第4話『クイックは地味な魔術?』


「なるほど……これが魔術か」



 初めて使った魔術。

 それはなんというか、今まで使ってこなかった回路が無理やり開かれたような。

 そんな感覚を覚えた。


 そんな僕の初めての魔術を見たリーズロット母さんが。


「………………ふぅん、なるほど。さすが、私の子供というべきかしら」


「え? なに?」


 魔術を使った直後で少し気だるい感じがしていたというのもあり、リーズロット母さんが何を言ったのか聞き取れなかった。


「――いえ、なんでもないわ。それよりビストロ。あなた、求めている魔術があると。そう言っていたわよね?」


「言ったね」


「それは一体、どんな魔術なのかしら? 私に教えてくれない? とても興味があるわ」



 僕の求める魔術について興味津々な様子のリーズロット母さん。

 そういえばまだ言ってなかったね。

 特に隠すべき事でもないので、僕は素直に自分が求めている魔術について話す事にした。


「僕が求めているのは自分の素早さを上げる魔術だよ」


「素早さを上げる魔術?」


「うん。それを使って僕はいつか光の速さに到達したいんだ」


 僕の目的は光速へと至る事。

 目的は本当にそれのみであり、それ以外の事には基本的に興味がないのだ。


「ひかりの……速さ? それはつまり、光速で動き回れるようになりたいと。そういう事なのかしら?」


「うん」


 理解が速くて助かる。

 けど、リーズロット母さんは難しそうな顔をして。



「それは……また無謀な試みね」



 僕よりも多くの魔術を知っているはずのリーズロット母さん。

 そんな母さんから見ても、光速というのは実現不可能であるように映るらしい。



「リーズロット母さんはそういう魔術についてなにか知らない?」


「知らないというより、この世に存在しないわね」




 知らないとかの問題ですらなく、この世に存在しないと言い切るリーズロット母さん。

 確信すらあるようで、僕はその言葉を疑う気にはなれなかった。



「そっか……」


 残念だ。

 そう肩を落とす僕だが、まだリーズロット母さんの話には続きがあった。



「人間が光速で動けるようになれる魔術なんて存在しないわ。けれど、加速の魔術ならある。補助魔術というとても不人気な分野に属する魔術だけれどね」


「え? そんな魔術があるの!?」


「ええ。もし良ければ教えてあげましょうか?」


 迷うまでもない。

 僕は頭を下げて「お願いします!」と頼みこんだ。



「ふふ。ビストロのそんなに嬉しそうな顔、初めて見たわね。けど、いいの? 補助魔術なんてそんなに華々しいものじゃないわよ? 例えば――」



 そう言ってリーズロット母さんが呪文の詠唱を始める。


『風よ。

 の者に疾風のごとき汝の力を与えたまえ。

 汝と共にこの世界を駆けぬける翼を我は望む』

 


 そんな詠唱を唱えて。



の者に更なる速さを……クイック」



 そう言ってリーズロット母さんの手が僕の背中に触れる。



 おぉ、おぉぉぉぉぉぉぉぉ。

 これが加速の魔術か。

 これで僕は普段以上に速く動くことができるようになったわけだ!



 嬉しくなった僕は母さんに「ありがとう!!」と心よりの感謝の言葉を口にして、走り出した。

 家を飛び出て、僕は家の外を囲っている森の中を駆け回る。



 いつも以上の速さ。

 体が軽い。

 どこまでも走っていけるような。

 そんな全能感が――――――














「――ぜはー、ぜはー、ぜはー」


 ――――――まるでなかった。

 気持ちが高揚して体が軽くなったように感じられただけで、実際は特に変わりなかったような気がする。

 体力にも変化はなく、少し全力ダッシュしただけで息切れをおこしてしまった。



 この加速の魔術……正直、思っていたのとなにか違うような?

 そもそも、本当に僕の速度は上がっているのだろうか?

 あんまり実感が湧かないような……。



「もう。ダメじゃない、ビストロ」



 ポコンと。

 僕はいつの間にか背後に立っていたリーズロット母さんから軽く頭を叩かれた。



「り、リーズロット母さん?」


「私やヴェザールの許可なく森に入ってはダメと言っておいたでしょう? この森は少し危ないのだから」



 息も切らさずそう注意してくるリーズロット母さん。

 そのまま母さんは呆れた様子をみせながら指をパチンと鳴らす。

 すると………………視界が切り替わった。



「え? あれ。ここは――」


 見覚えのある部屋の中に僕とリーズロット母さんは居た。

 いや、見覚えがあるもなにもここは――


「家の……中?」


「ええ、そうよ。いつまでも森の中だなんて危ないもの。だから強制的に転移させてもらったわ」



 あっさりそう言ってのけるリーズロット母さん

 転移魔術だなんて、すごく難しそうな魔術に聞こえるけど、そうじゃないのだろうか?

 少し気になる。


 気にはなるが、それは今は置いておこう。

 それよりも――



「ねえ、母さん。さっき僕に加速の魔術を使ってくれた……んだよね?」



 まず、第一にそれが気になるので聞いてみる。

 そんな僕の確認にリーズロット母さんは頷く。


「ええ、そうよ。あれが加速の魔術であるクイック。あれでビストロの速度は一時的に上昇したわ。そして、その効果は今も続いているはずよ」



 やっぱり、さっき母さんが僕にかけてくれた魔術は加速の魔術で間違いないらしい。

 けど――



「それで? どうだったかしら? ――なんて、聞くまでもないわね。あまり効果を実感できなかった。そう思っているのでしょう?」


「う、うん……」


「だから言ったでしょう? クイックに限らず、補助魔術は基本的に地味なのよ」




 リーズロット母さんの言う通り。

 さっきのが加速の魔術なのだとすれば、あまりにも地味だ。

 実際に補助魔術を受けたはずの僕だけど、速度が上がったような実感はなかったし。

 つまり、誤差レベルの範囲でしか上昇しない訳だ。


 そりゃ人気が出るわけないよね。

 だって、補助魔術を使っても使わなくても対して変わらないように思えるんだもの。


 詠唱までしてこんな補助魔術を使うくらいなら、それこそ派手な火の玉を相手にぶつけたり氷の槍を相手にぶつけたりする方を選ぶに決まってる。



 でも――

 僕はそれでも――



「それでも僕は……少しでも速くなりたい」


 僕はこの魔術に見切りを付けられなかった。

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