12日目 はじめてのおつかい(徒歩)



タソは今日えらかったんだ。



クルマのバッテリーがダメになって、なんと徒歩でお買い物に行ったの。


「タソ君えらい!」

「タクシーを使わないなんて!」

「運動にもなって健康的!」


タソの心の友達はみんな褒めてくれて、嬉しかったんだあフフフ。


でも、クルマで5分の道のりは険しく、今日は日差しが強かったのもあって、タソは何度もへこたれたんだ。


「暑い……遠い……うう、つらい泣泣」

「タソ君ふぁいと!」

「引き返してもいいんだぞ!」

「もう少しで日陰だ! あそこで休むんだ!」


タソは大きな家の影で休んでは、重たい足を懸命に動かして歩いたの。

腕を振ると少し歩くのが楽になって、頑張って歩いたんだ。


「タソ! 横断歩道だ! 信号がないぞ!」

「やれ! 轢かれろ!」

「慰謝料10万円請求だ!」


タソは言われるままに左右の確認をせず横断歩道を渡った。


キキッ!


プリウスが慌てて急ブレーキを掛けたのがわかった。


タソは立ち止まり、死んだ魚の目で運転手を見遣ると、運転手は顔を青くしてタソが立ち去るのを見送った。


「あー! おしい!」

「タソー、お前にはがっかりだよ」

「ぶつかってなくても倒れるぐらいしろよ」



タソは悲しい気持ちになった。



トボトボと、良く行く薬局に到着すると、店内は涼しくて、最高に気持ちよかった。


「タソ君頑張ったね!」

「ここで体温を下げるんだ」

「体力温存のためにもカートを使え!」


タソは普段は使わないショッピングカートを押して、いつものミルクティーと、今日の食料を探して回った。


昨日買ったお弁当の残りがあるから、今日は何か軽い食事でも買っていけばいい。


ここでも、タソはえらかったんだ。


タソが選んだのは、なんとサラダ!


サラダなんて何年振りだろう。


しかも! 消費期限が今日までの値下げ品!

結構量があるのに、お値段なんと98円!


「タソ君! 野菜を食べるなんて偉すぎる!」

「いいぞー!」

「ドレッシングも買えー!」


タソは悪いお友達の言う事は聞かず、ドレッシングは家の冷蔵庫に入っているゴマドレッシングを使うことにした。


ひと通り買う物はカゴに入れて、まだ体温が高いタソは、普段は見ないような店内の様子を見て回った。


「ふふふ、涼しいなー。気持ちいい」


タソはのんびりと涼みながら、ゆっくりと自由に歩き回ったの。

店員さんが怪しそうな目で見てきたけど、悪いことなんてしてないから、堂々としてたんだ。


お薬コーナーでは、たまに胃薬を買うけど、今日はサプリメントコーナーを見てみた。


すごいね。サプリメント。


小っちゃい瓶なのに3000円もするの。


こんなのお金持ちしか買えないよ。




次に向かったのはお酒コーナー。


タソはお酒が飲めません。


アルコールの味がどうしてもダメで、甘口の日本酒なら、かろうじで飲める感じです。

あ、あと梅酒もちょっとなら飲める。


ビールは絶対ダメで、コップ1杯で吐きます。

全然おいしくないよ? あれ。


「お酒を飲まないなんて! タソ君えらい!」

「お財布に優しいな」

「タソはお子ちゃまだからな」


タソはお酒コーナーのとなりにある、エナジードリンクコーナーで立ち止まった。


モンスターエナジー500ml。


250円。


「買ーえ! 買ーえ!」

「タソの大好きなモンスターだぞ!」

「カゴに入れろ!」


タソは葛藤した。


精一杯、右足に力を入れて、この場から離れる。


モンスター、飲みたかったけど、今日はお財布に1000円しか入ってないから、無理するとクレジットカードを使う羽目になります。


クレジットカードは封印中。


ちょっとやり過ぎた事があって、翌月の支払いが近付く度に心臓が張り裂けそうだったの。


もう、あんな辛い気持ちになりたくない。




タソはクルマ用品なるコーナーがあることに気付いた。


「え……薬局って何でも売ってんの?」


売っていたのはクルマ用芳香剤。

ファブリーズとかだね。


次に向かったのは化粧品売り場。


女の人って大変なんだね。


こんなにたくさんの化粧品があって、目とか口とか綺麗にするんだ。


しかもお値段がびっくりするぐらい高い。


これは政府が「化粧品手当」を支給しないと、男性と女性で生活費の差が出てしまいます。


そしたらタソもお化粧しようかな。


タソは眉毛が凛々し過ぎて、濃いのが嫌なの。

もっとシュッとした細くて薄い眉毛がいい。




すっかり涼んだタソは、お会計に向かいました。

タバコ込みで1000円以内に抑えたタソは、心のお友達に褒められて、ニコニコと店を出て行きました。


普段はクルマの助手席に乗せる荷物も、今日は手で持って帰らなければなりません。


「ぬ? 結構重い……」


タソは指がちぎれそうになりながら、右手と左手で交互に荷物を持って、暑い日差しの中を歩きました。


「頑張れー!」

「もう少しで横断歩道だ!」

「今度こそ轢かれろ!」


帰り道の横断歩道では、クルマは一台も通りませんでした。


「クルマ来るまで待てよ!」

「お前にはホントがっかりだよ!」

「ホントに轢かれる気あんのかよ!」


タソは悲しくなって、荷物も重くて、足も棒のようで、涙目になりながら歩きました。




帰り道では、歩道の雑草を処理する業者さん達がいました。


みんな炎天下の中、しゃがんで街路樹の根元の草を抜く人や、交通整理のためにパイロンを設置する人、ブロワーで散らかった雑草を飛ばす人がいて、忙しそう。


「なんだ、タソなんて全然えらくないな」

「この人達のほうがよっぽど偉い」

「買い物したぐらいで偉そうにしてんじゃねーよ!」


タソはとうとう涙が溢れてしまいました。


袖で涙を拭うタソを、作業員の人たちが心配そうに見ている。


タソは足早に通り過ぎました。


もう一つの横断歩道も、左右を確認せずに飛び出したのですが、クルマは来ませんでした。




上手に轢かれなくてごめんなさい。


買い物したぐらいで偉そうにしてごめんなさい。




生きててごめんなさい。


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