第6話『クイックの修行』


 ――クイックの修行を始めて二年という時が経過した。



 修行開始のあの日以降、僕は欠かさずクイックの魔術を使うように心がけている。

 なぜなら。


『同じ魔術を使用すればするほど、発動はスムーズに行えるわ。要は筋トレと一緒よ。鍛えれば鍛えるほどその魔術はあなたの中で強化されていく。そして、それを繰り返せば詠唱すら要らなくなるし、魔術の効力も増すわ』



 そうリーズロット母さんが教えてくれたからだ。

 僕はそんなリーズロット母さんの教えに従い、毎日起きた瞬間から練る瞬間までひたすらクイックを使い続けている。


 リーズロット母さんのつけてくれるクイックの修行。

 それはとても過酷なものだった。


 魔力の使い過ぎで倒れてもすぐにリーズロット母さんに叩き起こされて。

 どれだけ身体がしんどくても気合いでクイックを発動するようにと強要されるという、そんな毎日。


 僕の魔力が完全に切れても母さんは僕へとかなりまずい薬を無理やり飲ませて魔力を回復させ、クイックを発動させ続けるようにと言うのだ。



 まさに地獄のような訓練の日々。

 いや、地獄なんて生ぬるいと思えるほど濃い訓練内容だった。


 だけど、僕は一度も音を上げなかった。

 むしろ、そこまでしてくれるリーズロット母さんに深く感謝した。


 なぜなら、僕にはどうしても諦められない夢があったからだ。



 そうして僕はクイックの魔術をすぐに詠唱なしで使えるようになり、徐々にその効果を実感できるようになれるくらい使いこなせるようになった。

 すると。



「――――――驚きだわ。まさか本当にここまでの効果を発揮するだなんて。補助魔術への考え方、見直すべきかもしれないわね」




 僕のクイックの成果に目を丸くするリーズロット母さん。

 リーズロット母さんにとっても僕のクイックがここまで進化するのは予想外だったらしい。



「――――――ねぇ、ビストロ。あなた、外に出たい?」


 唐突にリーズロット母さんがそんな事を聞いてきた。


「外? 森にはもう何度か入ってるよ?」



 余談だが、この家の周りには森しかない。

 ご近所さんとか、八百屋さんとか、そういうのが皆無なのである。

 この家はまさに秘境の地みたいな場所にあるらしい。

 そこに僕ら一家だけが住んでいる。


 なので、家の外に出るとは=森に入るという事なのである。



 ちなみに僕は一人で森の中に入る事を両親から固く禁じられている。

 なんでも森の中は危険がいっぱいで、僕一人で出歩くには少し厳しい環境らしい。


 なので、僕はリーズロット母さんやヴェザール父さんが付いてる時しか森には入っちゃいけないと言われているのだ。



「そういう意味じゃないわ。将来的に一人で森の中へ。さらにはその外へと出れるようになりたいか。それを問うているの」



「ああ……そういう」


 なるほど、そういう意味か。

 そう言えば僕は生まれてからずっと、この家とその周囲を囲っている森までしか行ったことがないな。


 この世界の事は本を読んである程度は知った気になってはいるけど、僕が直接この世界で見たものは極端に少ないんだよね。



「出たいか出たくないかで言えば……そうだね。一人で出かけられるようにはなりたいかな」


「そう。そうよね」


「うん。家の周りを走るだけじゃなんか味気ないしね。森の中を走るとき、毎回リーズロット母さんやヴェザール父さんに付き合ってもらってなんだか悪いなーと思ってたんだ」


 僕は加速の魔術だけじゃなく、普通の走り込みにも力を入れている。

 とはいえ、家の中で走り回る訳にもいかないからね。


 なので、基本的には家の周りをグルグル走り回っているのだが、そればかりだと味気ないので月に何回かは森の中に走り込みに出かけているのだ。


 その度、リーズロット母さんやヴェザール父さんに付き合ってもらっているのだけど……正直、わざわざ付き合ってもらって少し心苦しいと思っている。



「え? 私たちに悪いなーって……。ねぇビストロ。あなた、外の世界に興味はないの?」



 なんだか拍子抜けした様子で再びそんな事を聞いてくるリーズロット母さん。

 外の世界……か。

 そうだなぁ。うーん。



「そう……だね。興味はあるよ。でも、外に出たらリーズロット母さんの修行を受けられなくなっちゃうからね。だから今は外の世界なんかよりも自分を鍛える事に集中したい……かな」



