第31話『災厄-2(クロネ視点)』


 また裏切るのか?



 ジルト兄さまのその言葉を聞いて。


 私はアイテムポーチの中を漁るのも中断してしまって。

 そのまま身体の動きを止めてしまいました。



「また裏切る? どういう事ですジルト様?」


「む? あぁ、そうか。お前達にはコレを役立たずの義妹ぎまいとしか説明していなかったのだったか」



 ジルト兄さま?

 まさか……また?



「む? クロネさん、顔色が悪いですね。それも……くふっ。とてもいい表情カオですねぇ。痛めつけられているときの表情カオよりも素敵とは。ジルト様。その話、とても興味が湧いてきましたよぉっ!!」


「楽しそうだなぁオメェは。だが、俺も興味あるぜ。聞かせてくれますかいジルト様?」



 また……あの話をするの?

 嫌……やめて……。



「ああ、ぜひ聞いてくれたまえ。――まず、コレの本来の親はとうの昔にどこぞの盗賊の手によって死んでいる」



 やまて。ジルト兄さま。

 そんなに楽しそうにその話をしないで。

 もう……私にソレを思い出させないで。 



「それでその殺された親と友好関係にあったらしい父上が天涯孤独となったコレの事を哀れに思い、その縁でコレは私の義妹となった訳だが……クク、コレの親が殺された時の話というのがこれまた傑作でな」



 お願いします。

 それ以上……何も言わないで。



「こいつは自分の親が殺される瞬間、我が身可愛さにその場から逃げたのだ」



「あ……ああ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 止めて止めてやめて!!

 違う、違うの、違うんです!!

 しょうがなかったのっ。


 お父さんとお母さんがここは危ないから逃げろって私を逃がしてくれて。

 それで――




「ほほう。それはまた薄情な。とはいえ、それが裏切りですか?」


「だよな。それじゃあ裏切りとは呼べねえ。そもそも、それくらいの事でこんな面白れぇ反応になるか? 少し不可解に思えるぜ。って事はだ。まだなにかあるんじゃねぇのかい、ジルト様?」



「クク、察しの通り。それで終わりではない。コレは自分の親が殺されるという時に盗賊から逃げたのだが、その後すぐに他の盗賊に捕まったのだそうだ」




 そうだ。

 村に怖い人たちが来て。

 私はお父さんとお母さんに言われるがままに逃げて。

 でも、お父さんとお母さんの事が心配で。

 それでどうすればいいか分からなくなってるところを男の人が後ろから襲ってきて。それで――





「その時、コレは多少痛めつけられたようだ。だが、運の良い事にそこに救いの手が差し伸べられた。当時のコレの友人が助けに入ったのだ。その盗賊の不意を突き、殺害することによってな。そうして二人は逃げた」



 私は怖い男の人に押し倒されて。

 それが怖くて、嫌でたまらなくて、暴れた。

 すると怖い男の人は更に怖くなって。

 私を乱暴に殴り始めた。


 降りかかる拳の雨。

 だけど、その雨はすぐに止んで、代わりに血の雨が降って。

 怖い男の人は倒れて、当時私とよく遊んでくれていたが代わりに現れた。



 血を浴びたお姉ちゃんは「逃げるよっ!!」と私の手を引いてくれて。

 怖くて泣く事しか出来なかった私を全力で助けようとしてくれて――



「だが、幼い子供。それも女がそう簡単に逃げ切れるはずもない。ゆえに、二人は村の民家に隠れ潜んだ。盗賊たちをやり過ごそうとしたのだな。しかし、やがてそこにも盗賊の手が伸びる。そこで勇敢なコレの友人はある選択をしたのだ」


