永痴魔先生の俳句教室

永嶋良一

第1話 定型表現(その1)

 司会の姉ちゃんが、いつものように、マイクに向かって甲高い声を張り上げた。ここは、ラジオ局の収録室だ。


 「はぁ~い、皆さん、お元気ぃ~。皆様のラジオ放送局『ラジオやりっぱなし』でぇすぅ。今日はですねぇ、『なが痴魔ちま先生の小説講座』でおなじみの永痴魔先生に俳句の講義をお願いしまぁ~す」


 ここで、姉ちゃんがチラリと原稿を見た。


 「実は、『永痴魔先生の小説講座』に、リスナーの皆さんから、『俳句の講義をして欲しい』とのご要望がたくさん寄せられまして・・・それで、今日は、『永痴魔先生の小説講座』の特別講義として、『永痴魔先生の俳句教室』をお届けしまぁ~す。永痴魔先生、よろしくお願いしまぁすぅ」


 私はいつものように、よそ行きの声を出した。ラジオなので、声は大切だ。


 「はい、リスナーの皆さん、こんにちは。よろしくお願いします」


 姉ちゃんが続けた。


 「みなさぁん、永痴魔先生は小説で超有名ですが、俳句でもとっても有名なんですよぉ。先生の代表的な俳句をご紹介しますと・・


 薫風に あなたと私の 屁も薫る

 奥さんの お尻の丘は 桃のよう

 初春に パンティ被って 屁も被る

 パンティを 脱いで行水 すっぽんぽん

 乳を揉む すけべ親父に 初紅葉


などがあります。うわ~・・本当にどれもこれも、とっても優雅で、お上品で、素敵な句ばかりですねえ。私、読み上げるだけで、うっとりしますわ」


 姉ちゃんの言葉に、私は頭をかいた。


 「それはどうも」


 すると、姉ちゃんが、リスナーからの葉書を取り出した。


 「では、さっそく、リスナーからのお葉書を皆さんにご紹介しますね。まず、ペンネーム『結音(Yuine)』さんからです。・・・永痴魔先生、こんにちは」


 「はい。こんにちは」


 「私は永痴魔先生の大ファンです」


 「それは、うれしいですね。『結音(Yuine)』さん、どうもありがとうございます」


 「私はよく俳句を作るのですが、そのときに、いつも分からないことがあります」


 「ほう、何でしょう?」


 「俳句と言えば、五・七・五ですが・・・この字数を数えるとき、小さい『ゃ』や『っ』は、1音として数えるのでしょうか?・・・というご質問です。永痴魔先生、如何でしょうか?」


 「そうですね、俳句では字余りや字足らずがあったり、五・七・五の十七音や季語にこだわらない自由律俳句もありますので、字数をあんまり気にされる必要はないと思います。でも、一応、私の数え方をご紹介しますと・・


・まず、『きゃ』、『きゅ』、『きょ』、『ひゃ』、『びゃ』、『ぴゃ』などの拗音ようおんの場合は、小さい『ゃ』、『ゅ』、『ょ』は1音に数えません。つまり、『きゃ』で1音になります。


・次に、『行った』という場合の、小さい『っ』、これは促音そくおんと言いますが、この小さい『っ』は1音に数えます。


・また、行水(ぎょうずい)の中の『う』のように音を伸ばす字、『う』や『ー』がありますね、これらは長音と言いますが、これらは1音に数えます」


 姉ちゃんが私を見た。


 「永痴魔先生、難しいんですねぇ」


 私は、この姉ちゃんでも分かるように、ゆっくりと説明した。


 「いえ、そんなに難しいことではないんですよ。つまりですね、小学校で習った『あいうえお表』を頭に思い浮かべてみてください。この『あいうえお表』に出てくるものは1音として数え、出てこないものは2音として数える・・と覚えるといいんです」


 姉ちゃんは、まだ分からない様子だ。さかんに首をひねっている。


 「はぁ?」


 私はさらに説明した。


 「先ほどの例ですと、『きゃ』、『きゅ』、『きょ』、『ひゃ』、『びゃ』、『ぴゃ』などの拗音ようおんは『あいうえお表』に出てくるので、これらは、『きゃ』というふうにまとめて1音に数えるのです。しかし、促音そくおんの小さい『っ』、長音の『う』や『ー』などは、『あいうえお表』には出てきませんので、それだけで1音とするのです」


 「え~とぉ、具体的にはどうなるんですかぁ?」


 「はい、例をあげましょう。


 ・卓球(たっきゅう)→ た・っ・きゅ・う(4音)

 ・ジュース→ ジュ・ー・ス(3音)

 ・行水(ぎょうずい)→ ぎょ・う・ず・い(4音)


となるわけです」


 姉ちゃんの顔が明るくなった。やっと、分かったようだ。


 「まあ、分かりやすいですね。『結音(Yuine)』さ~ん、如何でしたかぁ。お判りいただけましたかぁ。・・・では、次のお葉書です。ペンネーム『おちゃま』さんからのお便りです。・・・永痴魔先生、こんにちは。私は『おちゃま』と申します」


 「はい、『おちゃま』さん、こんにちは」


 「私はいつも俳句を作るときに、苦労しています。俳句にしたい情景はすぐに頭に浮かぶのですが、文字にするときにいろいろと悩んでしまうのです。俳句を簡単に作るコツがあれば、ぜひ教えていただきたいのですが?・・・というご質問です。永痴魔先生、如何ですかぁ?」


