第32話『お約束』
僕からアイテムポーチを奪い、逃げたクロネさん。
当然、僕は急いで彼女を追いかけた。
けれど、ここはダンジョン。
いわゆる迷路だ。
その構造は複雑。
なので、僕は何度も何度も行き止まりに突きあたっては引き返してを繰り返した。
簡潔に言うと……僕はダンジョン内で思いっきり迷ったのだ。
もう途中からはヤケクソで『……そうだ! 壁に沿って走れば同じところをグルグル回らなくて済むんじゃないかな!?』って感じでダンジョン内を走り回ってたよね。
そうして迷っていたから、クロネさんに追いつけるか少し不安だった。
でも、僕は運よくクロネさんに追いつくことが出来たのだ!
そうして僕は『母さんから貰ったアイテムポーチを返せ!!』とクロネさんに詰め寄るつもりで居たんだけど、そこには既に先客が居た。
そいつはクロネさんの兄であるジルト君だった。
「ククッ。さすがは我が愛する妹。役目を終えたばかりか、さっそく我らの盾となる準備も終えたか。そうだ、それでいい。貴様など、その程度の役にしか立たんのだからな」
さっそくなんかムカツク事を言ってるジルト君。
しかし……役目ときたか。
それってもしかして、僕のアイテムポーチを奪った事だろうか?
少し気になる。
僕は彼らに気づかれていない事を幸いに、気配を殺してみんなの会話を盗み聞く事にした。
「それで? アーティファクトはどうした? 奴から奪ったのだろう?」
ニヤニヤと笑いながらクロネさんにそう訪ねるジルト君。
予想通りと言うべきか何というか……。
やっぱり、クロネさんが僕のアイテムポーチを奪ったのはジルト君の指示によるものだったらしい。
その為にジルト君は僕の所にクロネさんを送り込んできたというわけか。
おのれ……姑息な真似を!
そうしてジルト君はクロネさんの持つ僕のアイテムポーチへと手を伸ばした。
その瞬間、僕は駆けだそうと足に力を込める。
なにせ、そのアイテムポーチは僕のものだからね。
ジルト君なんかの手に渡るのは嫌だし、なんなら触れられたくもない。
なので、触れられる前に僕はジルト君をぶっ飛ばそうと思うのだ。
――けど、それよりも早く。
そのままジルト君へと僕のアイテムポーチを手渡すのだろうと思っていたクロネさんは。
「いやっ!!!」
そう叫んで。
クロネさんはジルト君を拒絶するかのように。
ジルト君の胸を押し、突き飛ばしていた。
「………………おや?」
おっと、思わず声を上げてしまった。
今の、向こうに聞こえてないよね?
少し不安になりながら様子をうかがうが……ジルト君もその取り巻き達も「………………は?」とかなり驚いていて、僕が上げた声に気づいた様子はない。
ふぅ、良かった。
(だけど……また妙な展開になってきたな)
ジルト君の命令に従い、僕の持つアイテムポーチを奪ったクロネさん。
なのに、その奪ったアイテムポーチをクロネさんはジルト君に渡さず、反抗の意思を見せた。
つまり……うん……。
えっと……どういうことだ?
クロネさんは今、ジルト君に逆らった訳で。
つまり、僕のアイテムポーチを奪ったのはクロネさんの意思って事になるのかな?
