えば『五・七・五』なのですが、字余りや字足らずについて教えて欲しいのです。字余りや字足らずを作ると、どんな効果があるのですか?・・・というご質問です。永痴魔先生、まず、字余り、字足らずというのは何でしょうか?」


 「はい。字余りとは、俳句の定型である『五・七・五』の音数が多くなることを指します。例えば、『六・七・五』や『五・七・六』などです。一方、字足らずとは、逆に音数が少なくなることを指します。例えば、『四・七・五』や『五・七・四』などです。先ほど、私が即席で作った俳句・・


 薫風くんぷう 香る社 君の声響く 


は、『四・六・八』ですから、字足らずと字余りを組合せたものになるわけです」


 「なるほど。では、永痴魔先生。字余りや字足らずには、どんな効果があるのでしょうか?」


 「はい。実は、この『磧沙木 希信』さんのご質問は、先ほどの『🌳三杉令』さんのご質問と基本的には同じことになるのです」


 「えっ、そうなんですか?」


 「はい。どういうことかと言いますと・・まず、字余りの効果ですが、字余りを用いることで、句にリズムの変化をもたらし、特定の部分を強調することができるんです。例えば、西山宗因にしやま そういんの句・・


 さればここに 談林の木あり 梅の花


では、上五と中七が字余りとなっており、読んだ人に、『さればここに』の部分を強く印象付けることができる効果があるんです。


 一方、字足らずの効果ですが・・字足らずを用いることで、句に余韻や空白を生み出し、読者に想像の余地を与える効果があります。例えば、尾崎放哉おざき ほうさいの句・・


 こんなよい 月を一人で 見て寝る


では、下五が『見て寝る』と四音で字足らずとなっています。このことで、詠み人の感じている寂しさが一層強調されて、俳句を読んだ人に伝わるんです。


 このようにして、字余りや字足らずを効果的に用いることで、俳句に独特のリズムを生み出し、これによって、読者に独自の印象を与えることができます。これは、先ほどの『四・六・八』と同じことなんですね」


 「なるほど」


 「ですので、字余りや字足らずを使ってはいけないということはありません。使い方によっては、読者に大きなインパクトを与えることができるのです。ただし、字余りや字足らずを多用しすぎると、逆に句のバランスが崩れることもあるため、注意が必要なのです。このためにも、基本となる『五・七・五』が何故、人を引き付けるのかという、『五・七・五』の本質を知っておくことが重要になってくるのです」


 姉ちゃんが、もう一枚、葉書を取り出した。


 「分かりました。では、さらに別のリスナーの方からのご質問もご紹介しましょう。ええと・・・こちらは、ペンネーム『豆ははこ』さんからです。・・・永痴魔先生。はんばんこ」


 「はい。『豆ははこ』さん。はんばんこ」


 「俳句って、『五・七・五』で奇数が基準になっていますね」


 「はい、そうですね」


 「どうして、奇数なんでしょうか? 古来、日本では奇数が尊ばれていたと聞いたことがありますが、その影響でしょうか?・・というご質問です」


 「いいご質問ですね。『豆ははこ』さん。どうも、ありがとうございます。おっしゃる通り、古来、日本では奇数が尊ばれていました。実は、これは中国由来の陰陽道おんようどうの影響を受けたものなんです。陰陽道では奇数が『陽』の数字として吉とされ、偶数が『陰』の数字として凶とされていたのです」


 「ああ、そうなんですか」


 「例えば、日本の伝統的な行事に五節句がありますが・・五節句とは、つまり・・

 1月7日の人日じんじつ

 3月3日の上巳じょうし

 5月5日の端午たんご

 7月7日の七夕たなばた

 9月9日の重陽ちょうよう

のことですが・・・この五節句は、すべて、奇数月の奇数日に行われるんです。このように、日本では古くから奇数が縁起の良い数字として尊ばれてきました」


 司会の姉ちゃんが素っ頓狂な声をあげた。


 「どっひゃあ~💦 言われてみればそうですね。3月3日のお雛さん、5月5日の子どもの日、7月7日の七夕・・みんな、奇数月の奇数日ですね。私、今まで全く気がつきませんでしたぁ!」