 「俳句を簡単に作るコツですか・・」


 「はい、そんな、うまいコツがあるものでしょうか?」


 「う~ん、そうですね。・・定型の表現を使うといいかもしれませんね」


 「定型の表現? 先生、定型の表現って何ですかぁ?」


 「はい。分かりやすくご説明しましょう。実は、カクヨムという小説サイトに、カクヨムキャンディーズというグループがいらっしゃるんですよ」


 「カクヨムキャンディーズ?」


 「はい。カクヨムキャンディーズというのは、カクヨムで大活躍されている星都ハナスさん、楠瀬スミレさん、この美のこさんの3人の女性グループでして、皆さん、26歳のお若い妖艶美女なんです。で、彼女たち、カクヨムキャンディーズが、カクヨムの中でよく使っている表現に


 『はぁ? こりゃ、ビックらこいた、屁をこいた』


というものがあります」


 「ええっ、26歳のうら若き乙女たちが『屁をこいた』なんて、本当に言ってるんですかぁ? 信じらんな~い!」


 「あはは。そうなんですよ。で、この『はぁ? こりゃ、ビックらこいた、屁をこいた』は、実は俳句になっているんです」


 「ええ、それ、俳句なんですか?」


 「そうです。これを『はぁ? こりゃ』、『ビックらこいた』、『屁をこいた』で区切って・・それぞれ何文字あるか、文字数を調べてみてください。あっ、ここで『ぁ』と『?』は、それぞれ音を伸ばす長音の代わりをしていますので、『ぁ』も『?』もそれぞれ1音に数えてください」


 姉ちゃんが手元の紙にメモを書き出した。


 「え~とぉ、それでは、やってみますね。


  はぁ? こりゃ→ は・ぁ・?・こ・りゃ→ 5音です。

  ビックらこいた→ ビ・ッ・ク・ら・こ・い・た→ 7音です。

  屁をこいた→ 屁・を・こ・い・た→ 5音です。


 ええっ、これって、五・七・五になってるじゃないですか!」


 「そうなんです。つまり、この『はぁ? こりゃ、ビックらこいた、屁をこいた』は、五・七・五の俳句なんです。この衝撃の事実には、おそらく、カクヨムの読者は誰も気がついていないと思います。・・・」


 「へぇ~、本当に衝撃の事実ですねぇ。このお下品な表現の中に、こんな、とんでもない秘密が隠されていたんですね!」


 「はい。カクヨムキャンディーズが使用する『はぁ? こりゃ、ビックらこいた、屁をこいた』が読者にも愛されるのは、実は、これが五・七・五の俳句になっているから、読者にも受け入れやすいためなんですよ」


 「はぁ? こりゃ、ビックらこいた、屁をこいた!」


 「あんたが言わんでもよろしい。・・・で、先ほど私が言いました、定型の表現というのはですね、これを


  『〇〇〇〇〇 ビックらこいた 屁をこいた』


として覚えておくというものなんです」


 「そうすると、何がいいんですか?」


 「そうするとですね。この『〇〇〇〇〇』の部分に、何でもいいので5文字を入れるだけで、簡単に俳句ができるんです。ちょっと、やってみましょう・・・


 ・カクヨムキャンディーズの、この美のこさんの名前を入れると・・

  『この美のこ ビックらこいた 屁をこいた』

 

 ・同じくカクヨムキャンディーズの星都ハナスさん、楠瀬スミレさんだと、5文字にするために、名前に『ちゃん(ちゃ・ん、2文字)』をつけて・・

  『ハナスちゃん ビックらこいた 屁をこいた』

  『スミレちゃん ビックらこいた 屁をこいた』


 ・あるいは、秋田の有名な『なまはげ』を使うと・・

  『なまはげに ビックらこいた 屁をこいた』


 ・また、ハチの巣や幽霊なんかでもいいですね・・

  『ハチの巣に ビックらこいた 屁をこいた』

  『幽霊に ビックらこいた 屁をこいた』


 と、こういう具合に、この定型を使って、いくらでも俳句ができるんです。困ったときには、こういう定型の表現を使うといいんです」


 「うわ~、すごいですねえ。リスナーの『おちゃま』さん、如何でしたかぁ? ぜひ、『〇〇〇〇〇 ビックらこいた 屁をこいた』という定型の表現を使って、どんどんいい俳句を作ってくださいね~。・・・あっ、ここで、別のリスナーの方から、お電話があったようです」


 ADの姉ちゃんが収録室に入ってきて、司会の姉ちゃんにメモを手渡した。司会の姉ちゃんがメモを見る。


 「え~とぉ、ペンネーム『歩』さんからのお電話です。・・・私は、定型の『〇〇〇〇〇 ビックらこいた 屁をこいた』にとっても感動しました。まるで、屁のいい香りが漂ってくるような、とっても素晴らしい句がいくらでもできますね! 私もこういう素晴らしい俳句をもっとたくさん作りたいと思います。永痴魔先生、こういった定型表現をもっと教えてください。・・・というお電話ですが、永痴魔先生、こういう定型の表現は、まだあるんでしょうか?」


 私は、姉ちゃんの方に身体を乗り出した。


 「ええ、まだまだありますよ」


             (つづく)

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