第30話『災厄(クロネ視点)』


 ――クロネ・スタンホープ視点



 ビストロさんから逃げる為、ダンジョンから脱出しようと走って。


 そうしてもうすぐダンジョンから抜け出せるというその瞬間、私はジルト兄さまのパーティーと出くわしてしまっていました。



「む?」


「ジルト様? どうかされましたか……って。あいつは……クロネ?」


「お? クロネじゃねえか。ははっ。こりゃツイてますねぇジルト様。盾が戻ってきましたよ」


「クロネ? あぁ、本当だ。クロネさんじゃないですかぁ。きひひひひ。今はお一人なんですかぁ? なにやら走っていた様子ですけど……なるほど。さすがはクロネさんと言うべきでしょうか。しっかり仕事はこなして来たみたいですねぇ。ふふふふふふ」


「相手が間抜けだっただけだろ。クロネなんかにしてやられるとはなぁ。その身体を使って釣りでもしたのかぁ? ギャハハハハハハハハハッ」



 ジルト兄さまとその取り巻きが私の存在に気づく。


 いけない、逃げないとっ!!



 私は走って来た道をそのまま引き返そうとします。

 けれど。



「おぉっと。クロネ、どこへ行こうと言うのかね?」



 そんな私よりも早く距離を詰めてくるジルト兄さま。


 その動きはこれまでずっと走っていてすっかり遅くなっていた私なんかよりも素早くて、すぐに私は捕まってしまった。



「あぁっ!」



 嫌だ。

 怖いっ!!

 そう思った瞬間。


『地よ。

 の者に重厚なる汝の力を与えたまえ。

 汝と共にただそこに在る事だけを我は望む』



 反射的に、私はいつものようにその詠唱を唱えていました。

 私が唯一使える魔術。

 それは――



『アムド!!』



 補助魔術、アムド。

 その効果は対象の防御力の向上。

 私が痛い思いをしたくなくて、怖いのが嫌で、最初に憶えてしまった魔術。


 ただそれだけの……つまらない魔術です。



「ククッ。さすがは我が愛する妹。役目を終えたばかりか、さっそく我らの盾となる準備も終えたか。そうだ、それでいい。貴様など、その程度の役にしか立たんのだからな」



 私の腕を強く掴んだジルト兄さまは凶悪な笑みを浮かべ、笑っていた。

 本来なら強く腕を掴まれた私は痛いと思う所なのだけど、アムドのおかげで全く痛くはありませんでした。


 けれど――



(嫌だ……怖い……)


 私は力を手に入れた。

 だから、もうジルト兄さま達に従う理由なんかない。

 そう分かってはいるのに、私は声の一つも上げることが出来なくて――



「それで? アーティファクトはどうした? 奴から奪ったのだろう?」



 何も言わない私にそう問いかけてくるジルト兄さま。

 その視線はすぐに私の持つアイテムポーチへと移って。



「これか」



 私の持つアイテムポーチへと手を伸ばしてくるジルト兄さま。

 ――ダメッ!!



「いやっ!!!」



 私はジルト兄さまの手を振り払い。

 その胸を思いっきり押しました。



「………………は?」



 私が抵抗するなど思いもしなかったのだろう。

 ジルト兄さまとその取り巻きの人たちは呆然としながら私を見ていて――


 かくいう私も、そこでさっさと逃げればいいのに。

 初めてジルト兄さまに逆らったのが怖くて。

 ただ嫌だと押しのけるだけで、その後に何をどうすればいいのかなんてすぐには判断出来なくて。


 そんな一瞬の空白の後。



「く……くく。ハーッハッハッハッハッハッハ。これは驚いた。この私にお前が反抗の意思を示すとは。どうやらまだ教育が足りていなかったようだな。クロネェェ」


「――ひっ」




 怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!



「ハハ。馬鹿な奴。大人しくジルト様に従っていれば良いものを」


「ジルト様ぁっ。俺もこいつ、痛めつけていいですかぁ? 色々とムカついてたからサンドバッグが欲しかったんですよぉ」


「まさかクロネさんが反抗するとは思いませんでしたよ。でも大丈夫。どれだけ傷ついても私だけはクロネさんを見捨てませんからね。どぅふふふふふふ」


「ハッハーッ。いいねいいねぇっ。面白くなってきたなぁオイ! そうだよなぁ。反抗する女を力づくで従順な女に仕立てるのが楽しいんだよなぁっ!!」



 ジルト兄さまの取り巻きの人たち。

 全員、貴族として大きな力を持っている家の子息。


 そんな人たちも当然、誰も私の味方なんてしてくれなくて。

 それどころか、ジルト兄さまに協力して私を痛めつけようとしていました。



(な、なんとか。なんとかしないと……そうだっ!!)


 

 震える手で私はアイテムポーチの中から次々と色んなものを取り出していきます。


 私が手に入れた力。

 アーティファクト。

 ビストロさんが使っていたと思われるアーティファクトを今こそ使わないとっ!!




 アイテムポーチの中はとてもゴチャゴチャとしていて。

 なんでこんなにあるのか、沢山の剣だったり、果てはよく分からない生物の死体なんて物もありました。



(違う、これじゃない。アーティファクト……どれ? きっと、隠せるくらい小さくて魔力を帯びている物。――ダメ。どれもこれも妙な魔力を帯びていてよく分からない!)



 よく分からない生物の死体も、沢山ある剣も、どれもこれも魔力を帯びていてどれがアーティファクトなのか分からない。

 決闘の時に隠れて使えるくらい小さな物だと思うけど、そういう物は見当たらない。



(ダメ、分からないっ!)


 そもそも、アーティファクトなんてどうすれば使えるのかも知らない。

 だから安全な場所でこのアイテムポーチを開いて、どれがアーティファクトなのか調べると共に使い方についても手探りでどうにかするつもりだったのに。


 なのに、こんな所でジルト兄さまと出会ってしまうなんて。

 なんで私はいつもこんなに不運なのか。

 そう運命を呪いたくなって。



「それにしても……お前は本当にクズだなぁ、クロネ。また裏切るのか?」



 ――――――ドクンッ。



 ジルト兄さまのその言葉を聞いて。 

 私は――



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