第5話『夢は諦められないものだから』
僕が頼りにしていた加速の魔術であるクイック。
その効果は僕が思っていたものと違って、とても地味なものだった。
かけられた僕自身が速くなったと気づけないくらい微妙な強化具合だったのだ。
それでも。
僕はこの魔術に見切りを付けられなかった。
いつか光の速さに到達したい。
少しでもその頂へと近づきたい。
そんな僕の考えは変わらない。
変えるつもりもない。
でも、その為には肉体を鍛えるだけじゃ足りないんだ。
そのやり方はきっと前世で試して失敗しているから。
だから僕は魔術という未知の力に希望を見出したのだ。
それこそが僕が夢へと至るために必要な力だと信じて。
僕に残された唯一の希望。
それこそが加速の魔術であるクイックだったのだ。
でも……頼りにしていた加速の魔術クイックがこんなのじゃ到底その高みにはたどり着けない。
僕は一体、どうすれば……。
結局、僕はこの夢を諦めるしかないのか?
そもそも、光速に至りたいなんて。
そんなのは人間には過ぎた願いだったのか?
そう絶望しそうになる。
「――ふぅ。どうしてあなたがそこまで速さに拘るのかは分からないけど、手がないという訳ではないわよ?」
そんな中、リーズロット母さんは僕に希望の光を見せてくれた。
「え、本当?」
「ええ。さっきの加速の魔術だけれどね。アレを重ね掛けすれば速度が増したと実感できるようになる程度には速くなれると思うわ」
「重ね掛け? そんな事が出来るの?」
「ええ。可能よ。後はそうね……。加速の魔術を極める……とかかしら?」
「
「魔術は扱う術者によってその威力を変えるのよ。術者が発動に慣れた魔術であれば詠唱を破棄することも可能となるわ」
なるほど。
詠唱破棄の理屈はそれか。
つまり、慣れ親しんだ魔術じゃないと詠唱は破棄できないと。
だからさっきの初心者用の本には詠唱破棄について書かれてなかったのか。
初心者用の本を読むような人に慣れ親しんだ魔術なんて、そんなのあるわけがないからね。
「だから、さっきの加速の魔術だけを特化して鍛えればビストロが望むような速度を得られる……かもしれないわ」
「かもしれない?」
「なにせ前例がないもの。補助魔術を極めようだなんて。そんな事をする変わり者の魔術師なんて居ないでしょうしね」
人気のない補助魔術。
だからこそ、極めようとする人なんて居ないという事か。
前例がない。
誰もやったことがない。
仮に僕が加速の魔術を極めても、それは僕の期待するような物じゃないかもしれない。
それでも――
「誰もやったことがないからこそ、望みはある」
どうせ普通に肉体を鍛えるだけじゃ光速には至れないだろうし。
なら、その加速の魔術とやらに人生を捧げてみるのもいいかもしれない。
リーズロット母さんの説明によると、基本的に魔術というものは鍛錬をすればするほどその効力を上げていくものらしいしね。
例えば火を出す魔術の『フォイア』。
子供が使えば僕がさっきやったように指先にちょっとした火が出る程度らしいけど、これが火の系統を極めた魔術師なら丸ごと木を焼き尽くせるくらいの火を生み出せるのだとか。
つまり……僕も加速の魔術である『クイック』を極めれば誰よりも速くなれる……かもしれない!!
「母さん。僕はさっきの魔術……クイックを極めたい。そのためにはどうすればいいか、教えて欲しい!」
初めてのお願い。
そんな僕のお願いにリーズロット母さんは微笑みながら頷く。
「ええ。いいわよ。加速魔術のクイックを極めるとどうなるか。私にとっても興味深いテーマだしね」
快く引き受けてくれるリーズロット母さん。
よし。
これで僕は加速魔術のクイックをリーズロット母さんから学べる。
後は学ぶ側の僕次第だ。
――やってやる。
僕はこの世界で誰よりも加速魔術の『クイック』を極めてみせる。
そしていつか、必ず光の速さにたどり着いてやるんだ!!
そんな決意を僕は固める。
「さて、ビストロ。最初に聞いておくわ」
「なに?」
「私はあなたに優しく教えてあげた方がいいかしら? それとも――あなたの無謀な挑戦を少しでも形にするべく、厳しく教えた方がいいかしら?」
妖しげに微笑みながらそう訊ねてくるリーズロット母さん。
無謀な挑戦、そう言われるのも仕方のない事だろう。
でも、リーズロット母さんは無理だから諦めろとは言わなかった。
その事が少し嬉しい。
――そして当然、僕の答えは決まっている。
「厳しく教えて欲しい」
即答する。
「いいの? とても辛いし、途中でやめられるものでもないわよ? 泣いて後悔する事になるかもしれないわ」
再度確認してくるリーズロット母さん。
でも、なんど訊ねられても僕の答えは変わらない。
「どれだけ痛くても辛くても我慢する。子供だからって情けも容赦も要らない。厳しく教えて欲しい。それくらいじゃないと僕の夢はきっと叶わないから」
生易しい修行で至れるほど僕の夢は甘くない。
そもそも、どれだけ頑張っても光速には届かないのかもしれない。
でも、僕は――
「僕は――本気で光の速さを目指しているんだ!」
それが僕の夢。
それだけが僕の夢。
だからこそ、その夢の為なら僕はどんなことでもしてみせる。
そんな僕の確固たる想いが伝わったのか。
リーズロット母さんはそれ以上何も言わなかった。
そうして僕はこの日からリーズロット母さんは指導の下、加速の魔術である『クイック』を極めるべく修行に取り組んだのだった――
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