第10話『おいでませ。騎士養成学校』


 おはようございます、ビストロです。


 現在、僕は十六年という長い時間を過ごした我が家から離れています。

 今まで家とその周囲にある森でのみ過ごしてきた僕が初めて外の世界に出たんです。


 さて。そんな僕が今どこに居るのかと言うと――



「ここがヴェスタリカ騎士養成学校か……」



 この国ヴェスタリカを守る騎士を育てる為に設立されたというヴェスタリカ騎士養成学校。

 そんな学校の前に僕は今、立っていた。

 理由はもちろん、この学校に生徒として通う為だ。



 ――――――あれは数日前の事。




 僕は両親からいきなりこのヴェスタリカ騎士養成学校に通うようにと言われたのだ。





 ……以上。回想終わり!


 僕がここに居る理由はそれが全てである。

 なので、僕はこの学校に通わなければならない。


 そう。通わなければならないのだが……しかし……。


「……帰りたいなぁ」



 ぽつりと。

 僕は学校の前に着いてもまだそんな泣き言をこぼしていた。



 もうお分かりだと思うけど。

 僕はこの学校に通う事に賛成したからここに来た……訳ではない。


 そりゃそうだろう。


 だって、ここはこの国を守る騎士を育てる為の学校なんだから。


 この国を守るだとか。

 そんな事に僕が興味を持てるわけがないじゃないか。



 なにせ僕の夢は自分の速度を極限まで高めていつか光速という高みへと至る事なんだしね。



「こんな所で僕の夢は叶うんだろうか……。正直、すごく不安だ……」



 はぁ……。

 僕自身の夢を叶える為の環境として、あの森での生活はかなり気に入っていたんだけどなぁ。

 父さんとの剣術修行も楽しかったしね。

 母さんとの魔術修行も楽しかったし。


 あぁ、まだまだあの生活を続けていたいなぁ。

 そもそも、僕はその父さんや母さんにまだ一度も勝てていないもんなぁ。


 ほら。負けっぱなしなのって悔しいし、格好悪いじゃない?

 だから勝てるまで挑みたいって僕は思うんだよね。



 だから僕としては両親のもとで修業を続けたいところなんだけど。



「ヴェザール父さんはともかくリーズロット母さんがやたら他者と触れ合いなさいってうるさいんだよなぁ……」



 ヴェザール父さんに関しては別に僕が学校に通おうがどうしようが好きにすれば? って感じだったんだけど、リーズロット母さんのスタンスはいいから黙って学校通えというものだったんだよね。



 もし通う気がないなら僕にクイックの正反対魔術である遅延魔術スロウをかけ続けてやるとまで脅された。


 それだけは死んでもご免なので、僕は渋々こうしてヴェスタリカ騎士養成学校まで来た、というわけだ。

 とはいえ――――――



「来たはいいものの、これからどうしよう?」



 ヴェスタリカ騎士養成学校。

 その入り口である門は固く閉ざされていて、門の横には騎士っぽいおっさんが居る。

 ついでに言うとそのおっさんは僕の事をまるで不審人物でも見るかのような眼差しで見つめていた。


 どう見ても歓迎されていない。



「………………うーん、余計に帰りたい!!」



 あんな目で見られるなんて辛いし、帰りたい!

 帰ってまたあの家でひたすら剣術の修行とクイックの修行をしていたい!


「そうだ。いっその事、入学の為の試験を受けたけど僕の腕じゃ合格できなかったよとでも言おうか?」


 名案かもしれない。

 そうと決まれば話は早い。

 僕はくるっと回れ右して家に帰ろうとして……。



「……いや、待てよ? もし僕が嘘を吐いたってバレたら……」



 ピタって足を止めて。

 僕は嘘がばれた時の事を想像してみる。


 試験を受けずに帰って、入学できなかったよと嘘をついて。

 もし、それがばれたら……。



「ヴェザール父さんは偽りを口にするなど許されん事だとか言って僕の事を半殺しにしてきそうだし、リーズロット母さんに至っては笑いながら内心激怒して遅延魔術のスロウを僕にかけてくる気がするような……」


