第1話『新たな生と再出発する夢への道』


「生まれたか!?」


「ヴェザール……。えぇ。元気な男の子よ」


「おぉ、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「ふふ。ヴェザールったら。そんなにはしゃがないでよ。らしくない」


「む、すまん。いや、しかしだな。いざ我が子と対面するとどうしても……な。おー、よしよし」


「ふふ……」



 声が……聞こえる。

 聞き覚えのない声だ。

 そんな声に誘われるようにして僕は目を開ける。



「おぉ、目を開けたぞ! どうだ? 我の事が分かるか? お前の父だぞ?」


「生まれたばかりの赤子に何を言っているのよ。まったく、まるであなたが子供みたいよ?」



 目を開いた先には見知らぬ男女の一組。

 僕を頭上から見下ろし、まるで出産直後のような言葉をかけてくる。



(ここは……僕は確か……)



 そこで僕はふと疑問を抱く。

 あれ? 僕ってそもそも誰だっけ?

 もしかしてこれが俗にいう記憶喪失というやつだろうか?



(僕の名前は……うーん、ダメだ。思い出せない。目の前の二人に聞けば分かるかな?)



 僕の目の前に居る男女の一組。

 彼らは中世チックな服を身にまとっていた。



「む……。しかし目を開けたはいいが……泣かぬな。赤子とは生まれたら泣くものではなかったか?」


「そういえばそうね。どうしたのかしら?」



 不思議そうに僕の事を見つめる男女の一組。

 喋っている言語は日本語ではない。

 なのに、なぜか僕には二人が話す内容が理解できていた。



 不思議な事もあるものだ。



 やれやれ。一体全体どうした事か……。

 僕は現状を把握しようとするもまるで把握できず、頭を軽く掻こうと無意識に手を動かし――



「だ? ばーうぅ~~」



 おや?

 手がうまく動かせない?


 いや、それだけじゃないな。

 動揺の言葉すら口からうまく出てこない。

 僕の口からはまるで赤子のような舌ったらずな単語しか出てこなくて――



「戸惑っているようにも見えるが……」


「そうね。どうしたのかしら? ……こほん。はーい。ママですよ~~」


「っ!?」


「……なによ、ヴェザール。何か文句でもあるのかしら?」


「い、いや。なんでもない」


 少し引きつった笑顔でママですよ~と笑いかけてくる銀髪の小柄な美人さん。

 誰がどう見ても僕に向けられた笑顔だ



 うーん、

 いきなりママですよと言われてもな……。



 困惑しながらも僕は自身の身体を見下ろしてみる。

 そうして見えたのは……小さな赤ん坊の手足。

 


 おや?


 もしやと思って、僕は再度手足を動かそうとしてみる。

 すると、小さな赤ん坊の手足が連動するかのようにもぞもぞと動いた。



 ――なるほど。

 要するに……アレだ。


 僕は赤ん坊へと生まれ変わっているらしい。

 前世の記憶はぶっ飛んでいるみたいだけど。

 いわゆる転生ってやつだ。



 そんな結論に僕が行きついたその時。

 朝日が僕の顔を照らした。


 朝の日光を浴びて。

 その瞬間――たった一つの。だけど最も重要な事を思い出した。



(光……それは誰も視認すらできない速さ。光速――――そうだ。僕はそれを目指していたんだ)


 前世の自分がどんな人生を歩んで、どんな最期を迎えたのか。

 記憶を失っているらしい今の僕には思い出せない。


 ただ、これだけはハッキリと思い出した。

 前世の僕は光速――光の速さを求めていた。


 光速。それはつまり、一秒で地球を7周半するほどの速度。前人未到の速度。


 その領域に到達出来れば最高に格好いいし、新たな景色が見れるような気がする。

 そんな事を前世の僕は本気で考えていたのだ。


 そして――前世の僕はおそらく夢半ばにして散った。

 なぜそう思うのか。

 それは、今この瞬間も僕の中に光速へと至りたいという狂おしいほどの衝動があるからだ。


 今度こそ至高の速度である光速へと到達したい。

 新たな景色を見てみたい。

 

 そんな今は亡き前世の僕の願いが今の僕を突き動かそうとしているのだ。



(この新しい生は僕が光速に至るために神様が与えてくれたチャンス……なのかな?)



 だとすれば神様に感謝だ。

 意図せず掴んだ新しい人生。

 この人生で今度こそ僕は光速へと到達してみせる!!


 なんて事を考えつつ。

 僕は心配そうに僕の事を見る両親二人を前に。



「――おぎゃー。おぎゃー。おぎゃー」



 普通の赤ん坊らしく、泣くことにした。

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