第2話『魔術』


 ――それから一年後



「こらビストロ。危ないからちょろちょろと動き回るのをやめなさい。ほら、また絵本を読んであげるから」


「あーい……」


 生まれ変わってから一年くらいが経過して。

 僕はうまいこと普通の赤ん坊をこなしていた。


 相変わらず前世の事は何も思い出せない。

 間違いなく中世チックなこの世界じゃない別の世界で生きていたような気がするのだけど……まぁ思い出せないものはどうしようもないのでそこは放置でいいだろう。


 なにせ一番重要な事は思い出したんだからね。

 他の余分は正直どうでもいい。


 ちなみに一番重要な事というのはもちろん、僕自身が光の速さに到達したいという願いを持っていたという事だ。


 そうして光の速さを目指す僕は、赤ん坊の頃からでも特訓しようと常に動き回るようにしている。

 少し動き回るくらい普通の赤ん坊でもする事だし、全然普通の赤ん坊だ。

 何の問題もないだろう。多分。



 あ、そうそう。

 今世における僕の名前はビストロというらしい。

 母の名はリーズロットで、父はヴェザール。

 いかにも中世チックな名前である。



「これはヴェスタリカ王国とティルル帝国の物語よ。二つの国は――」


 母親であるリーズロット母さんが絵本を開いて僕に絵本の物語を語り聞かせてくれる。

 前にも読んでくれた本だ。さすがに文字はまだ読めないけど、内容はきちんと憶えている。

 


 簡単にまとめればヴェスタリカ王国とティルル帝国という二つの国が戦争していて。

 だけど途中で両国が戦争の無意味さとかに気付いて最後には仲良く手を取り合って互いに平和を求めるようになりました。

 という物語だ。



 ちなみにこれ。実際にあった事が描かれているらしい。



 もちろん、絵本に描かれている事なので、ある程度どころかかなりの脚色きゃくしょくが混じっているだろう。


 だけど、ヴェスタリカ王国とティルル帝国という二つの国が実在していて、それらが戦争していたというのは事実らしい。


 そしてヴェスタリカ王国。

 絵本にも出てくるこの国が僕の生まれた国の名前なのだそうだ。


 ちなみにヴェザール父さんはヴェスタリカ王国側の騎士だったらしく、この絵本に描かれている戦争にも参加していたのだとか。


 ついでにこの戦争、わりと最近の出来事らしく、終戦したのも数年前の出来事みたいだね。




 ベリッ――



「あら?」



 母さんの絵本をめくる手が止まる。

 見ればページの一部が破れてしまっていた。


 まぁ本なんて消耗品だし、繰り返しめくっていればそういう事もあるだろう。



「あら大変。貴重な本を傷つけてしまったわ」



 あまり大変じゃなさそうに言うリーズロット母さん。


 少し意外だ。


 リーズロット母さんが管理している本はどれも新品みたいに綺麗な状態を保っている。

 だから僕は母さんが本を大切にする人なのだと思っていた。

 なのにページの一部が破れたのを見ても慌てたりする様子がまったくない。

 その事に僕はほんの少しだけ違和感を覚えた。


 なにはともあれ、リーズロット母さんが本を閉じる様子もないし、この読書タイムはまだ続くらしい。


 正直、僕はこの本の内容をほぼ憶えちゃってる訳だし、こうして読み聞かせなんてしてくれなくていいんだけどね。


 読み聞かせなんかされるより、僕は少しでも動き回りたいし。

 将来、少しでも速くなる為に赤ちゃんの頃からだろうと訓練しないと。


 そう考える俺の心を知る訳もないリーズロット母さんは本の破れたページに手を置いて、なにやら呪文らしき何かを呟き始めた。

 そして――



「リノベイト」



 リーズロット母さんの手がほのかに光る。 

 そうして破れていた本のページが逆再生のように繋がっていき……破れていたのが嘘だったかのように直っていく。

 そうして最後には本自体がまるで新品のような状態へと回帰した。



「………………」


「さて、それじゃあ続きを読みましょうか。ってあら? どうしたのビストロ。口をあんぐりと開けて」




 僕の心配をするリーズロット母さん。

 だけど、僕はそれに反応できないくらい動揺していた。


(え? 今のなに? もしかして魔法ってやつなの?)


 赤ん坊として生まれ変わった僕。

 ヴェスタリカ帝国やらティルル帝国という聞き覚えが全くない国の数々。

 そして中世チックな暮らしをしている父さんと母さん。


 それらのことから僕は異世界転生をしたのではないかと。

 薄々そう思ってはいた。

 だけど、そこで思考を止めてしまっていたのだ。




 

(考えてみれば転生したというただでさえ常軌を逸したこの現状。そこに魔法の存在が加わっても何一つ不思議じゃ……ない!!)



「――あぁ。もしかして魔術が珍しかったのかしら?」



 魔術?

 今のは魔法じゃなくて、魔術なのか。

 もっとも、魔法も魔術もどっちも魔が付いてるんだしそんなに変わらないでしょと僕は思う訳だけど。


「なら、こんなのはどうかしら? ――フォイア」


 リーズロット母さんが今度は呪文すら唱えないままその指先に火を生み出す。

 それは紛れもなく魔法。いや、魔術だった。

 僕はリーズロット母さんが生み出す魔術の火に目を奪われる。



「ふふ。当たりみたいね。そういえばビストロの目の前で魔術を使ったのはこれが初めてだったかしら? もっと早く披露ひろうすればよかったわね。なら今度はこれをこうしてこうっと――」



 そのまま指先に色んな炎の形を灯すリーズロット母さん。

 種も仕掛けもあるようにはとても見えない。

 まごうことなき魔術だった。


 そうか。

 この世界、魔術があるのか。



「興味津々みたいね。いい子」



 僕が魔術に興味を持ったのがうれしいのか、リーズロット母さんが僕の頭を撫でる。



「さてビストロ。こんな風に魔術を扱いたいならばまず知識を身につけなければならないわ。魔力の練り方を学んで、その次に多くの魔術書を読んで……って。私は赤子に何を言っているのやら。ふふっ」




 赤ちゃんでしかない僕への魔術講義を中断して、そのまま本の続きを読み聞かせてくれるリーズロット母さん。


 そんな母さんの横顔を見つめながら……僕は静かに決意した。。



(よし……決めた。これからは肉体訓練ばかりするんじゃなく、魔術も学ぼう)


 魔術を学ぶ為には……そうだ。

 まずはきちんとこの世界の本を読めるようにならないとだね。




 僕の前世の記憶は未だに戻っていない。

 けれど、おそらく前の僕は光速へと至れないままその生涯を終えたのだろう。


 そして、以前の世界には魔術なんてものなかったはずだから、その時の僕はきっと身体能力だけでどうにかしようとしたに違いない。


 けど、それじゃ光速という高みには届かなかった。

 届かなかったからこそ、今世こんせいの僕も光速へと至りたいという願いを抱き続けているのだ。



 前の世界の僕ではいくら努力しても届かなかった。

 でも、魔術があるこの世界でならどうだろう?


 物を直せる魔術があるという事は、動きを速くする魔術だってあるかもしれない。

 もしそんな魔術があるのなら。


 いや、きっとあるに違いない!


 なら……僕はそれを極めてみせる!!


 それを極めて今度こそ……今度こそ僕は光の速さへと至るんだ!!!



 そうしてこの瞬間。

 僕は動きを速くする魔術を極める事にしたのだった。



 全てはいつか僕が光速へと至る為に――



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