第34話『いいじゃないか』


「ほぉう……………………え?」



 あなたみたいになりたいと叫ぶクロネさん。

 え? 僕?



「私はあなたみたいに強くなりたい! 強くて自由なあなたの事が私は妬ましくて、同時に狂おしいまでに羨ましいんです!!」



 ゆっくりと立ち上がるクロネさん。

 彼女は吐き出すようにして自分の想いをぶちまけていた。



「もう怖いのは嫌なんです! 苦しいのも嫌! 痛いのも嫌! でもなにより、そんな弱い自分が私は大嫌いなんです!!」



 怖いのが嫌なのは普通の事だ。

 同様に、苦しい事や痛い事が嫌なのも人間ならば当然の事。



 そもそも、きっとクロネさんは今までの人生で辛い思いばかりしていたんでしょう?

 なら、普通の人より理不尽な苦痛を体験しているであろう彼女にとって、それらに恐怖を憶えるのも無理のない事じゃないかと僕は思う。


 だけど、そんな弱い自分の事が大嫌いなのだとクロネさんは叫ぶ。



「私はお姉ちゃんを助けなきゃいけないのに、それなのに私はどうしようもなく弱いんですよ!! だから私はビストロさんみたいに強くなりたいんです!」



 お姉ちゃん。

 それはクロネさんの身代わりに連れ去られたという勇敢な友達の事だろう。


 そうか。

 その友達を助けたいと。

 その為に強くなりたいって事か。


 いいじゃないか!

 そういうの、すごく僕好みだよ!!


「でも私は弱くて、だから怖くなると体が震えて、それでもうダメなんですよ! だから私は強くなりたいんです! もう何も怖くなくなるように! ビストロさんみたいになんでも出来るようになって、それでお姉ちゃんを助けたいんです!! だから私はあなたみたいになりたくて、アーティファクトを奪ったんですよ!!」



「――そうか」



 弱いから、恐怖する。

 強ければ、恐怖を乗り越えられる。

 そして、強ければお姉さんを助けられる。



 そう思って。

 だから僕のアーティファクトとやらを奪ったのか。



「でも……ダメですよね。しょせん、私は弱虫なんです。弱くて、自分が大事で、勝手な理由で他の人の大事な物を奪って……。ジルト兄さまの言う通り。性根が腐ってるんですよ、私。私欲であなたが大切にしている物を奪って……そんなの、お姉ちゃんを連れ去ったあの憎い盗賊たちがやった事と大差ないとわかっていたはずなのに」



 弱いからこそ力が欲しくて。

 だから僕のアーティファクトとやらを奪って。

 それで力を得れば恐怖を乗り越えられると信じて。


 でも、それはくしくも自分が憎んだ盗賊たちがやっている事と同じだったと。

 なるほどね。



「クロネさん。君の言いたいことはよく分かった。そのうえで残酷な事を言おう。――――――君が僕みたいになるのは不可能だ」


「………………ふふっ」



 クロネさんはそんなの分かっているとただ鼻で笑うのみ。

 それに構わず僕は続ける。



「そもそも、僕の強さはアーティファクトによるものじゃない。これは純粋なる鍛錬の結果。

 僕はクイックに自分の人生を全てかけてきたんだ。速くなることに自分の全てを捧げてきたんだよ。そして当然、これからもそうするつもりだ。

 だから、今からクロネさんが僕の領域にたどり着くのは限りなく不可能に近いと言わざるを得ない」



 今の僕のようになろうとするなら、それこそ地獄のような鍛錬が必要だろう。

 それも長い期間の間の鍛錬だ。


 もっとも、それをやったとしても、一番伸びしろがある子供の頃から鍛えていた僕に追いつくのは、正直不可能に近いと思うんだよね。


 だから、クロネさんが僕のようになるのは不可能だと言わせてもらう。

 だけど――



「だからこそ、僕はクロネさんに違う方向での強さを示せる」


「え?」



 顔を上げるクロネさん。 

 そんな彼女に僕は手を差し伸べる。



「クロネさんは僕と同じ補助魔術の使い手だろう? なら、同じ系統の魔術を扱う僕ならきっと君を強くできる」


 お姉ちゃんとやらを助ける為、強くなりたいというクロネさん。


 なんともドラマチックでいいじゃないか。

 まったく。クズのお兄さんとは大違いだ。


 それに、同じ補助魔術の使い手同士っていう縁もあるしね。

 そういうのを色々ひっくるめて、僕は全力でクロネさんをサポートしてあげたいと思った。

 だから――


「クロネさん。君にその気があるならだけど、この手を取ってくれ。そうしたら、僕が君の力になる。僕が君を強くしてみせるよ。もちろん、相応の無茶はしてもらうけどね」



 そう言って手を伸ばしたまま。

 僕は彼女がこの手を取る事を願うのだった――

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