第27話『罠』
クロネさんと進めるダンジョン探索。
それはとても順調に進んでいた。
地図を読むクロネさんが優秀なのか、行き止まりに出くわす事も、魔獣と遭遇することも一切なかったのだ。
地図を見て迷うことなく、的確に進むべき道を僕に教えてくれる。
邪魔してくるのはただの動物くらいのものだったね。
なんかグルグルとうなってる狼とか。
この世界の動物は人懐っこいのか、思いっきりすり寄ってきてちょっと邪魔だった。
とはいえ、ただの動物を排除するなんて少し気が引けるからね。
なので、僕は寄ってきた動物たちに対して殺気をばら撒いて近づいてこないようにしていた。
それでも寄ってくる動物たちに対してはその喉元に剣を押し当て、殺気をぶつけて追い払ってやったよ。
(それにしても……魔獣とは全然、出くわさないなぁ)
ダンジョン内には魔獣がうじゃうじゃ居ると思ってたけど、そういう訳じゃないのだろうか?
もしくは、やっぱりクロネさんがとてつもなく優秀で魔獣と出くわさない道だけを選んでるとか?
なんにせよ、ありがたい事だ。
魔獣との戦闘になったらどうしても時間がかかるしね。
こうして動物たちにじゃれつかれる程度で済むならそっちの方が断然いいだろう。
「ビストロさん。そこをゆっくり。ゆっくり。すごくゆっくり、慎重に右に曲がってください。そろそろ他のパーティーとぶつかるかもしれないので」
「他のパーティーと? 分かった、周辺の注意をしとくね」
後衛のクロネさんがそう指示をだしてくれる。
それにしてもクロネさん、慎重な性格なのかな?
そこまでゆっくりゆっくり連呼しなくても、僕だって知らない道なんだからきちんと警戒しながらゆっくり進むのに。
僕は周辺の警戒をしながらクイック状態でゆっくり進み――
「あ、あのあの。ごめんなさい。周辺の警戒は大丈夫です。なので、その……えっと……ぜ、前方の警戒だけお願いします」
「? 前方の警戒だけ?」
周辺の警戒は解いて良くて、でも前方の警戒だけはして欲しいらしい。
正直、よく分からない指示だ。
そもそも、僕は森での戦闘経験が長いからか、一方向にだけ警戒を強めるっていうのが正直苦手なんだよね。
森では全方向に対して警戒してなきゃいけなかったし。
ともあれ、僕が道案内はクロネさんに任せると決めたんだし、ここは言う通りに従おう。
「分かった」
少し難しいけど、前方にだけ注意を向けながらゆっくり進む。
慣れない事をしているからか、必要以上にゆっくりな動きになってしまい――
ガコッ――
「うおっと?」
踏み出した右足がガチっと何かを踏みぬき、僕はほんの少しだけバランスを崩してしまう。
おや?
今、明らかになにか変な物を踏んだような?
そう思うのも束の間。
「……ごめんなさい!!」
そう声を上げながら、背後から迫るクロネさんの気配。
早い。
さすが僕のクイックと言うべきか。
その補助を受けているクロネさんの動きは素早かった。
彼女は僕の体勢が不安定になっている中、僕のポケットの中に手を突っ込み。
「――本当に、ごめんなさい」
そうして目的を終えたのか、全速ダッシュだと言わんばかりに元来た道を戻っていった。
その後、僕は体勢を立て直して――
ゴゴッ――
「――うん?」
その時。
上から何か変な音が聞こえた。
そちらに目を向ければ、小さな魔法陣があって。
その魔法陣は今まさに光り輝いている最中で――
「――――――しまった! これ罠だ!!」
リーズロット母さんがたまに使う魔術トラップだ!
魔力を持つ対象が特定行動を起こした時、その場に自分が居なくても自動的に魔術を発動させる事が出来る罠。
あらかじめ魔法陣を仕込んでおいたりしなきゃいけないのが難点だけど、その場に居なくても勝手に魔獣を排除出来る優れモノ。
そんな物が今、僕の頭上で光を放っている。
「クイック。
二重から三重へとクイックをかけなおす。
その速度をもって僕は即座にその場から離れ――
その直後に、さっきまで僕が立っていた場所に炎の矢が突き刺さった。
「………………」
そのまま僕は新しく何か飛んでこないか警戒して……。
うん、大丈夫そうだ。なにかが飛んでくるような様子はないね。
僕はそれを確認して、ほっと息を吐く。
「――ふぅ。危ない危ない。もう少しで喰らっちゃう所だったかな?」
もっとも、喰らった所で問題なさそうな罠だったけどね。
魔術トラップなんだから、てっきり魔獣を即死させる事ができるくらいの一撃が雨あられと降り注いでくんじゃないかと思ってたけど、そういうのじゃないみたいだ。
「生徒達を驚かせる事が目的の罠なのかな? ホント、この学校の方針は優しいなぁ」
もっと死を予感させるくらいの罠を仕掛けてもいいと思うんだけどな。
まぁ、それはさておき。
「さて――ところでクロネさんはどうしたんだろう? いきなり逆走なんかしたりして」
なにか急用でも思い出したんだろうか?
いや、さすがにそれはないか。
そういえば、なぜか彼女、僕のポケットに手を突っ込んでたよね?
あれ、どういう意味なんだろう?
そんな事を考えながらポケットの中をごそごそと探して。
「――うん?」
あれ?
「……ない?」
ポケットの中に入れたはずのアイテムポーチ。
リーズロット母さんが入学祝いにくれアイテムポーチが……無い?
「無い……無い! 無い!!」
別のところに入れたかもと思って探し回るが、やはり見つからない。
どこかに落としたなんて事も考えられるけど、でも――
「もしかして……クロネさんに盗られた?」
あまり考えたくないけど、その可能性が現状では一番高いように思える。
このダンジョン探索中に僕はアイテムポーチを幾度か使っていて。
その様子はクロネさんも見ていたはずだ。
だから、僕がアイテムポーチを持っていた事。
それはクロネさんも知っていたと考えていい。
そして、アイテムポーチというのは市場にも
つまり、クロネさんにとって盗む価値は十分にある一品という訳だ!
「こうしちゃいられない!!」
僕はクロネさんの後を追ってダンジョンを逆走しはじめた。
このまま逆走したらジルト君との勝負、僕は負けてしまうかもしれない。
けど……構うもんか。
あのアイテムポーチはリーズロット母さんが僕に作ってくれたものなんだ。
それをお金なんかに変えられてたまるもんか!
「クソ……。なんでだよ、クロネさん!!」
今までジルト君達に酷い目に遭わされていたらしいクロネさん。
僕は今回のダンジョン探索で、彼女に自信を付けてもらいたい。ジルト君に目にもの見せてやれと内心応援してたんだ。
一緒のパーティーになったのも何かの縁だし。
だから誰よりも早くダンジョン最深部にある巻物を手に入れて、それで帰りはゆっくりクロネさんの長所を伸ばして強くなってもらおうと。そう思ってたんだ。
その為にクロネさんといっぱい話し合って、彼女が今の段階で何が出来るのか詳しく聞いて、それを元にダンジョンを探索してる間も彼女の為の戦い方とか、そういうのを色々と考えてたっていうのに。
それなのに。
「それなのに……どうしてっ!?」
そう悪態を吐きながら。
地図もないまま、僕は自分の記憶を頼りに入り口を目指して走るのだった――
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