第23話『プロデュース計画』


 教室からジルト君が去り、後に残された僕とクロネさん。

 現在は昼休みであり、これが終わればすぐにくだんのダンジョン探索授業だ。


 ジルト君達に勝利するためにも、今すぐクロネさんと作戦を立てたり、後は……その……うん。とにかく準備するなら今しかないと思う!(具体的に何をすればいいのかはもちろん分かってないけど)



 そういう訳でさっそく作戦会議的な何かだ。


 とはいえ、僕とクロネさんは同じクラスで共に学ぶ仲間だけど、今まで一度も話したこともないという関係だ。

 まずは互いの自己紹介から始めるべきだろう。


 ――という訳で。



「――こほん。なんやかんやで次のダンジョン探索授業、同じパーティーになったわけだし自己紹介といこうか。もう知ってるかもだけど僕はビストロ。異国からこの国に来たばかり。将来は騎士になる事が夢の普通の男の子だよ」


「……クロネ・スタンホープです。よろしくお願いします」


 互いに自己紹介を終える。

 もちろん僕の自己紹介はまるっきり嘘なんだけど、サイロス校長とも約束したしこの設定を貫く(編入初日にやらかしてしまったから手遅れかもしれないけど)。



「じゃあクロネさん。早速だけど次のダンジョン探索授業、どうしようか? なにかこう動くべきとかだーとか、そういう案はある? 僕、ダンジョンっていうのがどういう物なのかよく分かってなくてさ」


「……えっと。私、どうしたいとか。そういうのは特にないです。わ、私、ビストロさんの言う通りに動きますので。あ、あまり役には立てないと思いますけど。よろしくお願いします!」


 これ以上ないくらいオドオドした様子でそう答えるクロネさん。

 いや、僕の言う通りに動くって……。


 この学校に来たばかりで。しかもダンジョンについて何も知らない僕にどう指示を出せって言うのだろうか。 


 というかこの子、ジルト君の妹って事はつまり貴族だよね? 偉い家の子供だよね?

 なのになんで貴族でもなんでもない僕に対してこんな態度なの?

 ジルト君みたいなのも困るけど、こうオドオドされっぱなしっていうのもやっぱり……困る。


「う、うん。こっちこそよろしく。とはいえ、さっきも言った通り僕はダンジョンについて何も知らないし、クロネさんがどんな事を得意としてる子なのかも分からないからさ。言う通りに動くと言われても困ると言うか……」


「ご、ごめんなさい!!!」


 こっちが困ると言った瞬間、間髪入れず頭を下げてきたクロネさん。

 いや、違う。そうじゃない。

 別に僕は謝って欲しい訳じゃないし、怒っている訳でもないんだ。


「だ、ダンジョンについては後で私が知っている限りの事を伝えます」


「うん、お願いね」


「それで、その。私の得意としてる事なんですけど……えぇっと……ジルト兄さまのパーティーでは、盾をやってました」



「盾? あぁ、盾役をやってたって事? つまり結界を張ったりとかの防御の魔術が得意だから守るのは任せて……と」




 リーズロット母さんが防御の時、よく使ってた魔術だ。

 クロネさんはそういうのを展開する事ができるのか。

 そう思ったんだけど、クロネさんは思い切り首を横に振る。


「いえいえいえ! あのあの、私が使える魔術は防御力向上の補助魔術だけなので……。そんな高度な結界の魔術みたいな物は使えないんです。ごめんなさい……」


「いやいや。そんな別に謝らなくていいってば……。でも、防御力向上の魔術か。それで盾っていう事はつまり――」


「えっと……はい。兄さまのパーティーでは私、自分自身の防御力を魔術によって上げて、それで魔獣達の攻撃から兄さま達をお守りとかしていました」



 ほうほう、なるほど。

 つまりは敵の注意を自分へと引き付け、敵から仲間を守る役目をこなしてた訳か。



「いわゆるタンク職ってやつか……。敵の攻撃を盾で防ぎきるみたいな」


 重要な役割だ。

 パーティーなら一人は欲しい存在。

 なんて事を考えていると。



「す、すみません。盾とか、そういうのは使ったことありません」


「……はい?」



 盾を使ったことが……ない?

 いやいやいやいやいや。



「じゃあどうやってタンク職をこなしてたのさ?」


「その。兄さま達の指示で私が魔獣の前に立たされたり。後、私を先頭に立たせる事で魔獣の攻撃を私に向けさせたり。そういうので魔獣の攻撃を私が受けてました」


「……それを盾なしで?」


「はい」


 この子、マジか。


「ジルト君達の指示で?」


「はい」


 ジルト君、マジか。


「普通にクロネさんが攻撃受けてたって事?」


「は、はい。えっと……ごめんなさい」


 オドオドとした様子で答えてくれるクロネさん。

 とても冗談を言っているようには見えない。


 つまり……クロネさんは今までジルト君のパーティーで盾も持たされないまま、素の状態で魔獣たちの攻撃をその身で受けきっていたって事です?