(うーん、よく分からん)
正直、状況がイマイチ呑み込めない。
だけどとりあえず、僕のアイテムポーチが今すぐどうこうなる事はなさそうだ。
とはいえ、ジルト君にアイテムポーチを触らせたくないというなら僕は今すぐにでもアイテムポーチを回収に向かった方がいいのだろう。
しかし――
(けど……このままどうなるか見てみたい気もするんだよね)
今までジルト君の言いなりだったらしいクロネさん。
それが今、遂に反抗の意思を見せたのだ。
物語で言えば一番盛り上がりそうな場面だよね。
次回、クロネの大反撃!! みたいな。
これがクロネさんが主人公の物語なら、まさに山場という場面だ。
(これ、クロネさんの人生における正念場ってやつだよね。他人の人生の中のそんな重要なシーンに立ち会う機会なんてそうそう無いだろうし、せっかくだから最期まで見てみたいよなぁ)
そもそも、部外者の僕がこの舞台を力任せに台無しにするっていうのも情緒がないしね。
なんて事を僕は考え。
結果、僕はこの後の展開をこっそり見守る事にした。
僕の大嫌いなジルト君にアイテムポーチを触られるのは
そうして僕は状況もよく分からないまま、両者の行く末を見守る。
クロネさん側の事情がイマイチ良く分からないけど、僕はジルト君の事が嫌いなのでとりあえずここはクロネさんを応援しておこう。
クロネさん頑張れ!!
そう僕はこっそり心の中で声援を送っていたのだけど。
「く……くく。ハーッハッハッハッハッハッハ。これは驚いた。この私にお前が犯行の意思を示すとは。どうやらまだ教育が足りていなかったようだな。クロネェェ」
「――ひっ」
思いっきり腰が引けてるクロネさん。
それを見た瞬間、僕は確信した。
(あ、これダメだ)
恐怖で身体が震えてしまっているクロネさん。
もう完全にジルト君に吞まれちゃってる。
ここから自力で逆転劇というのはいくらなんでも無茶があるだろう。
その後、クロネさんは何を思ったのか。
僕のアイテムポーチの中を漁り始めた。
そして、中身をそこらへんにポイポイ投げ始めたのだ。
(あーあー。そんなに無造作に取り出しちゃって。食料用に取っておいた森の魔物。母さんが父さんのプレゼントにと作った剣……の失敗作シリーズ。あぁっ、それは僕の着替え!! やめてやめて。洗濯の済んだ物を生ものと一緒に放り投げないで!!)
アイテムポーチの中にある何かを必死に探すクロネさん。
しかし、なかなかお目当ての物は見つからないようだ。
と、その時。
「それにしても……お前は本当にクズだなぁ、クロネ。また裏切るのか?」
そうジルト君が言った瞬間。
クロネさんの動きがピタリと止まった。
アレ、どうしたんだろう?
なんかクロネさんの様子がおかしい。
というか、ものすごく顔色が悪いんだけど? 大丈夫かな?
そうして僕が心配している間もジルト君とその取り巻き達はその醜い口から僕がムカツクようなセリフをペチャクチャペチャクチャ吐き出していて。
「ああ、ぜひ聞いてくれたまえ。――まず、コレの本来の親はとうの昔にどこぞの盗賊の手によって死んでいる」
そのままジルト君は取り巻き達の声に応えるかのようにしてクロネさんの過去語りを始めた。
当然、僕も気になるので視聴続行!
そんなジルト君の話によると。
まず、クロネさんの本来の親は盗賊に殺されてしまっているらしい。
その後、その殺されてしまった親御さんと何かしらの友好関係にあったジルト君の父親がクロネさんを引き取り。
そうしてクロネさんはジルト君の義理の妹となったのだとか。
道理で。
クロネさんてば、貴族の生まれにしては弱腰すぎだよなぁって思ってたんだよね。
そして。
クロネさんは自分の両親が盗賊に殺される瞬間、その場から逃げたんだそうだ。
だけど、当時子供だったクロネさんがそう簡単に盗賊たちから逃げ切れる訳もない。
そうしてクロネさんは村を襲っていた他の盗賊に捕まり、痛めつけられた。
けど、そんなピンチにクロネさんがの友達が駆けつけた。
その友達はとんでもなく優秀な子供なのか、クロネさんを痛めつけていた盗賊を不意を突いて殺したのだそうだ。
凄いね。
そうして二人は再び逃げたらしいんだけど、相手は複数。
簡単に逃げ切れる訳もない。
