5日目 人は見たいものを見る
「これから手品を始めます。
僕の右手には500円玉。
左手には何も持っていません」
タソは500円玉を握りしめ、左手も握り拳にして前に突き出した。
「はあああああ! 瞬間移動!」
タソがそう叫ぶと、右手にあったはずの500円玉が、なんと左手に移動していた。
よくある手品です。
さて、皆さんは、この時、500円玉が右手に残ったままだったらどんな気持ちになるでしょうか。
「は?」
「なんだそりゃ」
「つまんね」
皆さんは「期待」するはずなのです。
右手にあったはずの500円玉が、左手に瞬間移動する様を「目撃したい」
そして、本当にそれが起こった時、皆さんの脳は快感を覚えるのです。
「おお! すげー!」
「なんで!?」
「どうやった!?」
そう。これが皆さんの「見たいもの」なのです。
だから、イリュージョニストが鎖と錠前でぐるぐる巻きにされた箱から「瞬間移動」し、会場の外から何食わぬ顔で登場するシーンを、お金を払ってまで見に行くのです。
普通に考えてください。
人や物が瞬間移動することなどあり得ません。
降霊術とか言って霊を呼び出すのも嘘です。
UFO? そんなものいません。
でも、「見たい」でしょ?
『人は見たいものを見る』
古くはユリウス・カエサル――シーザーとも呼ばれる古代ローマの政務官で、「ブルータス、お前もか」で有名な人物が、
「人は望むことを喜んで信じる」と発言したのが起源のようです。
『海皇紀』の川原正敏先生は、これと同じエピソードを作中で表現していて、双子の敵のトリックを見破る主人公に、このセリフを言わせていました。
ファン、カッコいい。
ジン、なんで死んでしもたん。
そこから先読めなくなったやん。
「確証バイアス」と呼ばれる心理学の用語でも同じことが説明されていて、これは、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことだそうです。
「手品をします」と言われたら、それが成功する場面しか期待していないのです。
誰も失敗するところなど見たくないでしょ?
ほら、反証する情報を無視してる。
タソはクルマを運転する時、「最悪の状況」を見ています。
青信号の交差点を直進する。
皆んな「左右の確認」してる?
本当に自分は無事に交差点を直進できるの?
信号無視の自転車は?
2秒先の未来は見えてますか?
タソは見えてます。
故に、過去何度も事故を回避してきました。
でも、タソにも悪いところがあって、常に「普通の人」とは逆に逆にと、虚をつきたがります。
セールスの電話がかかって来た時も、相手側が「ご案内で」とか「ご紹介で」とか言った瞬間に「結構です」と言って電話を切ります。
たまに、このキーワードを言わない悪質なセールスもありますね。
ご案内でもご紹介でもなく、だらだらと自分の商品の説明を開始する。
挙げ句の果てには、
「いや、そういうの要りませんので」
「え? 何ですか突然。セールスじゃないですよ? 太陽光発電って凄いんですって話です」
「いやだから、そういう話は要らんて。他所でやって笑笑」
もう苦笑しながらそっと受話器を置きました。
タソには理解できませんが、中には「おお! 凄い!」とか言って、買っちゃう人がいるのでしょう。
何年も前ですが、お婆ちゃんが羽毛布団を50万円で買って来ちゃったことがあって、きっと言葉巧みに騙されたのでしょうね。
結局、返しに行った時には「特売所」は見事に跡形もなく撤収していて、お婆ちゃんはその布団を大事に使いました。
皆さんも、手品のように「言葉」を巧みに操り、悪質な商法で金を稼ぐ人達の標的になりませんように。
そこには、きっと皆さんの「見たいもの」が巧妙に仕組まれていて、「こうであって欲しい」という心の隙間にするりと入り込む手口に違いありません。
「あ、俺は大丈夫だな」
ほら、また反証を無視した。
フフフ。本当に大丈夫かなあ。
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