 それは……あの……えぇ……。


「ね、念のために聞きたいんだけどさ。クロネさんはジルト君のパーティーで自分から盾役を希望してたりとか?」


「い、いえ。でも、私、役立たずですから。本当に。盾くらいにしかなれなくて……」


 思いっきり自分を卑下するクロネさん。

 うん。これ、自分から盾役を希望してたわけじゃないね。

 単純にジルト君達から盾役を押し付けられただけと見るべきだろう。


 普通、良心の欠片でもあればそんな事、出来やしないと思う。

 けど、ジルト君やその取り巻き達ならそういうことを平気でやりそうだ。



「………………あんのやろぉどもぉ……」



 ついつい言葉遣いが荒くなってしまう。

 ジルト君め。自分の妹になんという仕打ちを。

 こんなの、もう完全にイジメじゃないか。




「え、えっと。私、何か気に障るような事を……。ご、ごめんなさい!」


 僕が怒っているのが伝わってしまったのか、また頭を下げるクロネさん。

 この短いやりとりの間にこの子、どれだけ謝っているのだろう?

 きっと、普段からこんな感じでジルト君達と居るんだろうな。


 そんな事を考えたらまたムカついてきた。

 とはいえ、それで悪態を吐いてもクロネさんを怯えさせるだけだしね。

 ここは怒りを抑えることにしよう。



「――こほん。ごめんね、なんか急に苛立っちゃって。別にクロネさんに対して怒ってるとかそういう訳じゃないからさ。だから……ほら。頭を上げて?」


「は、はい。すみません」



 またもや謝りながら、おそるおそるという感じで頭を上げてくれるクロネさん。

 よし。


「とりあえず、僕がクロネさんに盾役をお願いすることはないよ。そんな事、させたくないし」


「えぇ……と? それだと私、何の役にも立てないと思うんですけど……。いいんですか?」



 首をこてりと傾けるクロネさん。

 可愛らしい仕草だけど、相変わらず前髪が邪魔で口元あたりまでしか見えないから表情が読めない。

 それでも、本当に不思議そうにしている事くらいは伝わってきた。



「実際にクロネさんの働きを見てないからなんとも言えないけど、何の役にも立てないって事はないと思うんだけどなぁ」


「いえ。私は本当に――」


「まぁそれはそれとしてだよ。僕としても目の前の女の子にだけ痛い思いをさせるなんて嫌なんだ。だから、盾役なんてしなくていいよ」



 そう僕は自分を卑下するクロネさんに言い聞かせる。

 すると。


「そうですか――――――――よかった」



 そうすごく小さな声で、クロネさんは呟いた。

 この子としても、やっぱり盾役は嫌だったらしい。


 もっとも、誰が盾役……もとい肉壁役をやりたがるんだという話ではあるんだけどね。



「えっと。それじゃあどうしましょうか? あのあの、私、実は攻撃がすごく苦手で、魔術も防御の補助魔術以外ロクに使えないんです。痛いのを我慢しなくていいのは嬉しいんですけど、盾にされる事くらいしか私にはできなくて……」


「盾にされる事くらいしかできないって……。いや、いちいちツッコんでてもキリがないか」



 そもそもの話、この学校に通っている生徒はジルト君も含めみんなひよっこだ。

 みんながそんな状態なのに、自分は盾として運用されなければ役立たずだなんて評価を下すのは早すぎると僕は思うんだよね。


 とはいえ、クロネさんにその事を言っても分かってもらえないだろうからなぁ。

 とりあえずは何も言わないでおこう。




(クロネさん含め、ここに居る生徒達はまだ発展途上って段階な訳で。だから強いとか弱いとか、まだ判断出来る時期ですらないと思うんだよなぁ。……ん? 待てよ?)



 発展途上?

 それって悪い言い方をすれば『未熟』なんだけど、良い言い方をすれば『伸びしろがある』という事に他ならなくて。



(――なら、今のうちに自分に合った戦い方を模索するのがいいんじゃないかな?)


 うん、なんかちょっと面白そうだ。

 これも何かの縁だし、僕が全力で手助けしてあげようじゃないか。


 いわゆるクロネさん育成計画というやつだね。

 それでなにか得る物があれば、クロネさんにも少しは自信ってものが付くんじゃないかな?



(僕のようにどうしてもやりたい戦い方があるなら最初からその方面だけを伸ばす感じでもいいんだけど、クロネさんはそういうのなさそう……だよね?)


 彼女に足りないのはとにもかくにも自信な訳だし。

 自分はこういうことが出来るんだぞ。これだけは誰にも負けないんだぞという自信。


 そんな自信があれば、大抵のことはどうでもいいと割り切れるようになると僕は思うのだ。



「そうなるとクロネさんには色んな戦い方を試してみてもらうのが良さそうだね……。それでジルト君達の鼻を明かせばさぞ爽快そうかいだろうし」


 面白くなってきた!


 そういえばクロネさんはさっき、防御力向上の補助魔術が使えるとか言ってたよね。

 それをもっと上手く使えたりしないだろうか?

 僕のクイックも試行錯誤したり特訓しまくる事である程度使えるようになってきてる訳だし――


「えっと……ビストロさん?」


「――おっとごめん」



 クロネさんに声をかけられようやく我に帰る。

 どうやら考え込んでしまっていたようだ。



「い、いえ。考え事の邪魔をしてしまってごめんなさい。で、でもでも。時間も限られているので。その……私はどうすればいいでしょう?」


「どうすればって……ああ。ダンジョン探索授業でどういう感じに動けばいいかっていう話?」



「はい」


「そうだね……」



 僕はダンジョンについてあまりよく知らないからどう動くかについてはクロネさんに任せようと思ってたんだけど、この様子じゃ無理そうだしな。

 ここは僕が方針を決めるしかない……か。


 なので――



「とりあえずそれを決める前に……クロネさんに色々と聞きたい事があるんだけどいいかな?」


「は、はい!」


 その後。

 僕とクロネさんめちゃくちゃ話しあった――


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