第38話『無茶ぶり(クロネ視点)』


 ――クロネ視点


「じゃあクロネさん、僕が色々とアドバイスするからさ。こいつら、全員倒してみようか!!」


「………………はい?」


 私に一振りの剣を押し付けながら、いきなりメチャクチャな事を言い出すビストロさん。

 私は訳も分からずただそう困惑するしかなかった。


 えっと。ビストロさんの言う『こいつら』って、もしかしなくてもジルト兄さま達ですよね?


 劣等生のクロネに勝てる相手じゃないんですけど……。



「ここでジルト君達を倒すのは裏方役の僕じゃない。そう――このイベントの主人公は君なんだ! クロネさん!!」


「はいぃぃ!?」


 やっぱりメチャクチャで、しかも今度は意味の分からない事を言い出すビストロさん。

 私はやっぱり困惑するしかなくて。


「さぁ、勇気をふり絞るんだクロネさん!!」


「え? えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」



 何を言ってるんですかビストロさん!?

 いきなりそんな事を言われても。




「ハッ。怖気おじけづいたかビストロ。無理もなかろうなぁ。イカサマ師である貴様が我らに適うはずもない。大方、この愚妹を騙し、そうして時間を稼がせて己だけ逃げるつもりなのだろう?」



 訳知り顔でそう推理するジルト兄さま。


 いえ、あの……違うと思いますよ、ジルト兄さま?

 ビストロさんとは短い付き合いですが、彼はそういう事が出来る人間ではないですし。

 現に今も――



「さぁクロネさん! まずは目をつぶろう! 自分の補助魔術に集中するんだ! その流れを感じるんだ! そこが無詠唱の入り口。それが出来ればきっと君のアムドは更なる高みに登れるはずなんだ!! 大丈夫大丈夫。クロネさんなら出来る! 絆とか、なんかそんな感じの力をここで発揮するんだ!!」

 


 なんか後ろですごく適当な事を言ってますし!!

 でも、本当に応援はしてくれているようで、ビストロさんはそこから逃げるそぶりすら見せていないようでした。



「クハハハハハハハハッ! お前は本当に笑わせせてくれるなぁビストロ。イカサマ師としての才覚だけでなく、道化師の才覚まであるのではないかぁ?」


「これから戦わせるクロネに目をつぶらせるッて……ジルト様ぁ。こいつ、完全にクロネを見捨てる気ですよぉ。キハハハハハ」


「補助魔術に集中だぁ? クク、ハハハハハハッ。馬鹿なんじゃねえかこいつ? んな使えねえクソ魔術をいくら使おうがこの状況は変わらねえだろうが」


「いえいえ。補助魔術を馬鹿にしすぎてはいけませんよ? 現にクロネさんの防御力向上魔術アムドは幾度となく役に立っているではありませんか」


「ハハハハハ。そいつぁ確かに言えてるなぁ! 雑魚に対する盾に使えるし、なによりイラついた時のサンドバッグにちょうどいいんだよなぁ」




 盛大に笑いだすジルト兄さま達。

 笑ってはいるけれど……やっぱり怖い。

 その威圧感はいつものように健在で、何度も何度も彼らになぶられた過去の記憶がどうしても蘇ってしまって――



「恐怖を乗り越えるんだクロネさん! 君の夢は一体なんだ!?」



 恐怖に身体を縮こまらせる私にビストロさんの声がかけられる。



(私の……夢?)



 そんなの、決まってる。

 私はお姉ちゃんを助けたい。

 あの時、私を助けてくれて、そして私の代わりに連れ去られたお姉ちゃんを助けたいの。


 それが私の夢。

 生きる意味。



「ずっとずっと怖がってるままじゃ何も変わらない! そうやって自分は弱いから弱いからと言い訳して……クロネさんはそれでいいのか!? 自分が嫌いな自分のままでいいのか!?」



「そん……なの……」


 そんなの、いい訳がない。

 私だってずっとこのままなんて、そんなの嫌だ。

 だけど――



「だから変わるなら今だ! 大丈夫! 自分を信じるんだクロネさん! 君のアムドは既に完成されている! 後はその流れを自覚するだけ。そうすれば僕みたいに二重三重に補助魔術を使う事が出来るはずなんだ!! たぶん!!」



(ああ、本当にもう。ビストロさんったら。適当な事ばかり言って……)





 でも、きっとそれは間違っていないんでしょう。

 私は今、ここで変わらないといけない。


 怖くて怖くて仕方ないけど、ここで勇気を出さなきゃずっとこのままなのは確か。

 なら――変わらなきゃ。



(自分を……信じる!!)



 ビストロさんが渡してくれた剣。

 それを握りながら、私は彼の言う通りに目を閉じる。



「クハハ。観念したようだなぁクロネ?」



 ジルト兄さま……。

 ゆっくりとこっちに迫ってきてる。

 目を開けなくても分かる。


 怖い……。



「恐怖を乗り越えるんだクロネさん! 魔術の基本は一に集中、二に集中だ! 今のアムド状態の流れを体で感じる。それだけに集中するんだ! それ以外は全部雑音!!!」



 そんな私にかけられるビストロさんのアドバイス。

 私はそれに懸命けんめいに従ってみる。



(自分の今の状態を体で感じる……それだけに集中する……)



 それ以外の事は今はどうでもいい。

 少し痛いくらい、今の私なら平気。

 そう信じて、私は自分の事に集中する。



(集中――――――――――――――――――――)



 今まで何度も使ってきた補助魔術『アムド』。

 その効果は防御力の向上。それだけ。

 使いすぎて今や反射的に使えるようにまでなった魔術。


 その感覚を………………掴む!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る