 ヴェザール父さんは極稀ごくまれにしか怒らないけど、いざ怒ったらいつも僕を死ぬような目に遭わせてくる。

 その怒りの対象が僕に向いていない夫婦喧嘩の時も、僕はその巻き添えで死にかけたからね。


 そして、そんなヴェザール父さんから生き延びたとしてもリーズロット母さんのスロウが待っている訳で……。


 リーズロット母さんの持つ魔力は膨大だからなぁ。

 母さんなら僕にスロウを一生かけ続けることなんて余裕だろう。


 笑いながら「自業自得でしょう?」と言ってくる姿が簡単にイメージ出来る。



 そうなると僕の速度は半永久的に遅くなる訳で。



「そんなのは嫌だ……。遅くなるのだけは……嫌だ!!」



 そんな最悪な未来をイメージして僕は震える。

 僕の速度が落ちる。

 それはつまり、光速に至りたいという僕の夢から確実に遠ざかるという事だ。


 そんなの耐えられる訳がない。

 そもそも、夢とかそんなの関係なく僕は自分自身が遅くなってしまう事が耐えられない。

 つまり――――――




「――――――結局、行くしかないんだよなぁ」



 帰りたいけど、帰るわけにはいかない。

 もう覚悟を決めるしかない。

 僕はヴェスタリカ騎士養成学校の門を叩き。



「……ごほん! あー。ちょっとそこの君、待ちなさい」



 そして、当然のように騎士っぽいおっさんに呼び止められた。



「君、ここの学生じゃないよね? 何の用でここに? ここは関係者以外立ち入り禁止だよ?」


「そうですか」



 そうか。

 関係者以外立ち入り禁止か。

 なら仕方ない。



「それじゃ、僕はこれで」


 よし、帰ろう。

 関係者以外立ち入り禁止なら仕方ないからね。


 ヴェスタリカ騎士養成学校には行ったけど、追い返されたと母さんには言おう。

 そうして僕はそのままヴェスタリカ騎士養成学校を後にして――



「待ってくれ」



 学校を後にしようとする僕の肩を掴む騎士さん。



「悪いけど君。身分証明書を出してくれるかな? 最近ここらは物騒だからね。念のために確認しておかないとね」


「身分証明書ですか……」



 さて、困った。

 何が困ったのかというと、身分証明書なんて僕は持っていない。

 身分を証明するものなんて何も持ってなんか……。



「――――――あ、そうだ」



 そういえばヴェザール父さんから手紙を預かってたな。

 確かこの学校に勤めてる誰かさんに渡すようにとか。

 確か宛名に誰宛てか書いてあったはず。



「えーっと……どこにしまったかな?」



 確かアレはアイテムポーチの中に入れたはず。

 ポケットから小さな袋ことアイテムポーチを取り出し、中を漁る。


 ちなみにこのアイテムポーチはリーズロット母さんが入学祝いにと僕に作ってくれたものだ。

 どんな仕組みか僕は知らないが、要は中に大量の荷物を入れることが出来る袋である。


 なんでも中にあるものは生ものだろうが基本的に腐らない仕様らしく、ここに来るまでの間も食料面なんかでかなり助かった。



「………………君。それは?」


「あぁ、すみませんね騎士さん。身分証明書とは少し違うんですけど渡したい物があるんですよ。なので少し待っててくれますか?」


「え? あぁ、うん?」


 うーん、このアイテムポーチ。僕はまだまだ扱いきれていない感があるな。

 特定の物を取り出すのにどうしても時間がかかってしまう。


 リーズロット母さんはもっと手際よく色んなものを取り出してたんだけどなぁ。

 もっとも、リーズロット母さんの場合はアイテムポーチ云々じゃなくて空中に異次元の層を作り出して、そこに手を突っ込んで中から食器やら何やらを取り出してるって話だったけど。




「お、あったあった」



 ヴェザール父さんが持たせてくれた手紙。

 宛名は……うん。きちんと書いてあるな。



「すいません。この手紙をサイロスさんって人に届けたいんですけど……。あれ? どうしました? なんか目が怖いですよ?」



 ふと騎士のオッサンの方を見るとなんだか血走った目でこっちを見ているような?



「身分証も出せないとは……。怪しいやつだ。君……いや、貴様のようなやつは絶対に通さん。大人しくそのアイテムポーチだけ置いて帰れ!!」


「………………へ!?」


 なんという事でしょう。

 騎士のオッサンはそう叫びながらその腰の騎士剣を躊躇ちゅうちょなく抜き。

 その切っ先を僕へと向けてきたのでした――

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る