第35話『クイックの極致』
「クロネさん。君にその気があるならだけど、この手を取ってくれ。そうしたら、僕が君の力になる。僕が君を強くしてみせるよ。もちろん、相応の無茶はしてもらうけどね」
そう言って僕はクロネさんに手を差し伸べたまま、彼女の返答を待った。
僕としてはもう是が非でもクロネさんには強くなってもらいたい所だけど、こういうのは結局、本人のやる気次第だからね。
相応の無茶も覚悟出来ない人間を強くするなんて、僕には絶対に無理だし。
だから、僕は彼女の返事を待った。
でも、その時間は本当に一瞬で。
「――そんなの、迷うまでもありません」
その言葉の通り、迷うことなくクロネさんは僕の手を取った。
「こんな私でも本当に強くなれるなら、無茶でもなんでもしてみせます。だから……お願いします、ビストロさん。私に力をください」
「そうこなくちゃ」
契約成立。
これからは僕がクロネさんを鍛えよう。
それこそ、僕がリーズロット母さんにやらされた地獄の鍛錬メニューを施してあげないとねぇ!!
そうすれば現状のクロネさんが恐れてるジルト君なんかすぐに超えられるだろう。
楽しみだ!!
「ありがとうございます。でも……私の補助魔術なんて本当に固くなるだけですよ? そもそも、補助魔術なんて誰も使わない最弱の……」
「最弱? いいや、違う。まずそこから間違っているよ、クロネさん」
「え?」
「補助魔術は最弱の魔術じゃない。最強の魔術なんだ。いい機会だ。まずはそこから学んでもらおうかな」
さーて。
ちょうどジルト君が不意打ちのつもりなのか、剣を構えながらこっそり突っ込んできてるみたいだし、彼で試してやろう。
さぁ、見るがいい。
僕が目指す最強の光速クイック。
その過程で生まれたこのクイックを。
「――思考クイック。
僕の限界の重ね掛け。
僕の鍛錬の積み重ねの成果。
そんなクイックを……僕は向かってくるジルト君にかけた。
「っ………………!?」
「へ? ジルト兄さま?」
クイックをかけられ、その場で動きを止めるジルト君。
そんなクズ兄貴の姿にクロネさんも驚いているようだ。
「いいかいクロネさん。補助魔術には無限の可能性があるんだ。単に補助を重ねるだけでもそれだけ効力が増すし、鍛錬を続ければ補助魔術の効力そのものも上がる」
「無限の……可能性? それに重ねがけ……ですか? そもそも、今ビストロさんは何を……詠唱もしてませんでしたし……」
「あぁ、そこからだったか」
そういえばクロネさんは未だに魔術を扱うのに詠唱は必須と考えているんだったね。
「魔術ってさ。同じ魔術ばかり使ってたらその魔術に対する理解が深まるんだよ。そうしてある程度深まれば、詠唱なしで魔術を扱えるようになる。魔術を扱う時の感覚、分かるかな? アレを何度も経験をすれば感覚で魔術を扱えるようになるんだ」
「そうなんですか?」
「うん、そうなんだよ」
僕もそうやってクイックを無詠唱で使えるようになったからね。
リーズロット母さんも使い慣れた魔術は無詠唱で扱うし。
「そして、魔術っていうのはいくらでも応用がきくものなんだ。例えば闇と炎の魔術を合わせてなんでも焼き尽くす炎を作ったりとかね。そういうのは知ってるよね?」
「……えっと……知りませんけど……。そもそも、闇の魔術なんて高位の魔獣しか使えないんじゃ……」
「え?」
そうなの?
森の魔獣もバンバン闇の魔術は使ってたし、闇と炎の魔術を組み合わせるのは母さんが得意とする魔術の一つなんだけど……。
まぁ今はその事は置いておこう。
「――とにかく! 魔術っていうのは基本的に自由なんだ。それは当然、補助魔術にも言える。今、僕がジルト君にかけたクイックと同じようにね」
「クイック? でも、クイックは速度上昇の魔術……ですよね? でも、クイックをかけられたというジルト兄さまは動かなくて……。速度上昇するどころか相手を停止させるクイックなんて……」
「いいや? きちんと僕はジルト君の速度を上げてるよ? それもとてつもなくね」
「え? でも、実際ジルト兄さまは今も動いてなくて……」
「それも当然だろうね。なにせ僕はジルト君の身体能力における速度を上げたんじゃない。その思考速度だけを上げたんだから」
「思考速度だけ……ですか?」
思考クイック。
その名の通り、思考のみに限定して速度上昇させるクイックだ。
これをかけられた対象は身体速度はそのままで、思考速度のみ上昇する。
要するに、思考速度に肉体の速度が追いつかなくなるのだ。
すると、どうなるか。
その答えが今のジルト君の姿である。
「そ。思考速度だけ。しかもジルト君には僕の鍛錬に鍛錬を重ねた思考クイックを百重に掛けたからね。端的に言えばそうだな……考える速度だけがものすごく速くなったって所かな」
「考える速度だけが速くなって他はそのまま……。という事は、ジルト兄さまがああやって止まっているのは……」
「思考速度の速さに肉体が全く追いついてないからだね。今の超高速化されてるジルト君の目には、何もかもが止まって見えてるはずだよ」
身体を動かそうと頭で考えても、肉体の反応速度がまるで追いつかず、結果、動く事すらままならない。
そんな状態にジルト君は今なっているのだ。
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