第2話 定型表現(その2)

 司会の姉ちゃんが、マイクに向かって声を張り上げた。


 「えっ、永痴魔先生。定型表現って、まだあるんですかぁ! お電話をいただいた、ペンネーム『歩』さん、よかったですねえ。では、さっそく、『〇〇〇〇〇 ビックらこいた 屁をこいた』以外の定型表現を教えていただきましょう。・・永痴魔先生、他にどんな定型表現があるんでしょうか?」


 私は、我が意を得たりとばかりに、マイクに向かって話し出した。


 「では、カクヨムに実際に投稿された俳句を見てみましょう。カクヨムに、永嶋良一というアホバカ作家がいるんですが・・・ご存じですか?」


 「永嶋良一? さぁ、聞いたことがありませんねぇ。でも、永嶋良一って、何だか、いやらしそうな名前ですね」


 「そうなんです。この永嶋良一というのは、よく女子トイレなんかを舞台にした、アホバカ小説を書いてるんですよ」


 「えっ、女子トイレを舞台に小説ですかぁ・・やぁねぇ、何て、いやらしいんでしょう!」


 「で、そのアホバカ永嶋良一が、先日、カクヨムにこんなアホバカ俳句を投稿していたんです。


  『蒲公英たんぽぽの 咲き乱れるや 古墳の怪』


 この俳句なんですが、実はこれは定型の表現を使っているんですよ」


 「えっ、永痴魔先生、どういうことですか?」


 「この句はですね、


 『〇〇〇〇〇 咲き乱れるや ◇◇◇◇◇』


という定型表現なんです。『〇〇〇〇〇』には花の名前、『◇◇◇◇◇』には土地の名前が入るんです」


 「永痴魔先生、その定型をどう使うんですか?」


 「はい、実際にやってみましょう。まず、皆さんのお近くの土地の名前を見つけてきてください。例えば、お近くに『でべそ山』という山があったとしますね。では、『◇◇◇◇◇』に『でべそ山』を入れてみてください」


 「私がやってみますね。そうすると・・


  『〇〇〇〇〇 咲き乱れるや でべそ山』


となりました」


 「では、『〇〇〇〇〇』に、何でもいいので、花の名前を入れてみてください。例えば、『八重桜』だったら・・


  『八重桜 咲き乱れるや でべそ山』


というふうに」


 「お花の名前と言われても・・すぐに思いつきません」


 「では、『その日の花』をパソコンで調べて、入れてみてください。『その日の花』とは、365日、それぞれに割り当てられた誕生花のことです」


 姉ちゃんが、机の上のパソコンのスイッチを入れた。


 「ええっと、その日の花、誕生花・・・あっ、ありました。では、1月1日から入れてみますね。


 ・1月1日はフクジュソウ

  『フクジュソウ 咲き乱れるや でべそ山』


 ・1月2日はハルサザンカ、これは字余りで、

  『ハルサザンカ 咲き乱れるや でべそ山』


 ・1月3日はクロッカス

  『クロッカス 咲き乱れるや でべそ山』


 ・1月4日はデイジー、4文字ですから、『が』を入れて、


  『デイジーが 咲き乱れるや でべそ山』


 ・1月2日は雪割草

  『雪割草 咲き乱れるや でべそ山』


 ええっ、永痴魔先生、これって、いくらでも俳句が出来ますよ」


 「そうなんです。『〇〇〇〇〇』は花の名前ですから、パソコンで調べたら、いくらでも出てきますよね。一方、『◇◇◇◇◇』は土地の名前ですから、『でべそ山』以外に、近所の『パンティ川』でも『おなら公園』でも『山田駅』でも、どこでもいいんです」


 「知らない土地でもいいんですか?」


 「構いませんよ。俳句というのは創作ですからね。例えば・・」


 私は姉ちゃんのそばに行って、パソコンを操作した。


 「例えばですね・・・パソコンで地図を出して・・・適当に建物の名前とか地名を選べばいいんです。では、花に『フクジュソウ』を使って・・・行き当たりばったりに、地図に書かれている建物の名前を入れてみましょう・・・