だから、二人は村の民家に隠れて盗賊たちをやり過ごそうとしたらしい。
子供ながらナイスな考えだね。
けど、それでもその民家に盗賊たちはやってきて。
クロネさんの友達というその優秀な子供は、クロネさんだけ押し入れの中に隠して自分は戦うという選択肢を取ったらしい。
英雄的行動だね。カッコイイ。
とはいえ、そんなカッコいいクロネさんの友達とやらは子供だし、そもそも一人じゃどうしようもない訳で。
盗賊たちに歯向かったはいいものの、為すすべなく捕まったらしい。
その一部始終をクロネさんは押し入れの中で見ていて。
「諸君、信じられるか? 自分を救ってくれた、それも友人が
そんなジルト君の過去語りでトラウマでも刺激されたのか、クロネさんは悲痛な叫び声を上げた。
(そっかー……。クロネさんにも色々と事情があったんだなぁ)
まさか過去にそんな目に遭っていただなんて。
なんか可哀そうに思えてくるな。
よし。
とりあえず、クロネさんが僕を騙してアイテムポーチを奪い取った件については許すとしよう。
相手は女の子だし。
それも過去にトラウマを負った女の子だしね。
なにより、今もクズ兄貴であるジルト君のせいで苦しんでるもんなぁ。
こんなの、許すしかないよね。
「ちが……うの。私は……わた……しは――」
「何が違う? 何も違わないだろう!!!」
「ひっ――」
僕がうんうんと一人で納得してる間も、ジルト君によるクロネさん虐めは続いていた。
「その勇敢な少女はきっと、自分の事も助けて欲しかっただろうになぁ。その期待をクロネ、お前は裏切り、我が身可愛さに自分だけが生き延びたのだ。それが真実。何も違わない。貴様は恩人を裏切った人間として最底辺のクズなのだ。そこに異論など挟める余地などあるまい?」
こいつ、頭がおかしいのか? としか思えない理論を展開するジルト君。
いや、その勇敢な少女様はきっと満足しているでしょうよ。
自分の友達を救えたんだからさ。
むしろそこでクロネさんが飛び出してたら色々と台無しになってるよ。
そんな事も分からないの? アホなの? 頭おかしいの?
「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それでもジルト君にクズクズと言われて傷ついたのか、聞いていて心が痛くなるような悲鳴を上げるクロネさん。
うん、もう見てられないや。
「クク。どうやら身の程を弁えたらしいな。とはいえ、この兄に逆らったのだ。相応の
上機嫌な様子でそう語るジルト君のその顔はとても醜悪で。
だから既に立ち上がり、駆けだしていた僕は思いきり拳を振りかぶり。
「――――――クズはお前だろ。そっちが弁えろよ、ジルト君」
思い切りジルト君の
その後「は? おばぁっ!?」なんて悲鳴や「「「「ジ、ジルト様!?」」」」とかいう雑音が聞こえてきたけど無視。
僕は座り込んでしまっているクロネさんの元へと駆け寄った。
「探したよ、クロネさん」
できるだけ安心させるように。
僕は穏やかな声でそう言った。
「色々と複雑な事情があるみたいだから黙って見てたけど……ごめんね。つい手が出ちゃった」
「なん……で……」
信じられないという目で僕の事を見るクロネさん。
なんでって……あぁ、そっか。
クロネさんからしてみれば、僕は味方してくれる訳がない存在なんだね。
なにせ、彼女は僕を騙してアイテムポーチを奪ったんだから。
だからこそ、どうして僕が助けに入ってきたのか理解できないんだろう。
(もっとも、そんなの僕にだってよくわかってないんだけどね)
もちろん、細々とした理由なら色々とあるんだよ?
ジルト君がムカついたからとか。
クロネさんが悲痛な声で泣いていて、見ていられなかったからとか。
(でもさ、そんなの今はどうでもいいじゃない)
「もう大丈夫」
女の子が泣いている。
その目の前に気に入らない奴が居る。
そして、その気に入らない奴は人間としてのクズときた。
なら、もう理由なんてなくてもいいじゃない。
だって、そんな
だからこそ。
「助けに来たよ――クロネさん」
僕はお約束の一言を、この劇のヒロインたる彼女に送った。
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