 リーズロット母さんの修行を実践して、僕はずっと手ごたえを感じている。

 成長していると実感できているのだ。

 そんな今の環境をわざわざ手放したいとは思えない。



「そう――。でも、自分を鍛えたいとは思っているのよね?」


「それはもちろん」



 僕の速度はまだまだだ。

 だからこそ、僕は自分をもっともっと成長させたい。

 その為には特訓あるのみなのだ。


 そう考えていると。


「ならビストロ。あなた、剣術の修行をヴェザールにつけてもらったらどう?」




 不意にリーズロット母さんがそんな提案をしてきた。



「剣術の修行を……ヴェザール父さんに?」


「ええ。あなたからお願いすればヴェザールはきっとあなたに剣を教えてくれると思うわよ」



 ヴェザール父さんに剣術の修行をつけてもらう……か。

 もちろん、興味がないわけではない。

 けど――



「いや、やめとくよ。剣術よりもクイックの修行を優先したいからね」


 僕が極めたいのはあくまで速さだ。

 剣術とかにも興味はあるけど、それは速さの修行を置き去りにしてまでするものじゃないと思う。


 そう考えて僕はリーズロット母さんの提案を突っぱねたのだが。


「クイックを使いながら剣術の修行をすればいいじゃない。ビストロ、私はあなたがどんな状況下でクイックを使いたいのかは知らない。けど、なにかと並行して魔術を行使できない魔術師なんて半人前もいいところよ?」


「それは――」


 そう言われれば……確かにそうすればいいじゃんという気もしてくる。


 そもそも、僕が憧れた速さとはただ速いだけのものだっただろうか?

 ――――――いや、違う。そんなわけない。


 僕が憧れたのは高速で戦闘を行う忍者みたいな存在だったり。

 あるいは誰にも捕らえられないほどの速度で自由に駆け回る兄貴的存在だったり。


 

 そんな彼らにこそ、僕は憧れたのだ。

 ただ速く動く何かに憧れたわけじゃない。



「それにビストロ。私の見たところ。あなた、変な癖が出来つつあるわ」


「癖?」


「ええ。走るときの姿勢。それがどこか不格好よ」


「不格好!?」




 そんな事、初めて言われた。

 いや、そもそも僕にそんな事を言える人間なんてリーズロット母さんかヴェザール父さんしか居ない訳なんだけどね。


 なにはともあれ、走る形が不格好になってしまっているのは由々しき問題だ。

 だってそんなの、傍から見て格好悪いし、なにより変な姿勢で走ったら絶対に速度が落ちてしまうじゃないか!!


 そんな変な癖がついてしまっているなら、速めに矯正しないといけない。

 でも――


「ど、どうすれば――」


 恐ろしい事態についつい動揺してしまう。

 けれど、こんな時もリーズロット母さんは僕に道を示してくれた。


「それも含めてヴェザールに教えてもらえばいいじゃない。私じゃどこをどうすれば良いかなんて指摘できない。けれど、ヴェザールなら教えてくれるはずよ。彼、口下手で不器用だけれど真面目だから」



 リーズロット母さんのヴェザール父さん推しが止まらない。


 とはいえ、僕はリーズロット母さんの事を信頼している。

 そんな母さんの言う事だ。

 ここは言う通りにしてみよう。


「分かった。ヴェザール父さんが帰ってきたら頼んでみるよ」


「ええ。ぜひそうしなさい」



 リーズロット母さんがどこか嬉しそうにしながらうなずく。



(剣術の修行なんて……とも思う。けど、楽しみでもあるかな)



 ヴェザール父さんが元々、騎士だったというのは聞いている。

 でも、僕は父さんがどれだけ強いのかは知らないのだ。

 戦ってる姿も見た事ないしね。


 不安と期待を心中に抱えながら。

 僕はクイックの修行をしながら、ヴェザール父さんの帰りを待った。


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