懺悔室で懺悔する、懺悔することがある人
春雷
第1話
懺悔します、と懺悔室で彼は言った。
「私は人を殺しました。とても許されないことです。ああ、いったいどうしたらいいのかわからない。私はどうして、あんなことをしてしまったのでしょうか。今日は、順を追って話し、懺悔したいと思います」
私には、二年前まで一緒に暮らしている友達がいました。金がないので、二人でアパートの一室を借りていたのです。私にとって生涯唯一の親友でした。
彼とは、高校の時に知り合いました。見ているワイドショーの趣味が合い、仲良くなったのです。私たちはずっと、ワイドショーの話を語り合いました。あのキャスターのまばたきの回数は、前回から六回増えたとか、VTRのテロップの色合いが、少しばかり変化していやしないかとか、そういう他愛のない話です。
公園でブランコに揺られながら、私たちは毎日、七時間半、ワイドショーの話をしていました。話をする時間をとりすぎて、ワイドショーを見る時間がなくなったので、最後の方は、創作したワイドショーの話をしていました。架空のワイドショーの話です。そういう普通の会話が、何よりの宝物でした。
夕方、彼とともに見た、あの空のオレンジと紫が混じり合ったような、微妙な色合いと、その変化。あの景色は生涯忘れることはないでしょう。
高校を卒業する日、彼は、私に言いました。俺と一緒に岐阜へ行こう、と。岐阜には、この世のすべてがある。だから岐阜に行こう、そう言いました。
私は胸を打たれました。ああ、そうだ。岐阜だ。岐阜にはすべてがあるんだ。私は、岐阜の「阜」という字が好きで、携帯の待受にしていたので、一も二もなく、彼についていくことに決めました。ちなみに私は、明朝体の「阜」を待ち受けにしていました。
岐阜での生活は、正直苦しかったです。私らには学もなく、世間知らずでもあったため、仕事を得るのに苦労しました。やっと見つけた仕事は、ベルトコンベアで流れてくる、モップみたいなもじゃもじゃの犬をジョウロでびしょ濡れにする仕事でした。社会には不可欠な仕事ではありましたが、専門的な技術や知識は必要ではないため、給料はとても安かったです。生きたしらすの現物支給でした。
どれだけ働いても、暮らしはよくなりませんでした。大量の毛の奥から覗く犬の目が、怖かったことを覚えています。
彼には夢がありました。岐阜で、焼きプリンのおこげだけを剥ぎ取って、床に敷き詰める、という夢です。築二十五年の床がベストだということでしたが、岐阜で築二十五年の家を探すのは、とても困難なことです。彼は焦り、苛立って、荒れていきました。毎日部屋に帰ると、玄米茶を飲んで、サラダチキンを食べ、腹筋をし、観葉植物を育てました。荒れていく彼を見るのは、とても辛かったです。
ある日、彼はとうとう私に強く当たりました。俺の夢が叶えられないのも、暮らし向きが良くならないのも、すべてお前のせいだ、と。私はその言葉にカッとなって、給料としてもらっていた生きたしらすを、彼の口に突っ込みました。彼の口に、しらすを詰められるだけ詰め込みました。鼻にも詰めました。耳にも詰めました。彼の穴という穴に全部、しらすを詰めました。
しばらく彼はもがいていましたが、やがて動かなくなりました。
死んだのです。
私は、彼を殺したのです。しらすによる窒息死。しらすの踊り食わせ殺し、です。普通、踊り食いをするのはシロウオらしいのですが、私はしらすを食わせました・・・。
それから、私の逃亡生活が始まりました。一時の感情で、人を殺してしまった・・・。テレビをつけると、ワイドショーで、私のことが扱われていました。それはとても嬉しかったけれど、やはり殺したことについては、後悔し続けていました。キャスターのまばたきが、通常より少なかったことを覚えています。
毎日その日暮らしで、警察に追われて、逃げて隠れて・・・。それが今日まで続いています。
今日、ここで、懺悔をしようと決めたのは、おできができたからです。
おでき・・・。
そう、犬型のおできが、右腕にできたのです。
そのおできは、ベルトコンベアに乗っていたあの犬の形をしていました。そのおできは日に日に大きくなっていきました。そして、やがて感情を持ち始めました。おできが、私に向かって吠えるのです。それは私に対し、怒りや、恨みに近い感情を持っているらしいのです。
何となくですが、このおできは彼だと言う気がします。彼が私の右腕に、取り憑いたのではないでしょうか。何となく、そう思います。
そして、そのおできはついに、私の肉を、内側から食べ始めました。むしゃむしゃと、肉を食べていくのです。筋を切られ、右腕はもう動かなくなってしまいました。毎日、激しい痛みに苦しんでおります。私はどうすればいいのでしょうか、神父様。ああ、私が罪深いばかりに・・・。
彼は懺悔を終えると、ああああああ! と激しく叫んで、のたうちまわり、やがて、息絶えた。
神父は、彼のため祈り、墓を作ってあげた。神父は彼を棺に入れる時、ふと気づいた。右腕にあると言っていたおできがない。そして、神父は理解した。おできは彼の肉体を離れ、どこかで旅をしているのだ、と。
その犬の形をした肉は、岐阜に行き、焼きプリンのおこげを剥ぎ取って、築二十五年の家の床に敷き詰めているのだ、と。
懺悔室で懺悔する、懺悔することがある人 春雷 @syunrai3333
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