 私は苦笑いを返した。


 「皆さんがそうですよ。誰にとっても、お雛さん、子どもの日、七夕などは、とっても身近な日なのですが・・すべて、奇数月の奇数日だということは、案外、皆さんが気づいていらっしゃらないことなんです」


 「で、では、永痴魔先生。それで、俳句も奇数の『五・七・五』なんですか?」


 私は首を振った。


 「いえ、俳句の場合は、奇数が縁起の良い数字だから、『五・七・五』になっているわけではないんです。一部にそういう説もあるかもしれませんが・・ここでは、関係がないとお考え下さい。つまり、俳句の『五・七・五』には、陰陽道とは異なる、もっと根源的な理由があるんです」


 ここで、司会の姉ちゃんが私の顔を見た。


 「永痴魔先生。『五・七・五』に関する、リスナーの方からのお葉書は以上にして・・では、そろそろ、本質となる・・『五・七・五』に読者は何故引き付けられるのか・・について、お話ししていただけないでしょうか?」


 「はい、分かりました。実は、それには、日本語の音節が深くかかわっているんです」


 「オンセツ?」


 「はい、音節というのは・・」


 姉ちゃんがポンと手を打った。


 「あっ、分かりました! 電車やバスで、席を譲ることですね」


 「それは、親切・・」


 姉ちゃんが再びポンと手を打った。


 「ああ、分かった! 目下の者を呼び入れて、対面することですね」


 「それは、引接いんせつや、ボケ!。『国王が新任大使を引接する』というふうに使うねん」


 「そうか、分かりました。消火設備の工事をするところですね」


 「それは、サンセツ・・郵便番号004-0004、北海道札幌市厚別区厚別東4条2丁目3-1-106にある『株式会社サンセツ工業』のことや、ボケ!」


 「あっ、そうか! 源義経が死の直前にタイムスリップして、戦国時代に生まれかわり、織田信長になったという話ですね」


 「それは、珍説や、ボケ!」


 「ほんじゃあ、古民家をリノベーションすることで、DIYのようなオシャレ家造りをするところですね」


 「それは、建設。アンタの言うんは・・郵便番号731-0501、広島県安芸高田市吉田町吉田791にある『安芸高田市役所』から徒歩6分で・・郵便番号731-0501、広島県安芸高田市吉田町吉田278-1にある『安芸高田市歴史民俗博物館』の近くの・・郵便番号731-0501、広島県安芸高田市吉田町吉田535-1の『下土居建設』のことや、ボケ!」


 「では、大切な客人としてもてなすことですね」


 「それは、賓接ひんせつや、ボケ!。 『賓』は、音読みで『ヒン』、訓読みで『まろうど・もてなす・みちびく・したがう』と読むねん」


 「ああ、永痴魔先生。私、やっと分かりましたぁ♪」


 「やれやれ、やっと分かったんかいな!」


 「はい、永痴魔先生。 ・・郵便番号430-0926、静岡県浜松市中区砂山町349の『忘れられた二宮金次郎像』の近くにある・・郵便番号430-0926、静岡県浜松市中区砂山町350−5の『浜松駅南ビルディング 』・・その9階に浜松事業所を持っていて、総合エンジニアリングをするところですね」


 「ちゃうがな! それは・・郵便番号416-0909、静岡県富士市松岡1676-83に本社がある『株式会社カンセツ』や、ボケ!」


 「じゃあ、横浜市が、2020年7月23日の祝日の木曜日から運転を開始したもので・・郵便番号220-0011、神奈川県横浜市西区高島2丁目16の横浜駅前『東口バスターミナル』から・・郵便番号231-0023、神奈川県横浜市中区山下町18の『横浜人形の家』の近くにある・・郵便番号231-0023、神奈川県横浜市中区山下町の『山下ふ頭バス停』までを結ぶ・・操業当初の運賃が、大人220円、小児110円だった乗り物ですね」


 「それは、連節や、ボケ! あんたが言うんは・・バスが2台くっ付いた、連節バスの『ベイサイドブルー』のことや。・・もう、アンタとはやってられんわ。ほな、サイナラ・・・てか、帰ってどないすんねん!」


 「永痴魔先生。ふざけないでください!」


 「アンタがやらせとんねんや。・・・オホン(咳払い)・・・ええ、音節というのはですね」

     (つづく)

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