第28話『怖いから(クロネ視点)』


――クロネ・スタンホープ視点



「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ」



 走る。

 私は完全にその全容を把握済みのダンジョンから、一秒でも早く遠ざかろうと私たちが入ってきた入り口へと向かって走っていました。



「はぁっ……ふぅっ……はぁっ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 ここまで追ってくる事はないだろう。

 そう思うものの、私の足が止まる事はありません。



 それはなぜかと言うと――



(ごめんなさい……ごめんなさい!! あぁ……怖い……怖い……怖いっ!!)





 怒ったビストロさんが私の後を追い、そしてすぐに追いつかれるのが怖かった。

 罪を犯した自分自身が怖かった。

 ダンジョンの中、一人ぼっちなのが怖かった。



 そう。私はただ怖くて。

 だから一秒でも早く安心できるどこかに逃げたかったんです。


 そんな場所、この世のどこにもないって分かっているはずなのに――



「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ」



 ジルト兄さまに言われた通りにビストロさんを罠にめて。

 そして、ビストロさんからアーティファクト等が入っていると思われるアイテムポーチを奪い取った。



 中身をきちんと見ている暇なんてないから逃げているけど、この中にビストロさんの強さの秘密が隠されている。そうに違いないんです。




(これで私も……強くっ!!)



 もう、嫌なんです。


 弱い自分が嫌。


 全てのものに怯えて、ただジルト兄さまの道具である事に甘えている自分が嫌。




 ――それに、私にはやらなくちゃいけない事がある。




 だから私は強くなりたい。

 いや、違う。

 強くならなくちゃいけないんです!



 だから私はこのアーティファクトの力を借りて強くなる。

 それが例え借り物の力でも構わない。


 私は力を得て……そして、やり遂げるんです!!



「早く……はぁっ……逃げないとっ」



 ビストロさんが私に使ってくれたアーティファクトの効力はもう切れているみたいで。

 だから、私の速度は元に戻ってしまっていました。


 少し前まで凄い速度で自分が動いていたはずなのに、今はこんなにも遅い。

 それを嫌でも感じて、だからこそ私の早く逃げないとという気持ちは増すばかりでした。



 ――そんな私の脳裏にふとよぎるのは先ほど罠にかけたビストロさんの事。

 ダンジョンの中で少しの間だけ行動を共にした彼。



 端的に言って……彼は規格外の化け物でした。

  



 私がどれだけ罠のある地点に誘導しても速すぎて罠が作動しなかったり。

 魔物を一体も傷つけず、その全てを平然と追い返したり。


 そんな事が出来る彼に対して私は恐怖を憶えて。

 でも、それだけじゃなくて。


 何者にも縛られず、自由である彼の事が。

 

 心の奥底から妬ましくて、そして……羨ましかった。



「私も……あんなふうに……これで……でもっ……」



 力を得れば私はもうジルト兄さまの奴隷でいる必要なんかなくなる。

 そうすればきっと私も彼のように胸を張って、何者にも縛られず堂々と生きられる。


 だから、私はこのアーティファクトをジルト兄さまに渡すつもりなんてない。



 だから、これを盗んだのは私の意思。


 ジルト兄さまに言われたからじゃなく、私が私欲の為に盗んだんです。

 彼の大切な物を、私は自分勝手な理由で奪った。


 私から大切な人達を奪った、憎きあいつらのように。



「それでも私は……私はぁっ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 罪悪感に押しつぶされそうになりながらも私は足を止めませんでした。

 

 そのまま私は周囲の警戒なんてロクにせずに全速力で逃げて、逃げて。

 

 私は自分たちが入ってきたダンジョンの入り口を目指して走りました。

 そうしてようやくダンジョン入り口付近までたどり着くというその瞬間。



「はぁ……はぁ……もうすぐ……。――えっ!?」



 もうすぐダンジョンの外。少しは安全な場所に逃げきれる。

 そう思った矢先。



 私の目の前にはジルト兄さまのパーティーが待ち受けていました。



(どうして……まだこんな所に!?)



 ジルトにいさまは私たちよりも先にダンジョン内に入っていたはず。

 それなのになんでこんな入り口付近に……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る