第36話『試してみよう』
「――解除」
パチンと指を鳴らし、ジルト君にかけていた思考クイックを解く。
「おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それと同時に、ジルト君が奇声を上げながらその場に膝をついた。
「「「「ジルト様!?」」」」
その場で倒れ、荒い息を吐いているジルト君にかけよる取り巻き達。
とはいえ、アレも当分の間は立ち上がってこないだろう。
「び、ビストロさん……今のは? まさか今のもクイックだって言うんじゃ……」
「もちろん今のもクイックの効果だよ。そもそも、僕はクイックしか使えないからね」
クイックしか使えないというより、最初からクイックしか使う気がなかったって言った方が正しいかもだけど。
「とはいえ、今のは本当に大した事はしてないよ。単にジルト君にかけてた思考クイックを解除しただけだし」
「……はい? えっと……解除した……だけ? えっと……それでどうしてジルト兄さまが倒れるような事に……」
「百重の思考クイックから解放されたから。簡単に言っちゃえば思考クイックってかけられた側は苦痛でしかないんだよ。世界がほぼ止まって見えて、自分の身体もロクに動かせないんだからね」
「それは……確かに苦痛ですね……」
「でしょ? しかもその状態でたった数秒が数時間にも数日にも、あるいは数年にも感じられるんだ」
「そ、想像するのも恐ろしいですね……」
冷や汗を流しているクロネさん。
いや、本当にその通り。
思考クイックって苦痛でしかないんだよね。
僕はそれをよく理解している。
なにしろ、僕も何度か思考クイックを自分に試してるからね!!
思考クイック中は動こうとしても身体はロクに動かず、変化のない世界の中で自分の思考だけが回り続ける。
もはやある種の拷問なのだ。
「とまぁ一例としてはこんな感じかな。どう? 分かってもらえたかいクロネさん? 補助魔術は確かに人気のない魔術なのかもしれない。でも、それだけだ。使いようによっては最強の魔術になるんだよ」
「補助魔術が……最強の魔術に……」
「そう。だから、後はクロネさん次第。クロネさんが強くなるためにどれだけ努力できるか。それがカギだ」
「私がどれだけ努力できるか……。でも、どういうふうに使えばなにも思いつかなくて……。私はビストロさんのと違って、固くなるアムドしか使えませんし……」
アムド。
防御力向上の補助魔術か。
僕も名称や効果は知ってるけど、実際に見た事はないんだよね。
「とりあえず、一回そのアムド、使ってみてくれない? 工夫をするのも大事だけど、それより大事なのは効果時間とか効力とかだからさ」
何事においても基本は大事だからね。
まずは現状のクロネさんがどの程度アムドを使いこなせているのか、見せてもらおう。
そう思ったのだけど……。
「えぇっと……もぅ使ってます」
「え? なんだって?」
「いえ。だからその……もうアムドは使ってます。さっきからずっと、自分にかけてます」
なん……だと?
もう使っている……だと?
「………………いつから?」
「へ? あ、その。ジルト兄さまに腕を捕まれる直前に。あ、でもビストロさんはその時居なかったから……。えとえと、今から十数分くらい前から――」
「あ、ああ。ごめん。大丈夫。それは見てたから分かってる。いや、その時に飛び出してないのはゴメンとしか言えないけど」
軽くそう謝る僕に「いえいえいえ。そもそも、私なんかを助けてくれて――」となにか言っているクロネさんだが、申し訳ないけど僕はそれどころじゃなかった。
クロネさんはあの時に使ったアムドを今も継続して自分にかけていたという。
それはつまり、さっきあれだけ取り乱していてもアムドの制御だけは失わなかったという事だ。
もしそれが事実なら。
クロネさんのアムドの習熟度は、無意識で扱えるレベルに達しているということに。
「ごめんクロネさん。アムド中の君の防御力を見せてもらいたい。ほんの少し軽く。叩いたりしていいかい?」
痛い事や苦しい事が嫌って言うクロネさんには辛い事だろうけど、僕は好奇心が抑えられなかった。
とはいえ、苦い顔はされるだろう。
そう思っていたのに。
「はい、分かりました。えっと、どうぞ」
平然と両手を広げてどこからでも来てくださいといわんばかりのクロネさん?
あれ? 予想してた反応と少し違うな。
ま、いいか。好都合だし。
「ありがとう。じゃぁ、いくよ」
「はい。あ、でも、気を付けてくださいね?」
「ああ、もちろん分かってるよ」
あまり強く叩いたりはしないつもりだ。
そのつもりで僕は軽いパンチをクロネさんの胴体めがけて打ち込む。
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