第3話『はじめての魔術理論』


 ――それから更に五年後


 僕ことビストロは六歳になった。

 この年になればある程度は文字も読めるようになり、僕は毎日のようにリーズロット母さんから本を借りて読んでいた。

 今も絶賛読書中である。



 そんな僕の姿をリーズロット母さんとヴェザール父さんは遠くから見守っていて――――――

 


「……へぇ。さすが私の子供ね。なかなか優秀じゃない。将来は魔術師かしら」


「ビストロが望むのならそれもいいだろう」


「あら、意外ね」


「――なにがだ?」


「あなたは自分の剣術を我が子に継がせたいと。そう思っているものとばかり思っていたわ」


「……ビストロが興味を持つのならばいくらでも教えてやるがな。無理強いはせん」


「ふぅん」


「そもそも、我の剣術は戦場にて生まれた殺人剣だ。人を殺す事だけに特化した剣。そんなものを子に継がせる訳にもいくまい」


「それは……そうね。そうかもしれない」


「リーズロットよ。お前がビストロを魔術師にしたいと言うのならばそれも良いだろう。このような時代であるしな。自衛の手段は持つべきであろう。だが、くれぐれも――」


「分かっているわヴェザール。あの子には私のようになって欲しくない。魔術師として育てる時が来たとしても、表の術しか教える気はないわ」


「――分かっているのならば、い」





 僕は読んでいる本から少しだけ目を離し、一瞬話している二人へと目を向ける。

 そこではリーズロット母さんとヴェザール父さんが難しい顔をしながら話していた。


 僕の名前が出ていた気もするけど、はて?

 正直、本を読むのに夢中できちんと聞いていなかった。



(まぁ、いっか)



 少し気になったけど、きっと大したことではないだろうと僕は読書を続行することにした。


 その後、ヴェザール父さんはどこかに出かけていき。

 リーズロット母さんはまだ読書中の僕を少し遠くから見守っていた、


 僕の面倒を見ながら、僕がいま読んでいる本よりも数段難しそうな本を読んでいるリーズロット母さん。

 前にこっそり母さんが読んでいる本を読もうとしてみたけど、内容があまりにも難しすぎて、読み始めてすぐに頭が痛くなって吐き気やらめまいがしたので読むのを断念したっけ。


 魔術について書かれてある本みたいだったから気合いを入れて読もうとしたのだけど、それでも最初の数ページしか読めなかった。

 きっと、アレが魔導書というやつなのだろう。


 いつか僕もあんな魔導書が読めるようになりたいものだ。


 そんな事を考えつつ僕は一冊の本を読み終え、また新しい本をリーズロット母さんに貸してほしいと言う。

 するとリーズロット母さんは「――そろそろ頃合いかもしれないわね」と小さく呟きながら書棚の中段辺りから本を取りだし、僕に渡してきた。



 それはこの世界で僕が今まで読んできた本より数段難しそうな本だった。

 タイトルは……『はじめての魔術概論』?



(お。おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ)

 


 これだ。

 これこそが僕の求めていたものだ。

 僕はさっそく本を読み進めた。



(えーっと? まず、魔術とは自らの内に流れる魔力を練り、奇跡を起こすじゅつである……と)


 うん、まぁ定番だね。


(そして魔術を使用する為にはまず体の内に流れる魔力を練りあげ、そうしながら決められた詠唱を唱えなければならない……と。………………詠唱?)



 詠唱って……アレか。

 長ったらしい呪文を延々と呟くアレか。

 そういえばリーズロット母さんも修復魔術を使うとき、なにかぶつぶつと呟いてたっけ。



(でも、おかしいな)



 僕は生まれてきてからこれまでの間、リーズロット母さんが魔術を扱う現場を何度も見てきた。

 だけどその時、リーズロット母さんは常に詠唱していたか?


 ――いや、詠唱せずに魔術を使ってたこともあったはずだ。

 と言うより、詠唱なしで魔術を扱う事の方が多かった気がする。



(けど、本には詠唱が必須みたいに書かれてる。これは一体?)



 まぁ、まだ読み終わったわけでもないし、例外もあるって事かもしれない。

 とりあえずは最後まで読んでみることにしよう。













 ――――――そうして最後まで読んで。

 僕はパタンと読み終わった本を閉じた。



「うーん………………」



 なんというか……期待していたような内容じゃなかった。

 最後のページにはいくつか初級の魔術の詠唱文も載っていたし、少しワクワクさせられたけど、それだけだ。


 結局リーズロット母さんがやっているような詠唱なしの魔術についてなんかどこにも載っていなかったし、なにより加速とか身体能力強化の魔術については一言も書かれていなかった。


 炎を出したり氷を生み出したりする魔術の紹介だったり、その詠唱文なんかは学べたけど。


「そうじゃないんだよなぁ」 



 炎を出したり雷を落としたり、そういう事に興味がないのかと問われれば僕は「ある」と答えるけど、真に求めているのはそれじゃないんだ。


 僕が求めているのは一貫して自分が速くなるための方法。

 光の速さである光速へと至る、もしくはその速度に少しでも近づく方法。

 それだけなのだ。


 なので、こんな炎だったり氷だったりを生み出す魔術なんて求めていないのである。


「浮かない顔ね、ビストロ。さすがにその本はまだあなたには難しかったかしら?」


 そうして僕が不満げな顔をしていると、様子をうかがっていたのかリーズロット母さんが話しかけてきた。


 僕はほんの少しだけ考え、素直に感じた事を母さんに話すことにした。



「いや、本の内容についてはきちんと理解できたよ。でも、僕の求めているような魔術が載ってなくてさ。炎を生み出したり氷を生み出したりはなんとなくわかったけど」



 そう言いながら僕はまず体内にめぐる魔力へと意識を向けてみる事にした。

 本によると、魔力とは自身の内に流れる不思議な力の奔流の事らしい。

 普段は意識しないような。そんな領域で渦巻く力。

 

 そんな部分へと僕は意識を集中させる。


 すると……なにかの手ごたえを感じた。

 集中しないと気づかないような、そんなかすかな物の存在。


 それは確かに僕の中に存在していて、意識すれば自分の意思で少しだけ干渉する事ができた。

 僕は本に書いてあったように自身の中のソレを粘土をこねくり回すようなイメージで練り上げ――



『小さき炎よ、我が前に顕現し、暗闇を照らし出さん。

 熱き炎の輝きにて我が道を照らせ。

 我が手に宿り、我が意志を具現せよ』



 自分なりに魔力を練りながら本にかいてあった詠唱文をそのまま口にしてみる。

 すると、なんだか自分の中の何かがうごめいているような、そんな感覚があった。

 そんな感覚を味わいながら僕は――



「――――――フォイア!」



 既に詠唱部分は唱えていた僕は本に書いてあったように呪文名を口にする。

 すると自分の中でうごめいていた何かが急速に右手へと集まっていくような感覚があって――



 ――ボッ



「うわっっと」



 蠟燭ろうそくのように小さな炎が僕の右手の先に灯った。

 けど、それも一瞬の事。

 生み出された炎はすぐに消えてしまうのだった――

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