「ある選択……ですか?」


「早い話、盗賊たちと戦って生き延びようとしたのだ。コレを押し入れの中に隠してな」



 そうだ。

 お姉ちゃんは一人、戦う決意をして。

 でも、私はまた殴られるのが怖くて、ただ震えているだけで。

 そんな私をお姉ちゃんは抱きしめてくれて。

 そうして私を怖い人たちから隠してくれて。

 そして――



「勇敢な少女とはいえ、多勢に無勢。その少女は盗賊たちに対し、成すすべもなく捕まったそうだ」



 お姉ちゃんは呆気なく怖い人達に捕まって。

 助けなきゃと、私はそう思って。

 でも――






「そんな自分の恩人を前に、コレは押し入れの中でずっとただ見ているだけだったそうだ。

 諸君、信じられるか? 自分を救ってくれた、それも友人がなぶられているのをコレは声の一つも上げずにただジッと見ていたのだ」



「あ、ああ。あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 違う。

 違うの。

 今度は私がお姉ちゃんを助けなきゃと、あのとき私はそう思ったの。

 でも勇気が足りなくて。

 痛いのはもう嫌で、怖くて。怖くてなにもできなくて。

 それで身体が動かなくて。声も全く出せなくて。



「クク。それはそれは」


「くはは。そりゃ確かにひっでぇ話っすねぇ」


「ふふふ。ジルト様も人が悪い。そのような最高に面白い話、もっと早く我々にしてくれても良かったではありませんか」


「いやいや。タイミングとしては最高っしょ。見ろよこいつ。泣いてやがる。クク、そそるねぇ」



 違う。

 違う違う違う違う!!



「ちが……うの。私は……わた……しは――」


「何が違う? 何も違わないだろう!!!」


「ひっ――」



 私の髪を乱暴に掴み、凄むジルト兄さま。

 怖い。


 誰か……助けて。

 お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃ――



「その勇敢な少女はきっと、自分の事も助けて欲しかっただろうになぁ。その期待をクロネ、お前は裏切り、我が身可愛さに自分だけが生き延びたのだ。それが真実。何も違わない。貴様は恩人を裏切った人間として最底辺のクズなのだ。そこに異論など挟める余地などあるまい?」



「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 そうなのかな?

 ううん、きっとそう。


 お姉ちゃんはきっと、自分がそうしたように私が助けてくれる事を期待していた。

 でも、私は怖い目に遭いたくなくて。

 お姉ちゃんの期待を裏切って、自分だけ生き残ったんだ。



 なんて醜い。

 ジルト兄さまの言う通り。

 私は――――――人間として最底辺のクズなんだ。

 


「クク。どうやら身の程を弁えたらしいな。とはいえ、この兄に逆らったのだ。相応のしつけは必要だろう。さぁ、今回はどう料理してくれよう――」



 ああ、もうダメ。

 怖くて逆らう気力も湧かない。


 結局、私というクズの性根は変わらない。

 臆病で怖がりで痛いのが嫌で。

 どれだけ取り繕っても、他人よりも自分が大事で。


 アーティファクトの力を得ればもっと勇気を出せるかなと思ったけど、そんな事もなくて。

 もうこのままジルト兄さまの奴隷で居た方がいいんじゃないかなとも思えて。


 だって、こんな私じゃ為すべきことなんか為せない。

 私を庇い、連れ去られたお姉ちゃん。

 そんなお姉ちゃんを助け出す事が私の生きる意味。


 その想いは今も変わっていないけど、こんな臆病者の私にそんな事、できる訳がなくて。



 怖くて。

 でもお姉ちゃんを助けることは諦めきれなくて。


 もう何もかも諦めたくて。

 でも、お姉ちゃんにはまた遭いたくて。


 私は。

 私は――――――



「――――――クズはお前だろ。そっちが弁えろよ、ジルト君」



 突然聞こえたその声。

 それと同時に、ジルト兄さまの身体が真横に吹っ飛んだ。



「は? おばぁっ!?」



「「「「ジ、ジルト様!?」」」」



 ダンジョンの壁にめり込むくらい吹き飛ばされたジルト兄さま。

 私も、そして取り巻きの人たちも、いきなりの事に戸惑とまどっていて。


 


「探したよ、クロネさん」



 それは、恐れていた声。

 私が自分の事だけ考えて、裏切った人の声。

 でも、その人が私にかける声はとても優しげで。



「色々と複雑な事情があるみたいだから黙って見てたけど……ごめんね。つい手が出ちゃった」



「なん……で……」


 ああ……なんで……。

 なんで……そんなに温かい言葉を私なんかにかけてくれるんですか?


 お父さんとお母さんを見殺しにして。

 お姉ちゃんを見捨てて。

 果ては自分の意思で私はあなたを騙した。


 そんな私に、一体どうして。


 この身は罪にまみれ、救われる価値なんてどこにもないというのに。



「もう大丈夫」



 そんな言葉、かけてもらう価値なんか私にはないのに。


 どうして。




「助けに来たよ――クロネさん」



 そうして。

 私が心のどこかでずっと。ずっと誰かに言って欲しいと思っていたその言葉を。

 私を安心させるように微笑みながら。



 ビストロさんは、口にしてくれたのでした。

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