 ・静岡県浜松市なら・・

  郵便番号432-8022、静岡県浜松市中央区山手町1−32の『江口電気』を選んで・・

  『フクジュソウ 咲き乱れるや 江口電気』


 ・広島県広島市なら・・

  郵便番号731-0122、広島県広島市安佐南区中筋1丁目9-6の『にしき堂・祇園新道中筋店』を選んで・・

  『フクジュソウ 咲き乱れるや にしき堂・祇園新道中筋店』


 ・広島県安芸高田市なら・・

  郵便番号731-0501、広島県安芸高田市吉田町吉田708-5の『すが美容室』を選んで・・

  『フクジュソウ 咲き乱れるや すが美容室』


となるわけです。花と地名の組合せは無数にありますので、こうして、いくらでも俳句ができるのです」


 姉ちゃんが首をひねった。


 「でも、永痴魔先生。先ほどの、永嶋良一というスケベ作家の俳句は、


  『蒲公英たんぽぽの 咲き乱れるや 古墳の怪』


でしたよ。『◇◇◇◇◇』は、『古墳の怪』になっていますが・・」


 私は笑った。


 「ドアハハハハ。それはですね、もともとは『なんとか古墳』という地名だったのですが・・・アホバカ永嶋良一が、これではあまりに単純なので・・・初夏に蒲公英が咲いているという『不思議な現象』というニュアンスを加味して、『古墳の怪』としているんですよ。いわば、定型を変形させた『◇◇◇◇◇の怪』という表現なんです」


 「それを使うと、どうなるんですか?」


 「同じことですよ。『◇◇◇◇◇』に建物の名前を入れればいいんです。・・・例えば、先ほどの、郵便番号731-0501、広島県安芸高田市吉田町吉田708-5、『すが美容室』なら・・


  『フクジュソウ 咲き乱れるや すが美容室の怪』


となって、『すが美容室』で、ただならぬことが起こっているという、不気味な句になります。


 あるいは、有名な京都の金閣寺ですと・・


  『フクジュソウ 咲き乱れるや 金閣寺の怪』


となって、まるで、金閣寺で怪奇現象が起こっているような、インパクトのある俳句になるわけです。また、アホバカ永嶋良一が大好きな『女子トイレ』を使うと・・


  『フクジュソウ 咲き乱れるや 女子トイレの怪』


となって、これは完全にホラーの世界の俳句になるわけです」


 姉ちゃんが、ブルッと身体を震わせた。


 「まあ、女子トイレに、季節外れのフクジュソウが咲き乱れているんですね。・・・なんか、怖い~💦 私、そんなトイレに入れまっしぇん💦」


 「そうなんです。これを・・


  『フクジュソウ 咲き乱れるや 女子トイレ』


とすると、花が咲き誇っているキレイな女子トイレの情景になりますが、


  『フクジュソウ 咲き乱れるや 女子トイレの怪』


とすると、一転して、ホラーの情景が眼に浮かびますよね。リスナーの皆さんは、こうして、定型の表現を変形させて、いろいろな創作を行っていただいたらいいんですよ」


 「本当ですね。お電話をいただいた、ペンネーム『歩』さん、如何ですかぁ? この定型表現を使って、ホラー俳句をいっぱい作って、カクヨムに投稿してくださいねぇ~」


 すると、先ほどのADの姉ちゃんが、再び収録室に入ってきた。司会の姉ちゃんに、またメモを渡す。


 「あっ、ここで、また、リスナーの方からお電話です。ペンネーム『るしあん』さんからでぇすぅ。るしあん、お電話ありがとうございま~すぅ」


 私も姉ちゃんと一緒に頭を下げる。


 「るしあんさん、ありがとうございます」


 「え~とですね・・・僕はカクヨムによく小説や俳句などを投稿しています。で、先ほど、出てきたアホバカ作家の永嶋良一の駄作にも、いつも、うっかり『応援する』というハートマークを押してしまうんです。アホバカ永嶋良一の作品なんか、じっつに、くだらないのですが・・・どうして、いつも『応援する』を押してしまうのでしょうか?・・・という、ご質問です。永痴魔先生、如何でしょうか?」


 私は思わずパチパチパチと拍手をした。


 「そこですよ」


 姉ちゃんが、床を探すふりをする。


 「えっ、どこ、どこ?」


 「古いギャグは止めなはれ。・・・るしあんさん、すばらしい! 実に、すばらしい質問です。るしあんさん、そのご質問には、カクヨムで読者を獲得するための、重要な秘密が隠されているんですよ」


 私の言葉に、司会の姉ちゃんが眼を白黒させた。


 「えっ、永痴魔先生。どういうことですか?」


 「つまりですね・・・るしあんさんの質問にあるように、アホバカ永嶋良一の小説や俳句は、本当に最低の最低の最低の駄作で、全く面白くないのですが・・・その作品の中にですね・・・読者が、つい、うっかりと『応援する』というハートマークを押してしまう仕組みが隠されているのです」


 姉ちゃんの絶叫が収録室の中に響き渡った。


 「どひゃぁぁぁぁぁ、そんなことができるんですかぁ?」


             (つづく)

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