第44話 お嬢様を乗せるための、車選び

 オレは萌々果モモカさんを乗せて、海岸沿いを走る。

 広い道なので、初心者でも走りやすい。


 オレの前には、ガイド役として是枝コレエダが前を走ってくれている。


 まだ初心者なので、後部座席には真庭マニワさん夫妻に同行してもらった。

 

「ノブローくん。いつごろ免許を取ったんですか?」


 何も聞かされていなかった萌々果モモカさんが、頬をふくらませる。


「あれから、ケンと話し合ってな。オレにできることはないかなって」



――三週間前、悲しい顔をしていた萌々果さんを見送ったあとのことだ。



「なあ、賢。オレってさ、何も役に立てねえのかな?」


「ノブロー?」


「お前には店がある。莉子リコには絵の才能がある。倉田クラタに至っては、VTuberだ。是枝コレエダだってさ、バイトをがんばってる。オレだけ、なにもねえんだよ」


 なんの取り柄もないオレが、萌々果さんを励ませるのだろうか?


「取り柄がないと、黄塚コウヅカさんの横にいたらいけないのか?」


 賢が、やけに真剣な顔でオレを見つめている。


「黄塚さん、ひょっとしたらさ。お前には、なにも望んでいないのかもしれねーぞ?」

 

「だけど、フォローくらいはさ、してやりたいじゃん。なんかできないかな?」


「今からできることかー。うーん」


 腕を組みながら、賢が考え込む。


 オレも同じような顔になって、虚空を見上げた。


 一台の痛車が、オレの前を横切る。


「おお、痛車か。いいな。堂々としていてさ」


「うん……あ」


 オレは、一つのアイデアを思いつく。


「なあ、これってどうだ?」


「黄塚さんを、ドライブに連れて行くんだろ。いいじゃんか」


 賢が、オレの想像していたことを、まだ話していないのに理解した。


「やっぱ高校の夏休みっていったら、免許取得だろ」

 

「どっちかっていうと、バイクの免許取得なんだろうけどな」


 とはいえ、バイクで二人乗りとなると法律違反になる。


 是枝のケツに乗せてもらった萌々果さんを、オレは思い出していた。


 オレもバイクに乗れていたら、あんな感じにできたかもしれない。


 だが、オレは免許を取ろうと思ったことがなかった。必要性を感じなかったから。ただ、自分の世界が狭まっている感じがしたのも事実である。


「よし。免許取るか」


「いいな。オレも取るぜ」


 

 どこで話を聞いていたのか、莉子と倉田まで「免許を取りたい」と連絡が。


 結局全員で、短期の免許取得合宿に行くことに。


 萌々果さんに「受験勉強があるので」とウソをつき、合宿の申し込みをした。


 二週間後、無事に全員、普通自動車免許を取得する。


 賢たちといっしょに、乗りたい車も選んだ。ナビゲート役として、真庭マニワさん夫妻も連れて。


 車の知識がまったくないオレは、真庭マニワさんと同じ車を探す。


「七九年型のカマロ? あれMTだぜ? オートマ限定のキミでは、運転できないよ」


 幸嗣ユキツグさんに指摘された。

  

「そうですか」


 新型のシボレー・カマロだと、最低五〇〇万は超えるらしい。


「カマロにこだわる必要は、ないんじゃね?」


 あの七九年版カマロは、昭和のTVドラマの影響で買ったという。


「だから、自分の思い入れのある車を選んだほうがいい」


 フィアットはかわいいけど、ほぼ二人乗りなんだよな。小さすぎる。

 ただ、一三〇円台で買えるのは魅力だ。

 こっちは、倉田が買った。


「これに乗るなら、俺のミニクーパーを貸してやるよ」


 こちらも、昭和ハードボイルドコメディアニメでゴツい主人公が乗っていたものだ。最近もネットドラマ化されて、ブームが再燃している。

 

「いえ。自分で買わないと、意味がない」


 問題は、萌々果さんを喜ばせること。


 それを借り物で済ませようなんて、なんか違う気がした。


 かといって、「ハチロク」レビンもなあ。今や走り屋マンガの代表作みたいなもんだ。


 オレは走りたいんじゃなくて、人を乗せる前提だもんな。


「車に対して特に思い入れがないなら、用途で選ぶかい?」


「そう思って、あたしはインプにしたよ」


 痛車で走り回ることを前提として、莉子はインプレッサにしたらしい。


「オレは、どうしようかな……」


 痛車ステッカーを貼れて自己主張ができつつ、女の子を乗せても大丈夫な車は? また、普段使いでもできそうな車種がいい。


「あ……」


 一台の車が、目に留まる。

 

  

 

「で、ノブローくんは、ヴィヴィオにしたんですね?」


 萌々果さんが、そう指摘してきた。


「ああ。アニメで車って言ったら、これしか思いつかなかった」


「結構前のアニメ作品ですよね?」


「萌え系の走り、って言われているな」

 

 ハチロクアニメのパクリまで、こなしていたっけ。

 

「ノブローくんのやつ、萌々果ちゃんといっしょに見た、刑事モノ映画のマセラティを買おうとしたんだぜ?」


「二〇〇〇万越えてたから、手を出せませんでした」

 

 あれはムリだ。さすがバブル期にウケていた作品である。


「まだ怒ってるか、萌々果さん?」


「いえ。怒っているわけではありません。サプライズが苦手なだけです」


「黙っていたのは、悪かった」


「そういうつもりは、ありませんよ。でも、車選びは楽しかったんだろうなーと。わたしも、混ざりたかったです」


「いや、あんたは運転しちゃダメじゃん。だから、誘わなかったんだっ」


 萌々果さんはオレたちと違って、経営者だ。

 事故を起こしたら、すべてがパーになってしまう。

 

「そうですけど……」


 それでも、納得できなかったようだ。


「でも、うれしいです。ありがとうございます」


「まだ、サプライズは終わってないからな」

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