第22話『その喧嘩、買おうじゃないか』


「おや? 君はまだパーティーを組んでいないのかね? インチキ野郎君?」


 別に呼んでもいないのに僕へと寄ってくるジルト君。

 そんな彼の姿を認めて、僕は内心ため息を吐いた。


(まーた来たのか……)


 人望があるのか、いつものように取り巻きを連れているジルト君。

 だけど僕の目にはそれが『取り巻きが居ないと怖くて仕方ない臆病者』のように見えてしまっていて滑稽こっけいだった。



「それはそうだろうなぁ。証拠こそないものの、君は神聖なる私との決闘でアーティファクトの使用という不正を行った。それではインチキ野郎と罵られて当然だ。そして、そんなインチキ野郎とパーティーを組みたいと言う物好きなど誰も居ないだろう」



 そんなジルト君の言葉に「その通り」と頷いたり「平民の分際でいい気になっているからだ、馬鹿め」と罵ってくる取り巻き君達。


 不正なんてしてないし、別にいい気になってもいないのだけど、どうせ言っても聞いてくれないのだろう。

 何を言っても無駄なのはすでに分かっているので、僕はジルト君達を無視した。



 その後も僕に色々と罵詈雑言を浴びせたりあざ笑ったりとしてくるジルト君達。

 それを僕はまるで何も聞こえていないかのように無視して。


(前から思ってたけど……手は出してこないんだよなぁ)


 一応、サイロス校長からはジルト君達の行為に我慢できなくなったら反撃していいとは言われている。


 殺しさえしなければ後の事はどうにかしてくれるそうだ。

 ちなみにその時、殺すのだけはやめてくれと懇願された。

 僕ってばそんなに危ない奴に見えているのだろうか?


 ――とはいえ、向こうが手を出してもいないのに僕が一方的にジルト君達をどうこうしたらきっとサイロス校長に多大な迷惑をかけてしまうだろう。


 なので、僕は我慢できないラインを『向こうが手を出して来たら』と自分の中で設定した。

 だから、もしジルト君達が僕に直接手を出してくるなら遠慮なく反撃するつもりだ。


(そのつもりで僕はいるんだけど……ジルト君達は僕に悪口やら嫌味やらは言ってくるものの、手は出してこないんだよね)


 この一か月の間、実力行使で僕に手を上げてきたのはジルト君とは関係のない人達だけだ。

 それは別のクラスの生徒だったり、学校外でいきなり襲ってきた謎の剣士だったりした。


 彼らは僕に決闘を申し込んだり、あるいはいきなり襲い掛かってきたりしたんだ。

 びっくりだよね。

 当然、僕は彼らを返り討ちにしてやったよ。



(しかし、彼らは一体何だったんだろう? 人望あるジルト君に触発されてインチキ野郎の僕を倒すべく正義の心で襲い掛かってきたのかな?)



 ジルト君達からの悪口を聞き流しつつ、僕はそんな事を考えていて。



「――とはいえインチキ野郎君。君がパーティーを組めず、ダンジョン探索の授業に参加出来なくなるのは私としても困るのだよ。なにせ、アレは実技点が多く入る授業でもあるからな。授業不参加により君が学校から退学……などという事になっては私としても面白くない」


「ふーん……」



 サイロス校長も僕の事情を把握しているだろうし、授業に参加できなかっただけで退学なんて事にはならないと思うんだけど……。

 そもそも、僕が退学になろうがジルト君達には関係ないのでは?



 そう不思議にも思ったのだが、すぐにその答えは帰ってきた。



「インチキ野郎君。君はもっと醜態しゅうたいをさらしながらこの学校から去るべきだ。度し難い事に一部の生徒や教師陣は君が真の実力者であり、イカサマなどしていないのではと考えているみたいでね。君にはそんな彼らの考えが塗り替えられるまでこの学校に在籍する義務がある」




 ………………いや、そんな義務はないよ!?

 そう声に出して叫びそうになったが、そうしたらまた話が長くなる事は目に見えていたのでぐっと下を向いて耐える。



 そんな僕の様子を見たジルト君は何を思ったのか。



「ククッ。恐ろしいか? だが、それも自業自得というものだ。己の力量もわきまえずイカサマをしてまでこの私に恥をかかせたのだからな。貴様は騎士としての誇りをけがした卑怯者として無様な余生を過ごす事になるだろう。くくく。ハハハハハハハハハ――」



 高笑いするジルト君。


 えぇっと……ジルト君?

 君は何か勘違いをしているんじゃないかい?


