10日目 テレビとか言う過去の遺物



皆んなテレビって知ってる?



タソはもう2年ぐらいテレビ見てないので、すっかり存在を忘れていました。



世間ではいま何が起こっているのでしょうか。


何も起こっていないのでしょうか。


安倍元首相銃撃事件はテレビで見たので、その頃のタソは、今よりはマシな精神状態だったのでしょう。




総理大臣は岸田さんのまま?


アメリカ大統領は?


コロナはどうなりましたか?


火星への人類移送計画は順調ですか?


仮想現実の拒絶反応は解決しましたか?


月が地球に衝突した後どうなりました?




タソはテレビを見ていないので、最近の動向が全くわかりません。


火星まではあと1年掛かるそうです。


培養ポッドの中で、ひたすら人生ゲームをして時間を潰しているのですが、これがまたクソゲーで、何をしても詰んでる主人公が痛ましいですね。


皆さんは何番艦に搭乗しているのでしょうか。


近距離なら通信もできるそうですので遊びましょう。




しかし、この培養ポッドをメンテナンスしにくる奴らは悍ましいですね。


完全にゲジゲジです。


まさかゲジゲジが侵略者だとは思いませんでした。


人類が見事に『虫』に侵略され、生殺与奪の権利を奪われたことは記憶に新しいですが、タソのように覚醒している人間がいることはバレていないようです。


ここはひとつ、眠らされているフリをして、仮想現実のクソゲーを楽しむしかないでしょう。




タソはいっそ、キャラをリセットしてやり直す方向性で、このゲームを攻略しようと思います。


やはり初期値は大事ですね。


ワールド選択も重要です。


タソはうっかり『現代ノンフィクション』にしてしまったので、このとんでもない苦痛を味わう羽目になりました。


皆さんもやり直すなら、『現代ファンタジー』か、『異世界ファンタジー』をオススメします。

『SF』もいいですが、奴らが考えたワールドですので、虫に蹂躙される未来が見えます。




タソは仮想現実内で通り魔事件を起こし、罪のない人々12人を殺めた。


長い裁判の中で、タソは不気味な笑みを浮かべ、「うふふ、次が楽しみ」や「精神は正常です」などと供述し、なんとか死刑判決を勝ち取った。


死刑執行まで拘置所に収監されたタソは、狭い部屋と孤独に耐えきれず、毎日泣いていた。


「出して! もうしないから! 誰か側に居てよおおおお! 寂しい! 辛い! うわあああああん!」



――半年後。



「タソ。出なさい」

「…………うふ。ふへへ」


タソは両目をぐるぐる回し、ヨダレを垂れ流して手錠をかけられ、目隠しをされた。


連れてこられたのは教誨室きょうかいしつと呼ばれる『最後の部屋』


ここでは教誨師が道徳を説いたり、タソに遺書を書かせたりする。


「タソ君。君はいつも『自分』しか見ていなかったそうだね」

「えー? うへへ。もう寂しくないからどっか行っていいよ?」

「それだよ。君は常に自分勝手だ。亡くなられた12人の被害者に謝罪は?」

「うう、ううう、やっぱりまだ寂しいから側に居て?」


ポロポロと涙を流すタソを見て、教誨師は刑務官に問いかける。


「この人、本当に精神障害じゃないの?」

「判決時は正常と判断されました。こうなったのは拘置所に来てからです」


教誨師はタソを哀れみ、事前に聞いていたタソが食べたいお菓子を差し出した。


それは色とりどりのマカロンで、タソの大好物だった。


「わあ! マカロンだあ! いただきまーす!」


タソは子どものようにマカロンを頬張り、これから起こる事など全く理解していなかった。




マカロンを食べ終わると、刑務官が手錠をかけ、目隠しをした。


移動するということだけ理解したタソは、また寂しくなって泣き出した。


「やーだー! 1人は寂しい! うわあああああん!」

「タソ君。……タソ君。君はいつでも1人じゃないんだ。必ず側に居てくれる人がいるんだよ。隣を見てごらん。君の腕を掴んでくれている人がいるだろう?」


教誨師は見かねて説教を始めた。


タソは黙り、腕に確かな感触があることを自覚する。


「1人じゃない?」

「そうだ。いつだって、君の側には誰かがいてくれる。それを忘れないように」

「……えへへー、寂しくなくなったあ」


タソは目隠しの隙間から入り込む光を見ていた。


そこに『正常』はなく、限りなく子どものようになったタソは、なすがままに『準備』に身を委ねる。


もはや、人生をリセットするなどという思惑は忘れ去られ、ただただ、教誨師の『1人ではない』という言葉に安堵していた。


もっと早く誰かが言ってくれていれば、こんな事にはならなかっただろう。


彼の精神を蝕んでいたのは『孤独』という限りなくシンプルな答えだったのだ。


人は1人では生きていけない。


この答えに辿り着いた時、足元の床がバタンと外れた。



ギシッ!



タソは一瞬の落下に、『自由』を感じた。


その後の記憶はない。


それは、どんな凶悪な犯罪者にも、『人権』があり、『生きる資格』があり、『救済』される権利があることを物語っていた。




――惑星ザバル。ナバホ村の裏山。


「マル、人が倒れてる」

「ホントだ。あれニンゲンじゃない?」


小人族のミルルとマルは、木のそばで倒れているタソを見つけた。


ミルルは木の枝でタソの頬っぺをツンツンした。


それは艶のある綺麗な肌の女の子で、年齢は6歳ぐらい。

死刑執行時のタソの精神状態が反映されたのだろう。




タソは、自分が『タソ』であるという事以外、何もかも忘れていた。




培養ポッドのそばでは、虫たちが噂話をしている。


「こいつだ。『脱獄』を図ったらしい」

「覚醒してたのか?」

「ああ、だが計画に気付いて急遽別の世界に送った」

「王は寛大だからな。きっと彼が望む世界にしてやったんだろうよ」

「そのようだ。ニンゲンも早く自分が矮小な存在であることに気付くといいな」




ニンゲン達を乗せた宇宙船は、今日も火星を目指して航行する。


それは、ひとつの『救済』


地球をダメにした罪を償わせるため、虫たちはニンゲンに新たな世界を体験させるのだ。



かつて、ニンゲン達を『地球』に送り届けた時と同じように……。



おしまい。


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