第24話『蠢く邪悪(ジルト視点)』



 ジルト・スタンホープ視点



「クソッ!! なんなのだ奴は!? この私に対してあの暴言。いい気になりおってぇ!!」



 突然このヴェスタリカ騎士養成学校へと編入してきたビストロ。

 わざわざこの学校の校長であるサイロス校長が直に連れてきた平民。

 それはつまり、校長が平民でしかない奴の事をそれだけ重宝しているという証左である。

 


 それだけで私は奴の事が気に食わないと感じた。



 元々、奴が現れるまでこのヴェスタリカ騎士養成学校に編入生など居なかった。

 編入試験制度もあるにはあるのだが、それがとてつもなく高難易度なのだ。

 なので実質、この学校に編入制度などないという事になっていたのだが……。



「あのような平民がサイロス校長に認められ、しかも超難関と言われる編入試験に合格しただと? あり得ん。そんな事、あり得る訳がないだろう」



 そう決めつけて私は奴に決闘を申し込んだ。

 幸いと言うべきか、奴は自己紹介という最初のタイミングで騎士そのものを馬鹿にするような発言をしてくれた。


 それを理由に奴を糾弾し、そのまま決闘まで持っていくのは実に容易い事だった。


 そう。そこまでは何の問題もなく進んだのだ。

 なのに――――――



「奴め……次から次へと汚い手を使いおってぇ……。アーティファクトの力に頼りきりの平民風情がぁっ!!」



 アーティファクト。

 それはどのような製法で作られたかすら定かではない古代の遺物。

 使い手の意思に応じて炎を宿す剣や、全ての魔術を無力化する盾など。


 そんな現代の製法では再現不可能な不可思議な力を宿す物品がこれに該当する。


 どのような効果を持ったアーティファクトがこの世に現存しているのか、どれだけのアーティファクトがこの世にあるのか、それは定かにはなっていない。


 だが、とんでもない希少品である事だけは確かである。

 


 当然、そんな希少品をあのような平民が所持しているなど考えにくい。


 だが……あの決闘の時、奴はいきなり姿を消したのだ。

 呪文の詠唱を唱える事すらなく、いきなり奴は消えた。

 そしてそのまま奴は私の背後に回り、不遜にもこの身に一撃を与えてきたのである。



 そのような事、アーティファクトにでも頼らなければできる訳がない。



 なんと薄汚い平民なのだろうか。


 そうして怒り狂った私は近くにいる生徒から騎士剣を借りて構えながら、姿を消すのならば範囲魔術で一掃してやろうと詠唱を開始した。



 そんな私の行動に対して奴はまた消えた。

 その点に関しては別に驚きはしない。

 真の驚きはその後。

 いや、正確に言えば驚く間すらなかったのだが。





 奴が消えたその直後、私はとてつもない衝撃を受けたのだ。

 後から周りに聞いた話によれば、消えた奴はいきなり私の側面に現れ、その木刀を振るっていたそうだ。



 当然、そんな状態で詠唱を続ける事など不可能。

 私は成すすべなく薄汚い平民、ビストロに敗北した。




「――――――あんなものイカサマに決まっている! それをあの愚民どもめぇぇ。そんな事も分からんのかぁっ!!!」



 聞けば一部の者たちはビストロの事を相当な実力者と評価しているのだとか。

 しかも『決闘の時、彼はただ高速で移動していただけじゃないか』と奴を弁護するような声も上がっているようだ。


 馬鹿が。

 そんな事、あるわけがないだろう!!

 



「クソ!! 奴からアーティファクトさえ取り上げれば、もしくはアーティファクトを使用したという証拠さえつかめれば愚民どもに目にもの見せてやれるというのに。なぜこう何もかも上手くいかんのだっっ!!」



 あの決闘の後、私は奴のイカサマの証拠を掴もうと幾人もの刺客を送り込んだ。


 だが……現状その全てが返り討ちにあっている。

 刺客の中には腕利きの騎士も居たのだが、それすら関係なくやられているのだ。



「奴の持つアーティファクトはそれだけ強大な力を秘めているという事か……。もしくは複数のアーティファクトを所持しているのか? 透明化に転移に身体強化……クソッ! なぜそんなものがあのような平民の手にあるのだ!?」



 口惜くちおしい。

 アーティファクトのような希少な品、持つにふさわしいのはあのような下民ではなく、私のような正しき貴族であるべきだというのに。



「そうだ。そのような強力なアーティファクト、奴のような下民にはふさわしくない。強力な武器はそれに合う実力者。つまりは私のような優れた者が所持者となるべきなのだ!!」



 強力なアーティファクトの力は高貴なる私にこそふさわしい物。

 ゆえに、間違いは正さなければならない。




「――――――そうだ。これは天が私に与えた試練なのだ。あのような下民が希少なアーティファクトをぶら下げてノコノコと私の前に現れた。これが天意ではなくなんだと言う」


 あのような希少なアーティファクトを持った平民が私の前に現れるなど、普通はありえない事だ。

 しかし現実、奴は分不相応なアーティファクトをぶら下げて私の前に現れた。


 つまり……これは『奴からアーティファクトを奪い取りその力を己の物にせよ』という天からの啓示に他ならない!!



 ゆえに、奴のアーティファクトを奪う。

 既にその為の次なる策は実行している。



「ククッ。しっかりやれよ………………クロネ」



 私の義理の妹であるクロネ・スタンホープ。

 剣士としても魔術士としての見込みもない無能な女。

 ただ防御力が他者より優れているだけの、壁としてしか役立たない妹。



「だが、貴族として優れている私はそんな無能でも活用する事ができるのだ」



 アレでもクロネは女。

 そして、あの下賤げせんな平民ビストロは男だ。


 なればこそ、クロネならば奴の懐に入り込めるだろう。


 この私の命令に対し、忠実に従うクロネ。


 そのクロネに私は『ダンジョン探索中、ビストロの持つアーティファクトを奪え。殺しても構わん』と命じている。



「――もっとも、あの役立たずはそれでも失敗するかもしれんがね。なに、それはそれで問題あるまい。足手まといを抱えた奴に対し、我らのパーティーは精鋭五人。それに地の利は我らの側にあるのに加え、観客が居ないとあらばこちらもあらゆる手が使える。いかなアーティファクトを用いようと、我らにはかなうまい」



 ダンジョン探索中、教師陣の目は我ら生徒達から離れる。


 そして、ダンジョン探索中の事故などよくある事だ。


 今回のダンジョン探索の授業中、ビストロが死んだとしても本人の実力が足りなかっただけと判断され、奴を評価する愚鈍な輩も居なくなることだろう。


 既に我がクラスの教師にも話を通している事だしな。


 幸い、教師である彼も貴族派の人間であり、平民であるビストロが注目されているのが面白くないと感じていたらしい。

 ゆえに、何も問題はない。



「ク……クククククク」


 あの目障りなビストロさえ消してしまえば私の邪魔者は居なくなる。

 それに加え、ビストロを殺せば当然奴の持っているあの規格外なアーティファクトも私の物になるわけで。


 そうなればこの私に敵う者など居なくなる。

 騎士として遥かな高みに――いや、この私こそが最強の騎士となるのだ!!



「クククククク。ハーッハッハッハッハッハッハッハ――」



 ああ、その時が本当に待ち遠しい。

 準備は完全に整えている。

 後は待つだけ。


 午後に行われるダンジョン探索授業。

 私の人生の転換期ともなるであろうその時を、私は今か今かと待ちわびるのであった――

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