 僕は別に観念したとか怖いからで下を向いたわけじゃなくて、ただツッコミを抑える為に下を向いただけだったんだけど……。


 ………………。

 ま、まぁ訂正する意味もないし、勘違いしてもらったままでいいか。



 そうしてしばらくはジルト君の高笑いが響き――

 



「――おっと。話が逸れたな。そういう訳で君にはダンジョン探索の授業に参加してもらいたい。とはいえ、インチキ野郎君にパーティーの相方を見つける事など出来まい。そこでだ。この私が君の為にパーティーメンバーを用意してやった。感謝するがいい」



 いや、感謝するがいいって……。

 今の話を聞いた後でどう感謝しろと言うのだろう?

 


「来い、クロネ」


「――はい」



 言いながら指をパチンと鳴らすジルト君。

 するとジルト君の後ろから一人の女の子が前に出てきた。


 黒髪ロングの女の子。

 髪が非常に長い女の子で、そのつややかな黒髪は腰まで伸びている。


(この子は……誰だっけ? うちのクラスにこんな子、居たかな?)


 憶えてない。

 もっとも、見るからに暗そうな女の子だし、居たとしても僕が憶えていないだけかもしれない。

 

 なにせこの子、俯きがちな上、顔を前髪で隠してるからね。

 見えるのは口元や鼻までだ。

 顔立ちは整っているようにも見えるけど、これじゃ美人かどうかも判断できない。


「これは私の妹でね。いつもなら私のパーティーで雑用をやらせているのだが、今回のみ君に貸してあげよう」


「………………よろしくお願いします」



 ペコリと頭を下げてくるクロネさん。

 そんなクロネさんをジルト君や取り巻きの人たちは見下したような目で見て笑っていた。

 その様子を見て僕は思ったんだ。





(なんか……嫌な感じだな)




 具体的に何かを感じたとか。そういう訳じゃない。

 ただ、なんとなくジルト君達のその態度が気にいらなかった。




 別に僕がジルト君からの施しとやらを受け入れる理由なんて全くないんだ。

 仮に授業に出れなくてこの学校から退学なんて事になっても、僕は全く困らないからね。



(でも……それじゃ面白くないよな)



 事あるごとに僕に絡んでくるジルト君。

 そんな彼に対して、僕は苛立っていた。


 決闘で負ければ僕の事を受け入れるみたいな事を言っていたのに、いざ負けたら僕の事をインチキ野郎呼ばわりして受け入れようとしないその性根。


 負けたことが悔しいのは分かるけど、自分から言い出した約束を守らない彼はとてもカッコ悪くて、見ているとムカムカした。


 それに加えて今回はと言えば……。



(自分の妹を『これ』……だって? しかも僕に『貸す』? まるでこの子を物みたいに言うじゃないか……)


 それは些細ささいな言い方の問題なのかもしれない。

 けど、僕の目から見て、ジルト君達はクロネさんの事を物としてしか見ていないように見えたんだ。


 今も見下したような目でクロネさんを見てるしね。


 あれは一緒に戦った仲間に向ける目でも、ましてや妹に向けるような目でもない。

 そこらへんのごみにでも向けられるような。

 そんな腐ったような目を彼らはクロネさんに向けてる。



(いくら彼らがひよっこで物を知らないからって、これはないよね。本当に……気に入らないなぁ……)



 あぁ、気に入らない。

 だから――僕は彼らに向かって笑いかけた。



「ありがとう、ジルト君。そしてよろしくね、クロネさん。これで僕もダンジョン探索の授業に出ることが出来る」



 そう、これで僕はジルト君達の思惑通り、ダンジョン探索の授業に参加することが出来る。

 だから――



「――これで正々堂々、君たちのメンツってやつを叩き潰せるよ」



 そう言ってやるとジルト君達が固まった。


 確かに、ジルト君の思惑通り僕がダンジョン探索の授業中に何かしら大きな失敗をしたら僕のインチキ野郎疑惑はさらに深まるだろう。


 だけど、逆に僕がジルト君達を大きく上回るような成績を授業で叩き出したら?

 僕との決闘に負け、その上インチキ野郎インチキ野郎と周りに広めまくっていたジルト君達の立場は無くなるはずだ。




 そう。

 これはジルト君達が僕に対して喧嘩を売ってきたというだけの事。

 ならその喧嘩を僕が買わない理由は一切ない。



 なにより、喧嘩を売られてそれを買わないなんて。


(そんなの――――――カッコ悪いからね!!)




「ふんっ。強がりを言いおって。――おい、行くぞお前ら」



 そうしてジルト君は取り巻きを連れてどこかに退散していき。

 その後には僕とクロネさんが残ったのだった――


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